ダイヤルボイス3307
長月瓦礫
ダイヤルボイス3307
夜な夜な、屋根裏部屋から女の声が聞こえる。
それも結構デカい声で話すもんだから、かなり噂になっていた。
ぶっちゃけると、近所なんてどうでもよかったから気にも留めていなかった。
それでも、隣の人から遠回しにうるせえんだよと言われてしまったら、様子を見に行くしかあるまい。
様子を見ると言っても、何をするわけでもない。
掃除道具をもって屋根裏部屋へ向かうだけだ。
使わない家具などを置いてあるのだが、金髪を綺麗にまとめ、豪華な衣装を身にまとっている女の絵がある。
この女は非常におしゃべりで、作者が考えていたことや使っていた画材、聞いてもいないことをとにかくぺらぺらと喋る。
女は額縁に腕をかけて、こちらに語りかけてくる。女は才能のない画家の手によって描かれ、長い旅路を経てこの家に来たことをつらつらと語る。
私がいかに不幸であるか。
とんでもなく惨めな私に同情してほしい。
要約するとこんな感じだ。
メンドくせえ女だよなあ。
そんなだからこんなところに封印されるんだよ。
会話が成立するとは思えなかったから、何も言わなかった。
ペチャクチャ喋る女と近所の冷たい視線を無視していた。
生まれた時からずっとそんな感じだったから、違和感もなかった。
危害を加えるわけじゃない。
ただ、くだらないことを延々と喋るだけだ。
家族は何も言わないし、そういうものなんだろうと思っていた。
いつものようにワイパーをもって梯子を上る。
こちらのことを認識しているのか、額縁を掃除している間は静かになる。
元々、女が可愛らしく描かれていることもあって、ブラッシングされている猫のようだった。
「……母さんが死んだわ」
ほこりを取っているとき、ぽつりと声が聞こえた。
少しだけ重苦しく感じた。
「んー……あの子にやられちゃったのかしら。
私、どうなっちゃうんだろう」
神妙そうに腕を組んだ。
この絵を描いた人はとっくのとうに亡くなっているし、俺の母はリビングにいる。
「母さんって誰?」
女の言う母さんに当たる人物が思いあたらない。
女はようやく見てくれたと言わんばかりにこちらを向いた。
「この絵に魔法をかけた人のことよ~。
その人のおかげで私は自由を得たってわけ」
「魔法ですか」
「これ、様子を見に行ったほうがいいのかしら。けど、どうやって行こうかな」
いつものように額縁に肘をついて、部屋を見回しはじめた。
会話が成立したこと、こちらを認識していたこと、何を驚けばいいのか分からない。
とにかく、この女は外のことに気がついているようだった。
「そうね、金庫の中に魔導具があるはずよ。
代わりに開けてくれないかしら? ダイヤルは3307よ」
女が指さした先には、埃をかぶったダイヤル式の金庫が置いてある。
呆然と立ち尽くす俺を見て、くつくつと笑う。
「そんなに驚くことないじゃない。
道具を金庫にしまうところもすっきりしたような顔でここを出て行ったのも、全部見てたもの。私のこと、気づいていないはずがないのにね」
女が言うには、俺のご先祖様はとんでもなくすごい魔法使いだったらしい。
古くからの名門で名前を知らない者はいなかった。
産業革命をきっかけに科学が普及し、魔法は廃れていった。
今や魔力を持つものはほとんどいない。
俺の家族もこの家に引っ越してきた際、魔法使いに関するものはすべて封印した。
二度と魔法と関わらないと固く誓い、普通の人間として過ごすことにしたらしい。
「あなた、何も知らないのね。いつも掃除してくれていたのに」
嘲笑するでもなく、ただ冷静にそう言った。
「魔法が使いたいなら、教えてあげる。どう?」
女が喋っていられたのは、元の持ち主の魔女が生きていたからだ。
魔法使いが生きている限り、魔法は消えない。
女の言うとおり、金庫は3307で開いた。
俺は終始黙っていた。
あまりにも突飛な話でついていけなかったのだ。
金庫には大きな宝石がついたアクセサリーや変色している小瓶、とにかくいろんなものが詰め込まれていた。魔法使いが持っていそうな道具ばかりだ。
「これで母さんの魔力が感じ取れるようになった!
ね、スケッチブックは空いてるでしょ? 箒を描いて! ほら早く!」
言われるがままにスケッチブックを開いて、箒を描いた。
額縁に手を付けて、女は身を乗り出した。
そのままスケッチブックに吸い込まれ、箒にまたがった。
「それじゃ、明日には帰るから~」
おとぎ話の魔女のように、箒にまたがって紙から飛び出てしまった。
額縁の絵から女の姿が消えた。からっぽになった額縁だけが取り残された。
女の宣言通り、次の日には絵の中に戻っていた。
そして、魔法の効果が切れたのか、ぱたりと喋らなくなった。
ダイヤルボイス3307 長月瓦礫 @debrisbottle00
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