第13話
殻例夜唯々捕縛翌日。管理局局室。
現を除いた管理局員が集合したことを確認すると、守桜は口を開いた。
「全員集まったな。昨日の殻例夜はご苦労。さ、今日も張り切って俺の代わりに働いてくれ」
「こんな大人にはなりたくないランキング不動の一位だな」
「会議を開始する。まずは各自、資料を見ろ」
前会議と同様に各々の前に大量の会議資料が積まれる。これもまた前回と同様に、重要箇所だけ説明するつもりらしい。
「殻例夜から得た情報と、こっちの捜査で新出した情報をまとめといた。色々とやるべきことはあるが、中でも重要かつ最優先事項はやっぱり三騎士の打倒。そこは変わっちゃいねぇ」
「守護騎士の捕獲は成功しましたし……残る二人の内、どっちかの情報が掴めたってことですか?」
確認するように尋ねる心月に守桜は頷きを返すと、
「残る三騎士は狂騎士と仮面騎士。今回得た情報は狂騎士についてだ」
机の上に薄水色のホログラムが現れる。殻例夜同様、王を守る騎士の姿が映し出されるかと誰もが思ったが……
「unknown……不明ってことっスか?」
中央に映し出されたのはunknownの文字。当然、それが狂騎士の姿のはずもない。
「どうもなぁ、殻例夜が狂騎士のこと随分嫌うてるみたいでぇ。姿形が全く読めへんって、読心の異能者が言うてたわぁ」
頬に手を当て地神がため息をつく。狐耳も悲しげにしょんぼりと折れる。
「今んとこわかってんのは狂騎士の名前が真裂彼世(まぎれ あのよ)ってこと。そんだけだ」
「そんだけって……」
虚は呆れたように守桜にジト目を向ける。
「せめて居場所ぐらいわかんねぇと話になんねぇだろ。いくらなんでも、たった一人を名前だけで一都市の中から探し出すのは不可能だぜ」
「俺もそう思う。でもやれ」
「ブラックすぎんだろ」
「虚さん落ち着いてください、守桜さんにつっかかっても何もいいことはありません。この人面倒くさがりだからどうせ何もしませんし」
「もしかして今俺ディスられた? 徹夜で資料まとめたのにか?」
心無い言葉に涙目を浮かべる守桜。残念ながら救いの手が差し伸べられることはなかった。
しかし虚の言葉は事実である。氏名、外見、異能、潜伏場所までわかっていた殻例夜と比べて情報があまりに少なすぎる。戦争において、情報戦で同じ土俵に立てないのならばそれは負けと同義である。
「潜伏場所すらわかんねぇのは悪いと思ってる。でもな、真裂彼世は常に動きまくってて、他のクラレントですらどこにいるかわからねぇらしい。そんな住所不定者の居場所なんてわかるわけねぇだろ」
「しいて言えばこの異能都市全てが真裂の住処か! これは面白くなってきた!」
大笑いして張り切る籠ヶ峰だが、それ以外の士気が上がっているはずもない。
都市と名付けられているだけあって、この近辺はかなり発展している。大型ビルが立ち並ぶ第一区、一人住まい向けのアパートが並ぶ第二区、家族向けの住宅団地の第三区、森林や川が設置された第四区などなど、多彩なバリエーションの区画分けがされている。
異能都市の人口は年々増加傾向にあり、現在総人口は百万人に達している。そんな大都会の中で名前しかわからない一人の人間をどう探せというのか。あれこれと意見を出しては悩む一同だったが、
「考えてるだけじゃ何も始まらない。動きまわってるってことは、それだけ目撃者も多いはずだ。まずはそれらしき目撃証言を集めてみることにしよう」
結局は心月のこの言葉によって方針は決まった。
