第2話 我が家の食糧事情

 引きこもり生活をする上、最大と言っていいほど重要なことがある。


 それは毎日の食事であった。健全な精神は健全な身体に宿るとはよく言ったものだ。お腹が減ると体調にも直結するし、精神的にもまいってしまう。


 何よりも快適な引きこもり生活をする上で、食事は一番重要な位置にあるものだった。


 パンデミックが起きてから、ある程度商品がそのままになっているスーパーやコンビニが多かったのでそこから食料はできるだけ調達していた。

 缶詰にレトルトもの、米に調味料にカップラーメン、生活雑貨など、もうできるだけ部屋に詰め込んでいたのだ。


 そういったこともあって、うちのアパートのキッチンスペースは荷物置き場になっておりキッチンとは名ばかりの物置となっていた。




※※※




「兄さん、今日は夜ごはんはなに食べるの?」


 雪は決まった時間になるとこのように聞いてくる。ほぼ日課となりつつあったご飯のメニューの確認だった。なお、朝は俺が起きるのが遅いので朝と昼兼用だ。


「鯖の味噌煮缶」

「えー!また同じやつじゃん!」

「いいじゃん、おいしいじゃん味噌煮」

「おいしいけど、三日連続は飽きます」

「じゃ、こっちの違うメーカーの味噌煮缶にする?」

「そういうことじゃない!」


 と、不毛な争いをする。


 俺はハマった食べ物は飽きるまでずっと食べ続けられるのだが雪はそうでもないらしい。今のところ食料は山ほどあるのだから雪は違うものを食べればいいだけの話だが、かたくなに俺と同じものを食べようとする。


 一回それを雪に言ったら、「兄さんと同じやつがいいんだもん」とへそを曲げられてしまったので、それ以後は禁句として言わないようにしている。


「まぁ、けど確かに缶詰ばっかりは飽きるよなー」

「ようやく気付いた」


 雪はどこか非難めいた表情でこちらを見た。


「誰かさんが料理できたらいいのになー」

「兄さんだって人のこと言えないじゃん」

「可愛い妹の料理食べてみたいなー」

「むっ……」

「鯖缶のアレンジレシピで鯖ハンバーグとかあるらしいよ」

「むむー……」

「あー食べてみたいなー」

「あー分かりました、分かりましたよ兄さん。そこまで言うならやりますとも」


 誘導完了。

 雪に料理を作らせることに成功したのだった。




※※※




 結果から話そう。惨敗だった。敗訴だった。


「兄さんごめんなさい」


 雪は心底申し訳なさそうにそう俺に頭を下げた。料理をするためにポニーテールのように結んだ髪が雪と一緒におじきをしている。


 俺はどうやら雪を甘くみていたらしい。料理以外のことはすべてそつなくこなす雪だから、料理も慣れればある程度は大丈夫だろうと思っていたのが間違いだった。


 鯖缶のハンバーグを作ろうとしたものは、つなぎが甘かったのかボロボロと崩れおちており、焼きの火加減も強すぎたのか黒い焦げたなにかになっていた。鯖缶のハンバーグもとい、焦げたひき肉と変貌した鯖缶はテーブルの上で鎮座している。


「ごめんなさい、貴重な食料だったのに」

「大丈夫だよ。いただきます」


 鯖缶だったものを口に放り込む。苦いだけであまりおいしくない。


 メーカーさんの既製の缶詰ってすごいんだなーと思いをはせていると、大きな瞳をうるうるさせてる妹が目に入った。


「兄さん本当にごめんなさい」


 と、今日何度目か分からない謝罪を言う。けしかけた手前、俺も悪いことしたなと罪悪感が生まれる。


「大丈夫だから。ほら、慣れれば結構いけるよ」

「でも……」

「今度は一緒にやろう、だから今後やらないってのはナシな。俺も一緒に料理覚えるから、今度は雪の好きなもの作れるようにしよう」


 矢継ぎ早にそう言ってなるべく前向きな提案をしてみる。


「分かった……」


 ようやく雪が顔をあげた。


「雪は何か作ってみたいやつとかあるか?」

「納豆」

「……もっと手軽なやつでお願いします。ってかなんで納豆やねん」


 想定外のリクエストが飛んできて思わず関西弁になる。


「兄さん、納豆好きだったでしょ」

「好きだったけど、あぁそういえば最近食べてないな」


 日付が持たない生鮮食品は備蓄ができないので、食卓からはかなり遠ざかっていた。さすがにスーパーに取り残された賞味期限が切れた納豆を拝借する気にはなれない。


「俺が好きなやつじゃなくて雪が好きなやつ。何作るか考えといてよ」

「分かった」


 うなずく雪。落ち込むと素直になって可愛気がでる。たまには落ち込んでもらうのもいいかもしれないと、ちょっとひどいことが頭にうかぶ。


「それにいっぱい好きなもの食べるようにしないと、雪も色々育たないもんな」

「なっなっ……! セクハラだ! セクハラだ!」


 雪は顔を一瞬で真っ赤にした。


「どこがセクハラだ!俺は成長期の妹のことを思ってだな!」

「絶対うそだ!胸のこと見てたもん!」

「みてねーーーー!」

「見てた! 見てたもん!」

「痛いっ! 痛いって! マジ殴りじゃん!」


 頭をポコスカ殴ってくる。


 自分一人の引きこもりライフならこんなことにならないのにと思いつつ、コロコロ表情が変わる妹を見てどこか楽しくなっている自分がいた。

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