第9話

同時刻、同ショッピングモール三階。

「おいおい……どうなってんだ、こりゃあ」

 目の前の光景に虚は思わず唸った。

「龍爪の報告と全然違ぇじゃねぇか。何だよこの数」

 ぐるりと首だけ回して周りを見回すが、それでも見渡すことはできない。それほどの数の殻例夜唯々が、虚と隣の大男、籠ヶ峰箱庭を取り囲んでいた。大男、とは言ってもその背丈を超すのが殻例夜唯々だ。無論、ガタイは負けていないが。

「確かにこれは数が多すぎるな! しかも周りだけではない、虚、上を見てみろ!」

「あん? って、おいおいマジかよ……」

 今虚達がいるのはショッピングモールの中でも中心部分で一階から最上階まで吹き抜けている。虚が半分身を乗り出すと、見える限り全てのフロアから、数えるのも馬鹿馬鹿しい数の殻例夜唯々がこちらを睨みつけていた。

「数の暴力ってやつか? にしても限度ってもんがあんだろ」

「モテるのは嬉しいがいやはや! 正直こいつはキツい!!」

 依然笑みを崩さない籠ヶ峰を気持ち悪く思い始めたところで、籠ヶ峰の胸元から声が響いた。

『こちら龍爪、守護騎士・殻例夜唯々の分身と思われるモノと接敵。……ざっとですが、百近く』

『こちら心月。僕たちも接敵した。数は大体、同じぐらいかな。龍爪さんが言っていた、獣と同系統の本人の分身と考えるのが妥当だろうね』

「籠ヶ峰だ! やはりか、俺たちも同じぐらいだ! どうなっている!?」

 やや時間があってから、龍爪の声が返ってくる。

『私が接敵した時は分身は多くて二体が限度の様子でした。それから短期間でこれだけの数……クラレント特有の強化の影響でしょうか?』

 妥当だな、と虚は同調したが心月がそれを否定する。

『いや、それは考えにくい。龍爪さんが会った時にはもう殻例夜は強化されてたんでしょ? 強化状態からさらに強化されたクラレントはまだ確認されてない。こいつが新種ってこともあるかもだけど、可能性は低いだろうね』