心月、虚、籠ヶ峰、雛菊は証言を集めつつ他のクラレントを捕らえる。そしてあわゆくば真裂の方から出てくるよう誘き寄せる。龍爪、地神、守桜は必ずうち一人が現の護衛につき、残り二人は不測の事態に備え局室にて待機。
こうして管理局は次なる敵、狂騎士・真裂彼世捕縛に打って出た。
・
の、だが。
真裂彼世対策会議五日後、午後三時。虚と籠ヶ峰はとある定食屋で遅めの昼食を取っていた。
「ったくよ、龍爪のやつ酷ぇだろ。俺らだってやっとこさ三人捕まえたってのに、『あら、二人がかりで三人ですか? よく頑張りましたね、ちなみに私と雛菊さんは十人捕まえました』だってよ」
愚痴をこぼしつつ、虚はうどんをすする。温かい濃厚な昆布出汁とこしの強い麺が口の中で混ざり合うのを味わって、ごくんと一息に飲み込む。灰色のジャケットの下のシャツに汁がかかっていないことを確認するとお冷やを一気飲みし、大きなため息をついた。
「気持ちはわからんでもないが、ため息をつくな! 幸せが逃げる!」
籠ヶ峰は相変わらずの声量で店員を驚かせながら勢いよく蕎麦をすする。
昨日で五月は終わり、季節は梅雨に差し掛かっていた。もっとも今日は雲一つない晴天で雨の気配は毛ほどもなかったが。
店内に設置された唯一のテレビは異例の暑さだと言っている。にも関わらず出会った日から一日たりともニット帽を欠かさない籠ヶ峰は額に大粒の汗を浮かべていた。
籠ヶ峰が最初に頼んだとんかつ定食は既に胃の中、追加で注文した蕎麦も今五皿目を空にした。彼ほどの体格をしていればそれだけ大量のエネルギーが必要なのだろうがしかし、何事にも限度がある。
「逃げる程度の幸せならいらねぇし、そもそも逃げるほど幸せなんかねぇよ」
この二週間常に勝ち気だった虚が初めて落ち込んでいるのを察した籠ヶ峰は、理由を尋ねた。
「べっつに」
という無愛想な返事しか返ってこなかったが。
「真裂彼世が影も形も見つからんことか!? 気に病むでない、ほぼ総出で探してこれなのだし何もお前のせいではあるまい!」
先日の龍爪の心ない発言に傷心した虚を見かねて籠ヶ峰は遊びに誘った。そのまま二人は夜の異能都市を遊び尽くし(八割以上が人には言えない事件だったが)、帰路に立ったのは朝の九時だった。起床したのもつい一時間前である。未だに開眼に抵抗するまぶたを制しつつ、虚は壁にかけられた時計を見やる。
「三時……確か、会議は五時からだったか?」
「ああ! もう少しゆっくりしていくとしよう!」
相変わらずやかましい大男に頷きつつ、携帯のメール画面を開く。いかがわしい迷惑メールやスパムの中に『会議について』という今の虚よりよっぽど愛想のない件名を見つけるとそこをタップする。
『会議について
真裂彼世捜索開始から一週間たったが、未だ見つかる気配がない。が、昨日真裂の新たな情報を得たため、緊急で会議を開く。時間は本日午後五時、場所は管理局局室。送れんなよ。守桜』
「守桜さんも面倒な! 新たな情報とやらをこのメールで送ってしまえばよかろうに!」
「メールだと確実性に欠けるだろ。直に会って話した方が情報の齟齬は少ないし、自分じゃでてこねえ疑問もでてくる」
「ふむ! なるほどな!」
「視野を広く持つのは大事だ。戦闘はもちろん、作戦立案の段階でどれだけ多い視点から見れるかで勝率は全然違え」
そう言って虚は氷だけが残ったグラスを揺らした。カラカラと音を立てる氷がその背景まで映しているのが見えると、何かが気に障ったように氷を頬張って噛み砕いた。
六杯目のお碗を空にすると、籠ヶ峰は意外そうな顔で虚を見る。
「虚は意外と頭も使えそうだな!」
「……どういう意味だ、それ」
