第27話

「誰が、雑魚だァ!? ゼフィランサス!!」

 バン! と心月が触れるとともに、たちまち地面から巨大な棘が発生する。しかし棘は主人の期待には応えられない。

「おいおい、ガキのままごとにしちゃ危ねぇぞ?」

 守桜は瞬きの合間に距離をとり、また煙草を咥えていた。

「クソがァ……!!」

 まさに雷神の如き守桜の動きに苛立ちを隠せない心月だが、一方で頭は冷静だった。

(アイツの超スピード……既視感があると思やァ、ショッピングモールで現が使ってた薬か。つまり、擬似異能のオリジナルがソメイヨシノ。パチモンであれだけの威力っつーこたァ、オリジナルは色持ちの中でもかなり上位に入るはず……十本指や原色には及ばねェだろうが)

 さて、まずはあのスピードの攻略から。

 攻めあぐねる心月。一方の守桜はようやく一服が終わり吸い殻を踏み潰した。

「心月ぃ。なんで俺がクラレント解体戦に参加しなかったかわかるか?」

何故、今そんなことを聞く? いや、それよりも、何故参加しなかったか?

「そりゃテメェが腰抜けだからじゃねェのか?」

 意図の読めない質問に困惑する心月だが、悟られまいと答えだけは強気で返す。

「ハッ、そりゃ間違いない。俺はビビリだからな、よぉく調べないと行動できねぇんだ。未知の敵ほど怖いもんはないぜ。クラレントの三騎士とか、天将帝の異能とか、正体不明の殺人鬼の正体とかな?」

「………………テメェ」

「色々調べさせてもらったぜ心月。お前さん、なかなか良い経歴してんじゃねぇか」

 例えばっと、とスーツの胸元を探る守桜。

「赤い彗星が降る前、誰もが今で言う無能だった頃の写真だ。幸せそうじゃねぇか、見ろよこの笑顔」

 守桜が胸元から取り出した写真には、家族らしき人物が四人映っていた。眼鏡をかけた優しそうな細身の父、長い黒髪を一つ結びにしたスポーティーな妻、鼻頭に絆創膏を貼ってピースを突き出している少年、そしてその後ろで隠れるようにしがみついている節目がちな少年。赤い屋根の家の前に並んだ家族は、幸せのお手本と言っても過言ではないぐらい恵まれているように見えた。

「テメェ、なんでそれを…………」

「幸せそのものじゃねえか。ははっ、御伽噺にでもでてきそうだな。いいねぇ、両親の目を盗んで宝探しに向かう兄弟は道中で山賊や悪い魔女を退治するんだ。そして最後は番人のドラゴンを倒してたくさんの宝を手に入れる。でも全部は持って帰れねえからその中から綺麗な宝石ひとつだけ持ち帰る。でも結局、二人は両親に心配させちまったからこってり絞られてめでたしめでたしだ! どうだ、悪くねえだろ?」

「……」

 その時、守桜を見上げる心月の目は限りなく冷めきっていた。例えるならば目の前で我が子を殺された母親のような、あるいは大切な大切な宝物に汚い手で触れられた子供のような。ただ一つ確かなのは、その視線はありったけの憤怒が込められていることだった。

 守桜はそれでもなおおちゃらけたように続けた。

「なあんてな冗談だ。そう怖い面すんなよ。わかってるよ、実際はこうだ。医者の父とその助手の母。二人は未知の病いに犯された息子を救うため日々看病、そして研究に明け暮れていた」

「……黙れ」

「病気だったのはいつもおとなしい弟。自力で外に出ることすら叶わず、いつも窓の外を眺めるだけで終わる退屈な日々を過ごしていた。それでもこんな自分の世話を甲斐甲斐しくしてくれる両親に感謝を忘れることはなかった」

「黙れ」

「一方の兄は健やかに育った。その性格は自由奔放。冒険心を抑えきれずまだ幼いのに遠出してしまうこともしばしば。その度に親は心配していたが、兄は冒険の度に必ず弟に土産話を聞かせてやっていた。そう、いきすぎた冒険は外に出られない弟の退屈をどうすれば紛らせられるかと、幼いながらに考えたうえでの行動だった。弟もそれを楽しんで聞いてたんだろうなあ、親も叱るに叱れなかった。親御さんの気持ちも何となくわかるぜ、構ってやれない兄を叱るのはなかなか難しかっただろうよ」

「黙れ、黙れ…………っ!」

 心月が苦しむように頭を抱え込む。離れた守桜から見ても明らかに正気を失いかけている。

「そんな日々が続く中迎えた赤い彗星の日。全人類が異能に目覚めたあの日、信じがたい現象が発生した。それは、」

「黙れッつッてんだろうがァア!!!」

「兄一人だけ、無能のままだった」

「ゼフィランサス!!!」

 絶叫とも言える心月の声に応じ、四方をビルに囲まれた地面全てが、踏み入る者を拒む刺だらけの大地に変化する。一瞬の広範囲の地形の変化、それでもなお彼は仕留めきれない。守桜は全身に雷をまとい、月を背にビルの屋上に着地する。

「おいおい、面白いのはこっからだぜ? 当然他の家族は異能に目覚めたが、そんなこたぁどうでもいい。重要なのは弟の病気が治ったことだ。異能を得た副作用の一つだったんだろう、確かなことは言えねえけどな。さて立場逆転だ、持たざる兄と獲得した弟。そんな可哀想なお前に、心優しい両親はその後何をしてやったと思う?」

 姿を隠していた砂塵が徐々に晴れていく。あれほど荒れ狂っていた心月は膝立ちで、虚ろな目をしていた。顔から生気は感じられず、灰色の瞳はここではない、遥か彼方を見ていた。

「…………何も」

 その声は迷子になった子供よりも、たった一人の我が子を失った母親よりもはるかに弱々しかった。

「何もしやしなかった、奴らは」

「その通り。病弱だった弟にはあんなに手を尽くしたのに、お前はあっさり見捨てたんだよ。その上で親は不平等なお前ら兄弟に公平に接した。なかなかイカれてるぜ」

 新緑色の光が守桜の体を包み込む。光は時折バチッと音を発しながら明るさを増していく。

「だからお前は殺した。お前たち兄弟を公平に愛した両親を。そして、」

 静かな夜の街にビルの屋上から鈍い音が響く。それは貯水タンクを固定するパイプが引きちぎられる音だった。よいしょっ、という中年の合図とともに、人の身にはあまりに巨大な貯水タンクは容易く持ち上げられた。

「弟はそんな兄を見ていられなかった。だから、その身を投げ出して最愛の兄へせめてもの贈り物を、と異能を授けた。異能を得た立場を反転した。そんなもん世界の書き換えだ、代償は高くつく。ま、それも弟の命一つで済んだみたいだがな」

 喋りながらも守桜は大きく半身を反る。そして新緑色の瞳で目標を定めると、野球漫画の一コマのように、貯水タンクをぶん投げた。

「そうしてお前が全てと引き換えに得た呪われた異能、それが」

 心月が立ったままミットを構えるように右手を前に突き出す。飛来する巨大なボールは右手に触れると同時に最初から液体だったかのように飛び散った。

「……ゼフィランサス。最高の異能だ」

「…………っ」

 のちに守桜はこの時のことをこう語った。

 あれほど嘘を知らない幼児のように無邪気さと、快楽主義の殺人鬼のような邪悪さが同居した笑顔は、今後一生見ることはないだろうと。

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