「だとするとなんだ!?」

『籠ヶ峰さん、声大きいです……耳痛い……』

「すまんな!」

「それがうるせぇんだろ」

『……おそらく殻例夜の異能の発動条件と関係してるんだろう。発動条件はまだ不明だったよね?』

『はい。私が戦った時もわかりませんでした』

「ふむ、つまり戦わなければ何もわからないということだ! そうと決まれば話は終わりだ!」

 え、ちょっと、という心月の戸惑いの言葉を無視して籠ヶ峰は通信機を切った。必要な情報は得た、これ以上はもう無駄だ。

「先輩の話は途中で切るもんじゃねえだろ。にしてもよ、箱庭。嘘つくならもっとマシな嘘つけよ」

 苦笑して虚は異能を発動する。突き出した右腕はたちまち大鎌に変貌し、その刃を怪しく光らせる。

「この数のどこが『同じぐらい』だっつの」

「ハッハッハッ! そうだな、五百ほど数を見誤まったかもしれん! だがやることは同じだろう!」

 バシッと両拳を突き合わせる籠ヶ峰。やはり、その顔から大胆不敵な笑みは消えない。つられて虚の苦笑も、いつもの余裕あふれる捕食者の笑みに変わる。

「ああ。戦ってぶちのめすだけだな」

  ・

 ほこりが被った床に紅い光が灯る。

「彼岸花」

 静かに呟かれる異能の言葉に従って光は数を増し、やがてその中から新緑色の芽を咲かせる。芽は瞬く間に成長し巨大なつたになると、敵を薙ぎ払うように伸びた。

 避けられなかったモノが潰れてへしゃげた音を立てたが、潰せて二人といったところだろう。大多数はあっさり回避し次のモーションに移行していた。

 分身の一人が右手を突き出す。するとたちまち、暗闇から鞭が産み出されその手に収まった。周りの分身も斧や刀、弓矢などを握り本格的に戦闘が始まった。

「さて、」

 その中で一人、無能の少年は分身に対して銃器で迎え撃った。

銃口が火を吹く。現が手にしているのは管理局から支給されたハンドガンだ。銃身は黒く、ところどころに赤いラインが入っている。守桜から様々な武器を持って戦えるように、と刀や槍、ダガーに大鎌、果ては鎖鎌やトンファーなど古今東西あらゆる武器を試した。が、結局一番手に馴染んだのはあの日初めて手にした武器と同じだった。それから現専用にカスタマイズし、弾も数発で麻酔などと言わず一発当たれば卒倒するレベルの一品に変えた。強烈な麻酔効果を持つ植物の樹脂を加工したもので、普通の銃弾と変わらない破壊力を持つ。

「……くそったれ」

 もっとも、相手が分身では麻酔など全く意味がなかったが。

 しかし破壊力には意味があった。というより、それが無ければ戦えなかった。心臓や頭部へのダメージといった、人間と同じ致命傷を与えれば分身は消える。数人倒したところでそれに気づいた現は一人一人着実に仕留めていった。

 分身とはいえ当然黙ってやられるわけがない。現を覆う輪を崩すように分身の一人が小刀を手に刺突を繰り出す。横に跳ぶことで躱すがしかし、それによって体勢を崩してしまう。すかさず背丈ほどのハンマーを手にした分身が現の頭を狙って得物を振るうが、現はそれを床を転がって避ける。一秒前まで自分がいた場所に大きな亀裂が入るのが見えたが背筋を凍らせている場合ではない。

「ふっ!」

 腹筋を使って跳ね起きると、もたもたハンマーを持ち上げる分身の眉間に照準を合わせて引き金を引いた。後ろに倒れる分身の腹にさらに蹴りを入れてその後ろに牽制する。

 その時、後ろからヒュンッと風を切る音が耳に入った。

先に回避に移るべきだった。しかしそれよりも先に身体が勝手に確認しようとする。首だけ振り向いて、現はその音が自分の首に迫る鋸の音だと知った。

(死……)

 しかし、悪魔の刃は命を刈り取るには至らなかった。鋸につたが何重にも絡みつき、なんとかその勢いを殺した。

「現さんっ!」

 名前を呼ぶ声にハッとさせられる。現は右手の銃を構え直し自分の身長を大きく超える分身の胸に銃口を当てる。乾いた発砲音が響くと分身はまるでその身が元から無かったと言わんばかりに霧散した。

