第14話

「やっほーやっほーっ、みんな元気元気ぃ〜? みんな大好き、スーパーラヴリーアイドル〜ッ、真裂彼世ちゃんだよだよーっ!」

 異常気象ならぬ異常気性とでもいうべきか、空に浮かぶその女はやけにハイテンションだった。語尾に星やハートマークがついていそうな、愛想を最大限に振りまいた喋り方だ(念のため補足しておくと彼女は実際に『だよだよ』と言っている。エコーがかかっているわけではない)。

 能天気な雰囲気とはミスマッチに、彼女は軍服に似たデザインの紺色のワンピースに身を包んでいた。スカート丈はかなり短く、ワンピースではなくシャツと言ったほうが通じるほどだ。

 顔から判断するに歳は十六、七あたりだろう。端正で『可愛い』に分類される顔をしている。光を映さない大きな薄水色の瞳はしっかりと虚達を捉えている。

 ややくすんだ水色の巨大ツインテールは彼女の身長と同程度ある。それも彼女のあげたりぬ特徴の一つだったが、最も挙げるべきは細い首を絞める蒼い首輪だった。犬や猫につけられるペット用の首輪は彼女の首の肉に食い込むほどキツく締め付けている。あれではかなり息苦しく邪魔なはずだが、彼女の表情は恍惚としていた。 

 彼女は大きな二対の氷の翼を羽ばたかせ、人類の到達しえない空中に浮かんでいた。

「……籠ヶ峰、今日の天気って『晴れ』か? それとも『晴れのちバカ』か?」

「後者、だろうなあ……!」

 珍しく気圧されたように答える籠ヶ峰は口に苦笑いを浮かべていた。

 存外耳ざといようで、真裂彼世と名乗った少女は、

「あーっ、ふたりとも彼世ちゃんの悪口言ってるな言ってるな〜? ぷんぷんっ」

 わざとらしく怒った顔をする……と思いきや急に豊満な胸の前で祈るように手を組んで目を閉じる。

「あぁん、かわいそーな彼世ちゃん! こんな彼世ちゃんを救ってくれるのはやっぱり帝クンしかいないんだねだねっ。『安心しろ、彼世ちゃん。何があっても俺だけは彼世ちゃんの味方だ』。きゃー、帝クンかっこいー大好き大好き大好きー! キスミーッ!!」

 きゃっきゃと一人で騒ぐ彼女の姿は、ともすればまだハイテンションな少女ですむかもしれなかったが、この状況では頭がイカれた女にしか見えなかった。

 ひとしきり騒ぎ終わると、さて、と真裂は急に可愛らしく口角を上げて二人を指差した。

「情報どーり二人っきりで管理局までデート中みたいだねだね! 今から彼世ちゃんのアザレアでぇ、ふたりに死ね死ねビームしちゃうねしちゃうね♪」

 直後、巨大な氷塊が二人を襲った。

真裂の指先から放たれた氷塊は数十年を生きる大木を軽く越えていた。薄水色で半透明な氷は大自然の中で見ればさぞ美しく感ぜられただろうが、今この場においては命を奪いにくる凶器でしかない。

 しかし、ただでやられるようならこの都市で生きているはずもない。

氷塊から逃れようと真横に跳ぶ虚に対して、籠ヶ峰のとった行動は全くの逆だった。すなわちその場に踏みとどまり、その場で大きく両手を広げた。

「ルドベキア開花!」

 籠ヶ峰が両掌で触れると氷塊はその姿を忽然と消す。代わりに籠ヶ峰の手中には黒と白が交差した縦横四センチほどの小さいサイコロのようなものが握られていた。

「わわっ! そこの糸目クンは彼世ちゃんのびっぐな死ね死ねビームを消しちゃうんだねだねだねっ! すごいすごーい、手品? ねぇそれ手品??」

 自身の攻撃がたやすくいなされたにも関わらず、真裂は初めて遊園地に来た子供のようにキラキラと目を輝かせた。その目には苛立ちも不安も戸惑いも恐怖も焦燥も、何一つなかった。

「……どう思う、籠ヶ峰」

「どう、とは!?」

 手の中で六面体を遊ばせる籠ヶ峰に、虚は事実を突きつけた。

「あいつがクラレントの狂騎士・真裂彼世で間違いねぇよなって話だよ」

 クラレントか狂騎士、どちらに反応したのかはわからないが、真裂は不機嫌そうに頬を膨らませた。

「む〜。彼世ちゃんの名前、ちゃんと言ったでしょでしょ? 彼世ちゃんの名前は真裂彼世。彼世ちゃんって呼んでくれないと、メッ、だぞだぞ? まあ、」

 今度は目だけは笑い、口は狩りに出る肉食獣のように獰猛に舌舐めずりする。

「現クンと箱庭クンが彼世ちゃんって呼んだらひんやりアイスにして食べちゃうけどねけどね?」

 やはり間違い無い、とこの時二人は確信した。

だが、相手の間違いは訂正しなくてはならない。

「おいバカ女! 俺は現じゃなくて、その兄貴の虚だ!」

「えぇ? あれあれあれ? でもお顔一緒だよねだよね?」

 と言って真裂は胸の谷間から一枚の写真を取り出し、

「あぁん帝クン! かっくいぃ〜〜!!」

 天将帝が映っていると思われる写真に熱烈なキスをし始めた。

(いや現の写真じゃないんかい……とは絶対言ってやらねぇ)

「狂騎士の狂はそのまんま狂ってるってことかよ……でもまあ読心の異能なら情報は吸い取れるだろ」

「となると、やはり生け捕りか!」

「できれば、だけどな。相手はクラレントの二番手だ。しかも、」

 虚は再度目を凝らして遥か上空を羽ばたく彼女の瞳を見る。真裂彼世の薄水色の瞳を。

「奴は純正の色持ち。殻例夜みてぇに『強化されて』実力だけ色持ちってタイプじゃねぇ、『色持ちの上強化された』ってことだろ、多分。油断すんなよ」

 ふん! と籠ヶ峰は笑って眉を上げる。

「色持ちだろうがなんだろうが一切合切関係なし! どこの誰にものを言っている!」

「そりゃ籠ヶ峰さんちの箱庭くんだろうよ。ゼラニウム」

 異能の言葉に応じて虚の右腕が太刀に変わる。

「異能都市管理局局員、孤衣無虚」

 籠ヶ峰は笑みを浮かべ、じっと相手を見据え、細い糸目を見開く。

「同じく、籠ヶ峰箱庭。推して参る」

 この男が目を見開いて敵を見るときは本気の合図だと、虚は知っていた。

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