ナメてんのかコイツ、と虚は苛つきかけたが籠ヶ峰は首を横に振った。
「何も悪い意味ではない! 現はいかにも頭脳派の男だ! それに対してどうもお前は肉体派というイメージの方が強くてな!」
あぁそういうこと、と呟くと虚は続けた。
「俺は頭良いわけじゃねぇけど、悪いつもりもねぇよ。あと、確かに現は頭使う方が得意だけど別に身体使うのがヘタクソな訳でもねぇ。実際、あん時も殻例夜としばらく戦ってたし」
「確かに言われてみればそうか!」
「だろ? 確かに得意不得意で言やぁ、あいつと俺は逆だけどよ。かと言って、出来ねぇってほどでもねぇんだよ」
なるほどな! と納得すると籠ヶ峰はトイレに向かった。古ぼけた床をギシギシ音立てながら歩く大きい後ろ姿をぼんやりと眺めながら、虚は自分の発言に内心驚いていた。
逆。姿形は似すぎているというか、もはや同じと言っても過言ではない。それでも間違われることがないのは、現が色無しで虚が色持ちだからだ。虚の白銀色の瞳は異能都市の中でもかなり目立つ。また、現が前髪を下ろし虚が髪を上げているのも見分け方の一つだ。もちろんそれらだけではなく、普段無表情なのが現、表情豊かでよく笑うのが虚、といったところで龍爪たちは二人を見分けていた。
しかし容姿以外は全てが逆だ。籠ヶ峰の言うように得手不得手は逆、利き腕も逆、味の好みも逆。言うまでもなく、性格も逆。唯一趣味はゲームで同じだが、これは虚が合わせているに過ぎない。
そもそも名前からしてそうだ。
現像と虚像、現実と虚実。
『現』と『虚』という言葉が示す意味は真逆だ。
現は『在る』モノ。虚は『無い』モノ。
言葉の意味とはこれまた逆に、異能が無いのが現とは、なんとも皮肉な話だった。
「でも、本当に何も無ぇのは……」
「どうした虚、何か言ったか!?」
「うぉっ!?」
「はは、どうした虚! 考え事でもしていたか!?」
「……何でもねぇよ。つかお前早くねぇか?」
「そうか!? 勢いよく出たからな!」
店員はおろか午後三時を過ぎて少なくなった客全員から冷めた目で見られて尚、豪快に笑い飛ばす籠ヶ峰を見て、
「ハッ、汚ねぇ話してんじゃねぇよ、バーカ」
虚の顔に笑みが戻った。
・
夕焼けの朱に染まった川のせせらぎに聞き惚れることもなく、二人は河原で歩みを進めた。外に出ると少し肌寒く感ぜられたので虚は薄いジャンパーを、籠ヶ峰はジャケットを羽織っている。
誰かを誘って行こう、と虚は他のメンバーに連絡を取ったが、ことごとくに振られてしまったためやはり隣には籠ヶ峰しかいない。
いつも一緒にいる現は今日まで検査入院だった。現は左脚に二つ風穴が空き、加えて全身に打撲や切り傷、さらには本来出るはずのない薬の副作用のせいで激痛が身を襲った。外傷ならば医者の異能で回復するだろうが、副作用は別だ。これから何が起こるかは完全に未知のため病院側からは二週間の入院を言い渡されたが、管理局の権限で半分にした。こういう時は便利な肩書きである。
龍爪はそんな現を迎えに行き、合流した後に向かうらしい。虚はその話を聞いた時『何だ何だ、お姫様は愛しの騎士のお見舞いでもすんのか?』とからかって、顔を真っ赤に染めた龍爪に殺されかけた。
守桜は運営側との協議、地神と心月は既に管理局で事務仕事をしているらしい。そんな二人の話をしていると、
「はあ!? お前それマジでか!?」
虚は素っ頓狂な声を上げることになった。
「マジで心月サンと地神サン付き合ってんのか!?」
籠ヶ峰は頷くと笑いながら答えた。
「ああ! もうかれこれ二年になる!」
