第31話
「やあやあやあやあよく来たね! 私の名前はエリルディーテ・フリージア! またの名を異能都市運営統制委員会委員長、謎多き『姫様』! 超超超特別に、君達兄弟にはエリルディーテ様と呼ぶことを許してあげよう! おっと間違ってもリル様なんて馴れ馴れしく呼んじゃいけないぜ? この高貴な私をそんな愛称で呼んでいい野郎なんていな
「そうか。初めまして、リル」
「なっぜに!? 何故に君はこのキュートでラブリーなリルたんを呼び捨てに!?」
「長ぇから。あとお前がうぜえから」
「それな。わたしも長いなーとは思ったけど、初対面でウザいは流石にウケる〜」
部屋に響く甲高くも美しい笑い声に応じて、二つに結った藤色の髪が揺れる。仁王立ちする彼女のおさげの先の頭は小さく、ならば当然身体も小さく、身長は現の胸あたりまでしかない。パッチリした二重の藤色の瞳と少し高めの鼻は、少女がその声通り整った容姿であることを裏付ける。
風呂上がりなのだろう、彼女の頬はやや赤みがかかっていた。湯気を発する肌は赤ん坊のようにもちもちであることが見てわかる。控えめな胸、幼げながらも色気を発する鎖骨、引き締まったウエスト。そして全身からしたたる熱い透明の雫。
つまり、少女は裸だった。
「ありがちだな」
「さっさと服着ろよ」
近くにあった、おそらく投げ捨てられていたバスタオルの中から一枚投げ渡すと少女ーーエリルディーテ・フリージアはそれを羽織った。
「ありがちとはなんだねありがちとは。古今東西、美少女は裸であるべきだ」
「自分で美少女って言ったぞこいつ」
「というか、その気持ち悪い貞操観念は捨てろ」
「それは人生の先輩としての言葉かい?」
「まさか。異能者相手に人の生を説いたりはしないさ。ましてやそれがこの地獄を作り上げた悪趣味な姫君なら尚更な」
「言うねぇ、無能。惚れ惚れしちゃうぜ。流石は兄弟愛の強い無能様だ。いや、御自愛の強い、かな」
「…………お前」
睨みつける現と、そっぽを向く虚だったが、
「おっと、楽しみは後にとっておこうじゃないか。ショートケーキの苺は最後に食べるからとびきり甘いのさ」
少女はぴんと立てた小指にキスするだけだった。
鼻歌しながら腰掛ける場所を探すリル。歩こうにも、投げ捨てられたバスタオルや読み終えたと思わしき本に阻まれ床すら見えない。何度も滑りながらようやく安定した布の塊を見つけ腰を下ろした。
「改めまして自己紹介を。異能都市計画発案者にして実行者、あるいは産みの親、つまりは最高責任者。紫の原色、エリルディーテ・フリージアだ」
紫の原色。つまり、異能のクオリティで言えばあの天将帝と同格。
その事実に二人は内心驚愕しつつもそれをひた隠しにした。
「無能の孤衣無現だ」
「と、その兄、孤衣無虚だ」
「ん。よろしく現くん、虚くん。まあかけたまえよ」
「座れる場所があればとっくに座っている」
「? おかしなことを言うね。あるじゃん、床」
ほれ、と布と本で埋め尽くされた床を指差すエリルディーテ。きょとんとした顔には曇りなく、騙そうとする意思すら感じとれなかった。
「平民は地べたに座るのがお似合い、と。別にかまわないけど」
「まあそう言うなよ、原色サマには庶民の気持ちはわかんねぇよ。率先して座るあたり、どっちが庶民かわかんなくなってくるが……」
嫌味を言いつつも、二人は腰を下ろした。
「それで、何の用だ」
「ん?」
「僕たちに何の用だと言っている。異能都市のトップが下っ端の僕たちを呼び出したんだ。何故だ」
「ああなるほど。理由、ね。いけないねぇ、君たち人間は何事にも理由を求めたがる。悪い癖だよ。いいかい、物事において大事なのは意味だ。何故するのかじゃなくて、したらどうなるのかを考えないと。生きる理由、もとい生きる意味を探す君には釈迦に説法だけどね。君ならわかるだろ、理由じゃくて意味を探そうぜ! まあ理由はあるんだけど」
「……」
「怒った? ねえねえ怒った?」
「呆れた」
「ちぇっ、つまんないの」
少し口を尖らせるも、すぐに真剣な表情に戻すエリルディーテ。混じり気のない藤色の瞳が真っ黒い瞳を見つめる。その黒い瞳が光ることはないが、少女の瞳は部屋に入った時からずっと輝いていた。
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