第3話
「さて、どこからお話ししたものでしょうか。
「ここに来るまでちょっと大きな寄り道をして説明が難しくって。それに話せないことも多くて……。
「というか、こうしてあなたを助けられたのも偶然なんですよ。ここから爆音が聞こえて、気になって来ただけですから。
「まあいいです。まずはあなたの疑問に答えるとしましょう。
「一、私は何者なのか。
「先ほど申し上げたとおりです。私は龍爪紅。管理局という組織に所属しています。
「信用を得るため言っておきましょう、私の異能は彼岸花。ご覧いただいたように、彼岸花を咲かせるだけの能力です。成長速度や大きさは自由自在に操れます。その気になれば蟻ほどの彼岸花を一日かけて咲かせることも、人ほどの彼岸花を数秒で咲かせることもできます。
「二、管理局について。
「管理局は異能者が多く集まるここ異能都市の秩序、平和を守るために活動する組織です。イメージとしては警察より特殊部隊に近いかと。秘密裏に活動しているのでご存知なかったと思います。
「異能を使うとはいえ人は人。互いを磨くのではなく互いを傷つけるための戦闘をする者には、人の道を踏み外した者には然るべき措置が必要です。その措置の流れの一環として、管理局は人道を外れた異能者を捕らえる役目を負っています。
「三、あなたを襲った女について。
「彼女の名前は亜楽恋思(あらく れんし)。今年で二十歳になる大学生です。
「異能はアネモネ。パンチを強化するだけのシンプルな異能です。あの空気砲も彼女の異能です。私でもあなたでも、パンチすると少しだけ風圧が生じるでしょう? 正体はそれです。空気砲を生み出すほどパンチを強化した、それだけのシンプルな話です。
「記録によると、以前はあそこまで馬鹿げた威力を発揮する異能ではなかったようですが……。
「それと、これは本来一般人に明かしてはならない事項なのですが……事が事です、仕方ありません。
「彼女はクラレントの一員です。
「クラレントとは異能者最強の呼び声の高い天将帝(てんしょう みかど)をリーダーに据える、最近急に力をつけてきた組織です。最近彼らは無能探しに躍起になっていまして。あ、無能っていうのは異能を持たない方のことです。信じ難いかもしれませんがね。
「補足。私がクラレントについて知っているのは、管理局の今の任務がクラレントの解体だからです。人の命を奪おうという彼らは見過ごせませんから。
「以上で説明は終わりです。ご理解いただけましたか?」
・
そう言い終わると、龍爪紅と名乗る少女はふっと口元を緩めた。
龍爪が説明している間、赤い花畑の中で現は治療を受けていた。幸い、龍爪が医療キットを所持していたため出血等は止まった。
窮地を助けてくれたことと治療してくれたことに感謝を述べると、現はふう、と一息ついた。
「……概ね理解した。異能都市には管理局っていう治安維持組織があって、お前はそこの一員で、クラレントって過激組織から僕を守るために来た。そういうことだよな?」
「……? はい、前半はその通りですが……別にあなたを守るために来たわけじゃないですよ? 私達は無能、孤衣無現を守るために、」
現は若干気まずそうに自分の顔を指差す。
「いや、だから。僕がその孤衣無現なんだけど……」
「え」
瞬間、龍爪の表情が凍りつく。半笑いのまま止まった顔はなんとも間抜けだったが、現が再度、
「僕が孤衣無現です……」
と言うと、カタカタと音が聞こえそうなぐらいぎこちない動きで胸元から一枚の写真を取り出した。そして、見比べるように龍爪の視線が現と写真とを交互に移動した。
「大変失礼いたしました」
彼女が赤面して頭を下げるのにそう時間はかからなかった。
「いや、気にしないでくれ」
「本当にごめんなさい……」
「いいよ。別に気にしてない。それより、僕がさっき言った通りで合ってるんだよな?」
「はい。ご理解が早くて助かります」
笑みを浮かべて頷く龍爪。これなら早く次の話に進めそうだ、と思ったがまだ現には疑問があった。
「質問なんだが……えっと。お前、その瞳……カラコンとかじゃ、ないんだよな……」
「あら、疑ってらっしゃいますか? 先ほど実力はお見せしたはずですけれど」
つい、と指を動かす龍爪にあわせて現の目の前に緑色の芽が出た。それは一瞬で葉を生やし、次の瞬間には見事な紅い花を咲かせた。
「いや、実力を疑ってるわけじゃないんだが……」
言い淀む現を見て、龍爪は微笑んで深紅の瞳をそっと閉じた。
あれほど圧倒的な戦闘能力を見てまだ実力を疑うならそれはよほどの馬鹿か彼女すら弱く見えるほどの実力者だ。現はそのどちらでもない。
現はただ、現実を疑っているだけだ。
現在百万を超える異能都市の住民の中で、わずか数百人、色持ちと呼ばれる異能者がいる。色持ちとは、文字通り瞳に色を宿す者の別称だ。戦闘能力に限らず治癒能力、観察能力等他者よりも特に秀でた異能を持つ者の瞳にのみ色が宿る。色持ちはいわば、強者である証拠なのだ。
目の前の少女がそうだとは、現にはとても見えなかった。