籠ヶ峰の肯定に虚はマジかよ……と茫然自失に陥りながら二人の姿を思い浮かべた。
地神稲荷、狐耳の京都弁の和服美人。心月平理、黒縁眼鏡のサラサラ髪の優男。
管理局の長とそれを支える副局長は二年も前から恋仲にあるらしい。
「ある意味お似合いっちゃお似合いか? いや、でも……」
うんうん唸りながらも、やはり虚はどうもイメージが出来なかった。
地神には人嫌いの現とは違ったとっつきずらさがある。また、やけに語尾が伸びる京都弁も相まって独特の雰囲気を醸し出している。心月も万人受けする容姿を持っているのは変わらないが、地神とは違って人懐っこさとああいう人種特有の『良い人オーラ』が滲み出ている。
同じタイプが恋仲になる、と思っていた虚にとって地神と心月の組み合わせは全くの意外だった。
そういえば誰にでも敬称をつける心月が地神だけは呼び捨てだったな、と虚はなんとなく思い出した。やけに悩んだ表情をする虚を見て、
「どうした! 狙っていたのか!?」
籠ヶ峰はプライベートや恋心という思春期の男女が何よりも大事する物の欠片も無い言葉を発した。
「バカ言え。誰があんな妖怪みてぇなのと」
あのからかい好きの女と二人っきりでいる場面を想像しただけでも怖気がする。地神のことはもちろん人としては好きだが、女性としては好きになれない。
虚はSっ気が強い男の子なのだ。
俺も地神さんはごめんだ! とひとしきり笑った籠ヶ峰は、ふと疑問に思った。
「そういえば現から聞いていなかったのか!? あやつは早々に気づいていたが!」
「あー……聞いてねぇなぁ」
現は人嫌いの癖に空気だけは人一倍読める。否、人嫌い故に空気に敏感なのかもしれない。そしてやはり、逆に虚は空気を読むのが苦手だった。
話されないということは信用されてないのだろうか、という思考に至る直前に、
「ぶぇっくしょいっ!!」
籠ヶ峰のくしゃみがそれを遮った。
「うむ! どうやら汗が冷えてきたらしい!」
「お前なぁ……ニットなんて被ってるから汗かいたんだろうが。脱げよ」
「断る! これは俺の大事なアイデンティティなのだ!」
誰もお前のニット帽が似合ってるとは思ってねぇよ、と思ったが言葉にするのはやめておいた。
と、虚はそこでようやく一人忘れていたことに気づく。
「やっべ、雛菊の奴忘れてた……」
雛菊とは既に連絡先を交換している。忘れられたことに気づかれたら面倒だな、と思いながらもかじかむ手で雛菊に電話をかけた。コール音がやや長めに鳴ってから携帯から声が響く。
『はい、雛菊っス。どうかしたっスか?』
「おー、別にどうかしたって程でもねぇけどさ、五時から会議だろ? 一緒に行かねぇかって思って」
『あー……申し訳ないっスけど、今オレ現さんの病院にいて……』
電話に出るのに時間がかかったのも病院だからだったのだろう。制すのを無視して何度も謝る雛菊を無視して電話を切った。酷い仕打ちかもしれないが、雛菊の長い謝罪会見に付き合うのだったら、双方にとってこれが一番良いと虚は学んでいた。
かじかんで少し赤くなった指を息で温め、
「…………おい、待て」
虚はようやく疑問を感じた。
「何で俺の手はかじかんでんだ? 確かテレビじゃ異例の暑さっつってたよな?」
言われて籠ヶ峰も気づく。いくら六月とはいえ、雲一つない晴天の午後に汗が急速に冷えるだろうか。しかも寒いと感じるほどに。
そう、晴天だ。見上げる空は夕焼けに染まり、雲一つないオレンジ色だった。
ただ一点を除いては。
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