 とん、と背中にもう一つの小さな背中がぶつかる。

「油断しないで下さい! 死にたいんですかっ!」

 口を動かしながらも龍爪は決して攻撃の手を緩めない。オーケストラの指揮者のように滑らかに動く指が彼岸花に命令を下す。

「馬鹿言え!」

 負けじと現も指先に力を込める。引き金を引くも、さっきのがマガジンの最後の一発だったか感触が軽い。現は舌打ちして胸元から新たなマガジンを取り出す。

「それを否定するために僕はここにいるんだ」

 現は迫りくる双剣を構えた分身の顎を蹴り上げて、

「こんな陰湿低脳野郎にやられてやるほど、僕は安くないつもりだ」

 鉄の口が火花を散らし、弾き出された銃弾は分身の頭に炸裂した。

しかしそれで押し寄せる波が止まるはずもなく二人に休憩する暇は与えられない。

「それにしても! 全っ然数が減ってないように感じるのは私の勘違いですかねっ」

「奇遇だな、僕もだっ!」

 分身と戦闘を始めて既に十五分経過している。それほど経てば半数が削れていてもおかしくないが、二人を囲む輪の勢いが弱まったようには見えない。

「どうします? 心月さんか籠ヶ峰さんと合流しますか?」

「いや、それは得策じゃない」

「何故?」

「僕たちを取り囲んでる分身。こいつらは姿は同じでも持ってる武器がバラバラで運動能力も個体によって若干違うように感じる。でも、一つだけ共通点がある。それは」

 薙刀を振り回す分身の足を払って転ばせる。薙刀を奪い取ると牽制も兼ねて遠くへ投げてから止めを刺した。

「自分からは攻撃しなかったことだ」

 無線機で連絡している時、思えば分身達の様子はおかしかった。龍爪が通信している間、分身達が攻撃を仕掛けることはなく龍爪達が攻撃を始めてようやく戦闘が始まった。敵の通信が終わるのをわざわざ待っている理由はない。では、何故あの時分身は動かなかったのか。

「これだけ数がいるんだ、一体一体殻例夜が直接指示を出しているとは考えにくい。これは推測だけど、おそらく殻例夜は分身に細かい命令は出せない。だから下されている命令は単純なはずだ。例えば『攻撃されたら反撃する』とかな!」

「なるほど。じゃあこちらが攻撃をやめればこの方達もやめてくれますかね?」

「いや。分身が個別認識されてないってことは『殻例夜の分身』っていう一塊のはずだ。つまりどの分身が攻撃されても『自分が攻撃された』って認識する。もう戦いをやめることは不可能だ」

 それと、と現は言葉を続ける。

「殻例夜本体はどこか安全な場所でこの状況を見てるはずだ。流石に位置を把握せずにこんな数の分身を決まった場所に発生させることは無理だろう」

「見てるって、流石にここにはいないですよね。となると、遠隔……どんな方法で?」

「多分、アレだ」

 一瞬、分身達から銃口を外す。銃口の先はガラス細工の豪奢なシャンデリアだ。純白に煌くシャンデリアはゆらゆらと揺れて、時折ガシャンと音を鳴らす。

「シャンデリア? いえ、あれは……」

 銃口から乾いた発砲音が響くとシャンデリアの中から黒い生物が飛び出す。

「……カラス?」

 反射する光の無い空間において、カラスの黒さは異常だった。目を凝らさなければすぐに見失ってしまいそうな、すぐに暗闇に溶けてしまいそうなカラスに負傷した様子はない。しかし、カラスはどこか焦ったように現達から離れ飛び去っていく。

「龍爪! 僕はあのカラスを追う! ここは任せた!」

「え、ちょっ!? 現さん!?」

 龍爪は混乱した。まず、何故あのカラスを追う? いや、それはまだ殻例夜の居場所のヒントになるかもしれないからわかる。しかし、

「追うなら私も! 現さんだけじゃ無理です!」

 追跡は少数精鋭で行うのが好ましいが、一人二人の場合は別だ。ただでさえ暗く入り組んだショッピングモールを自由に飛びまわる鳥相手に一人では無理がある。

 第一、殻例夜の居場所がわかったとして現だけがそこにたどり着いてどうなる? 色持ちと同じ力を持つ殻例夜相手に無能の現が一人向かったところで良い餌だ。ましてや敵の狙いは現本人なのだ。

 龍爪の心配など知らぬ顔で現はカラスを追う。

「追うのは僕だけでいい、龍爪はここで足止めしてくれ! 殻例夜と遭遇したとしても策はある!」

「でもっ!」

「大丈夫だ! それに」

 一際大きい声で現は叫ぶ。

「龍爪を危険に晒すわけにはいかない!」

 瞬間、思考停止。そして、

「んぁ!?」

 龍爪は命をかけた戦闘中にも関わらず爆発する勢いで顔を赤くさせた。

 ……現は龍爪を説得させるために言っただけであり、機動力に劣る龍爪はむしろ足手纏いになると思っての言葉だとは一七歳の少女が知る由もない。

「じゃあ龍爪、頼んだぞ!」

「え、待ってください現さん! その前に今の発言について詳しくッ!? 現さん!?」

 必死に叫ぶ龍爪だが、彼女の声が現に届くことはなかった。

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