第20話

少女が動く。彼岸花で机や椅子の壁をつくり、時には牽制の攻撃に転じる。一か所にとどまらず、自身の小ささを生かして的にならないようにする。

 例え自身の攻撃が何のダメージを与えなくとも。漆黒のワンピースが破け、白雪の肌が露出していようとも、少女が動きを止めることはない。

 少年が駆ける。少女の動きに対応するかのごとく、常に二人で天将を挟むように動く。

 時折撃つ銃弾が当たることは決してなく、跳ね返されてむしろ反撃に変わっても少年は駆け続ける。

 対する天将は、二人を視線で追うことすらせず口を開く。

「十本指と無能の撹乱か。流石の王とてあの彼岸花を無視するわけにもいかん。さりとて標的を無視するわけにもいかんな」

 もちろんその間天将が傷つくことはない。彼岸花は天将に当たる寸前で目的を見失ったかのように成長する方向を変える。彼岸花が投げた机も椅子も、当たる寸前で粉々に崩れる。見えるはずのない後ろから放つ現の銃弾も、撃った本人に反射する。

 このままではジリ貧、と龍爪が考えた瞬間天将が動く。

「っ!?」

 突如目の前に現れた天将に龍爪は困惑する。しかしそれも一瞬、振り上げられた拳を見るや否や龍爪は跳ねるようにその場を離れる。

 ドウッ! と埃と木屑が舞う中、現が斧を携え天将の背後に回る。管理局にはいざという時のために各所に武器が隠されている。それは文字通り机の中や棚の扉の中、床の下など普段ならば手に取ることすらできない場所にある。龍爪は無闇に物品を破壊していたわけではなかった。

「遅い」

 煌めく瞳が標的を捕らえると同時に、超速の回し蹴りが現を襲う。なんとか柄で防いだが、ただの木が天将の蹴りに耐えられるはずもなく、現は柱時計を破壊するように吹き飛ばされる。

「ガ、ハァッ」

 強制的に肺から酸素が追い出される。無理矢理酸欠にさせられる感覚は何度味わっても慣れるものではない。ぼうっとする頭はどうしても働こうとはしない。

「これで終いか」

 一歩ずつ確実に距離を縮める天将を現が食い止める術はない。

「何の真似だ」

 現を守るように龍爪が両手を広げ立ちはだかる。

「邪魔だ。何人たりとも王の道を阻むことは許さん」

 目が合うだけで全身が萎縮する。呼吸は荒くなる一方だが、それでもここを退くわけにはいかない。

「……この方を、危険に晒すわけにはいきませんので」

 奇しくも、それはどこかで無能の少年が吐いた方便とよく似ていた。

「ならばもろとも砕け散れ」

 天将が拳を振り上げる。手首にかけられた金色のブレスレットがぶつかり甲高い音を鳴らすと、龍爪は覚悟を決めるようにぎゅっと目を瞑る。震える両手を下げることはない。健気な彼女の姿を見ても尚、天将は無慈悲にも拳に力を込める。

 その後ろで虚が静かに飛ぶ。

「ゼラニウム」

 壁に着地した虚が足裏をジェットに変質させる。空中を自由に飛ぶためのものではなく、噴出口は一点にしぼり、火力はより強大にする。それはすなわち、自分の身を弾にした大砲である。

(もし人間の侵入を禁止したらこいつ自身も爆散するはず! 俺がどうなろうとここで一発入れる!)

 着弾まであと二メートル。その土壇場で、ようやく天将は虚の特攻に目を向ける。

(もう逃げれねえ! いける!!)

「飽きた」

「ッッッ!!??」

 ただの裏拳。それだけで、虚の特攻は無意味になる。吹き飛ばされた虚は床を二転三転すると苦しそうに顔を歪める。

「彼岸ーー」

「キングプロテア『彼岸花の侵入を禁ずる』」

 龍爪も異能を発動する一瞬の間に天将は距離を詰め、さらには龍爪が反応する間もなく首根っこを鷲掴みにする。

「カ、ハッ!!」

 青年期の男性を軽く吹き飛ばすほどのパワーで首を締めるのは殺人行為となんら変わりない。

「龍爪紅。同じ十本指と聞いて楽しみにしてきたが、とんだ期待外れだな。とはいえ、ここまで王と相性が悪ければ致し方あるまい」

 そう言いながら天将はさらに手に力を込める。浮かせられた龍爪がバタバタと足を動かすが、天将には擦りもしない。

「彼岸花を咲かせるだけの異能。シンプル故に強力、その戦い方は力技で小細工を踏み潰すシンプルなもの。並の色持ちならばそれで通じただろうがこの王を誰と心得る。小細工はもちろん、ましてや力技など王に通じるはずがあるまい」

 苦悶に顔を歪め、もはや口を閉じる力さえ湧かない。止めることができず溢れでる唾液は天将を避けるように床にこぼれ落ちる。舌はだらりと垂れ下がり、あと数秒で意識が途切れる。

 そして龍爪紅は死ぬ。

「うし、ろに……き、をつけ……なさい…………」

 龍爪のこの言葉さえなければ、そうなっていた。

「!」

 平衡感覚や聴覚などの五感、さらには運動神経といった、人が生まれながらにして持っている、いわゆる『才能』。その全てが限界値を超えて生まれてきたのが天将だ。天将帝が黄の原色である理由は、異能の圧倒的完成度はもちろん、『才能』が常人を遥かに超えているからでもある。

 その『才能』の中には当然、危機察知能力も含まれる。異常に研ぎ澄まされた勘、静かな場所であれば心音すら聞きわける聴力、ストレスを感じた時に人が発するごくごく微小な匂いすらも嗅ぎ分ける嗅覚などが、天将を支えている。

 それらをすり抜けるのは、広大な砂漠の中から一本の髪の毛を見つけることと等しい。殺意を抱かずに運良く天将の勘をすり抜けるというのはそういうことだ。

 すなわち。孤衣無現はこんな状況の中で心音を一定に保ち、殺意を一切感じさせずに、天将のすぐそばまでたどり着いた。

 なるほど、と。

 振り向いた天将は思わず納得する。

「王を殺すのではなく、心中を図ったか」

 現は手のひらに抱えた手榴弾のピンを引き抜いた。

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