第22話

ラッド=デイジーは当時最強戦力と呼ばれたヨーロッパ三国連合で産まれた。日本の異能都市の出現によって、現在、連合は最強の一角と呼ばれている。

 オレは連合の中でも名門中の名門貴族、デイジー一族当主の長男として産まれた。下には一人の妹、婿養子として当主になった父は軍人として活躍、分家の出ながらも美人で優しい母。幸せな家族とはあの一家を指す言葉だろう、と誰もが噂した。

 それは真実を見ようとしない腐った大衆の噂だった。

 優秀な軍人を多数排出してきた名門貴族デイジー家の当主。その中身はクズ人間。荒い金遣いと、酒好き女好きが祟って近辺の酒場に入り浸っていた。家には月一回しか帰らなかったから、オレも妹もそれまで新たな父を写真でしか見たことがなかったし、当然喋ったことはなかった。

 オレの実の父である前当主は不慮の事故で死んだ。当主が消え、没落に向かっていたデイジー家に婿養子として入籍。吸い取れるだけ吸い取ってとんずらしようとしていた奴は、軍事を遊び程度にしか思っていなかったらしい。

 それでも最初はうまくいっていた。軍の中にも奴と同じタイプのクズはいたらしく、肩書きだけの能無しでも食えていた。実際デイジー家は当主交代してから徐々に持ち直していったし、あと少しで名門貴族として返り咲くところだった。

 それを予定にしたのは、赤い彗星だった。

 異能という新たな兵器を得た連合がまず真っ先に行ったのは軍内の異能の把握と、個々人の戦闘能力を測るための手合わせだった。手合わせの結果、奴の軍内の序列は最下位争い。実力の無い肩書きだけの奴は罠にはめられ、降格を強いられ、そのストレスの吐口は家族に向けられた。

 弱い母は性の奴隷として犯され、飽きればその対象はまだ幼い妹に向けられる。必死に止めようとするオレに吐口としての対象が代わり、まだ十歳の子供が泣き止むまで殴られる。おかげでオレとは対照的に妹は無傷のまま育った。

 デイジー家はそこで完全に没落した。

 そしてそのまま二年の月日が経つ。

 オレは妹を守ることをやめていた。

 耐えることができなかった。寝ても覚めても、絶えず攻めてくる空腹に。おかしな方向に修復してはまた折られる骨の痛みに。優しく笑いかけてくれた父さんとは正反対の奴の残忍な微笑みに。そして、何もわからずにただひたすら無邪気に笑う妹に。

 二年の月日の間に、奴は何も変わらなかった。母を襲い、義理の息子を殴り、満足する。極悪と言える日々のサイクル。そのサイクルは一切変わらなかった。

 妹は無傷のままだった。無傷のまま棺に入っていた。衰弱死だった。


 変わりばえしないある日だった。

 躊躇いなく暴力を振るう父に泣きじゃくり縋り付く母。いつもと変わらない、オレにとって当たり前の光景だった。

 正直見飽きたと言っても過言ではなかった。

 この後、オレが殴られる。蹴られる。罵倒され、嬲られ、引きずり回され、土を食わされ、自分で指を切らされ、殴られ蹴られ。いい加減、痛みにすら慣れた。もう、苦しくない。これ以上苦しくなるわけがない。

 しかし。

 母を殺せ、と父は微笑んだ。

 拒むオレ。殴る父。泣く母。拒むオレ。殴る父。泣く母。拒むオレ。殴る父。泣く母。拒むオレ。殴る父。泣く母。拒むオレ。殴る父。泣く母。拒むオレ。殴る父。泣く母。殴るオレ。

 殺すオレ。笑う父。泣く母。

 泣くオレ。笑う父。笑う母。

 死ぬ母。

 殺すオレ。死ぬ父。


 家族を失い、オレは連合から追放された。どれだけ外道とはいえ、上役の軍人を殺害したわけで。本来なら極刑の大罪だが追放処分で済んだのは奴の行為があまりに残虐だったかららしい。あのクズに助けられたと思うと、なんとも皮肉な話だった。

 さりとて十二歳の子供に行く当てがあるわけもなく、彗星の日以降も比較的平和と言われる極東の島国に飛び立った。必要な手続きは全て連合がしてくれた。和名に変えることにはなったが、母と妹と同じデイジー家ではありたかった。

 そして無事日本に入国した。異能は使えない代物だったが、弱い人を見れば助けずにはいられなかった。当然のように返り討ちにあい、オレはいつも傷だらけで一文なしだった。

 もしかしたら弱い人を妹と重ねていたのかもしれない。もう戻らないのはわかっているのに、守れなかったのはオレなのに。今更何をしようとしているんだ。そう思うと涙が止まらなかった。

 耐えられない日々の中で、オレは居場所を見つけた。オレの素性を調べた狐耳の女性が興味を持ったらしく、管理局という組織に誘われた。弱い人を助けられるなら、とオレは入った。

 幸せ、だったんだと思う。

 戦闘では使い物にならないし、守られてばっかりで足手まとい。でも、誰もオレを傷つけようとはしなかった。むしろオレを強くしようとしてくれる。その期待に応えたい。相変わらず弱いままだけど、いつか強くなって、みんなを守れるようになる。亡き母と妹にそう誓った。

 無能、と呼ばれる人が加わった。どうやら世界で唯一赤い彗星の日以降異能を持たない人らしい。オレはその人よりも弱かった。悔しくて悔しくて、必死に特訓したけど、弱いままだった。

 でも、大丈夫。今まで敵には勝ってきたし、もちろん誰かが欠けることもなかった。今回も、きっと大丈夫。

 そう思ってたのに。

 守れなかった。

 母と妹と同じくらい、愛してたのに。

 いつだってオレが耐えられなかったのは、オレの無力さだった。


 だから!!

 もう負けるわけにはいかないんだよ!!!


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