いぶかしげな視線をよこす現に龍爪は何だと言うように首を傾げる。その仕草から受ける印象は大人の女性というより小さい子供が大人ぶっているという方が的確だ。
漆黒のワンピースが落ち着いた雰囲気を醸し出すが、そのワンピースも一般的なものよりも丈が短く、幼年児向けのように見える。スカートから伸びる白い足はやはり、触れれば折れそうなほど細い。
深紅の瞳にかかる長いまつ毛は、さも彼女が精巧な人形であるかのように見せる。瞳は大きくぱっちりと開いており、本人の(見た目以上に)しっかりした性格を抜くと快活で元気な印象が強くなることは間違いない。これでは少女というより……
「龍爪」
「はい? 何です?」
「お前歳はいくつだ? 十歳ぐらいにしか見えないんだが」
なっ! と目を大きく開く龍爪。
現の疑問も無理はない。戦闘時は現が横になっていたためわかりにくかったが、こうして座ってみると二人の体格差がよくわかる。龍爪の身長は、現の腹までしかなかった。
「わ、私が十歳!? あなた、潰されたいんですかっ!?」
顔を真っ赤にして指を動かす龍爪。まだ実行こそしていないが、その気になれば一瞬で現を潰せるほどの彼岸花を咲かせるだろう。
「ち、違う違う! 落ち着け!」
どうどう、と諫める現。
「外見だけだと、だ! 十歳でさっきの場慣れ感と実力はありえないと思ったから聞いてるんだ! 何もお前を馬鹿にしようと思ったわけじゃない」
「むぅ……なら、許して差し上げます」
「ふう……全く、最近の小学生は物騒だな」
「やっぱり潰されたいんですね?」
「悪かった! 冗談だ!」
「……ふんっ」
つん、と態度を冷たくする龍爪。
「確かに私はもしかしたら、見る人によっては、現時点では平均よりほんの少しだけ身長が低いかもしれません」
(どれだけ認めたくないんだこいつ)
「ですが近い将来、あなたを超える程大きくなる予定です。その時は覚えていなさいっ」
見栄を張ってそう言った龍爪だが、現の身長は男性平均よりもだいぶ高い。今の龍爪が越えようと思うと四十センチは成長しなければならない。
現は龍爪に無謀という言葉を教えることを決意したが、それより龍爪の後半の発言が気になっていた。これから大きくなる予定、ということはまだ第二次性徴を終えていないのだろうか。
「じゃあ、一四歳ぐらいか?」
その身長で第二次性徴の前だとジャストだと思った現だったが、龍爪は不快そうに顔を歪めた。身の危険を感じ警戒した現だが、龍爪はやがてため息をついて口を開いた。
「歳が低く見られることには慣れていますし、初回ですので不問にします。私は今年で一七ですよ」
まさか同い年だったとは。
現は身長の面でも驚いたが、それ以上にやはり戦闘能力で驚いた。色持ちの中には同世代も多数いるとは聞いていたが、まさか同い年でここまでの実力者に救われる日が来るとは思っていなかった。
「そうか、一七歳……流石にもう成長は無理じゃないか? 大丈夫、身長が低くても一部の人には需要がある、そこまで悲観的にならなくてもいいと思うぞ。ほら、いわゆるロリコンと呼ばれる人達には大人気なんじゃないか」
「……」
巨大な植物の茎が現の身体を縛り付ける。
「悪かった。本当に悪かった。二度とその類の発言はしないと約束する。だから彼岸花を解いてくれまだ骨が完全に治ってないんだ!」
現の骨が軋んだ音をあげ始めたあたりで龍爪は解放した。
・
「さて、説明が済んだところで本題に入らせていただきます」
一息ついたところで龍爪は話を切り出した。
「私と現さん、どちらにとってもなすべき事があります」
「あの女の打倒。亜楽恋思、だったか?」
ええ、と頷いて紅は廃墟に開いた風穴を覗き込む。
「管理局の情報では、現さんの捕縛は他のクラレントの任務だったはず……。つまり、亜楽恋思は命令を無視して勝手に行動していると推察します」
そして視線を戻し、
「それなりにダメージは負ったでしょうが、逆に言えばその程度。あと数分もしないうちに再び動き始めるでしょう。そこで現さん。あなたに一時共戦を申し入れたいのですが、構いませんか? 今の私一人では少々分が悪いので」
「あぁ、それは構わない。だがその前に二つ質問がある」
龍爪の説明を聞いた現は疑問を口にした。
「何故さっきトドメを刺さなかった?」
「私も最期までやりたかったんですけど……。先程申し上げましたように、ここの前にちょっと大きな寄り道をしまして。正直あれが限界で……」
見れば龍爪は額に大粒の汗を浮かべていた。黒いワンピースも雨の中帰ったかのように絞れるほど濡れていた。そのおかげで(現としては)さほど期待していなかったボディラインが浮かび上がる。
(……思ったよりあるな)
「? 何かおっしゃいました?」
「いいや、神は僕以外には平等に万人に手を差し伸べる。それを実感しただけだ」
「???」
頭に疑問符を浮かべる龍爪だが、現はそれを無視した。危険な橋は渡らないのが異能都市を生き抜くコツだ。
「中途半端に戦って仕留めそこなるより再戦してでも確実に仕留めたいってことだろ」
「ご理解いただき感謝します」
龍爪は柔らかい笑みを浮かべてぺこ、と頭を下げた。
「二つ目の質問だ。色持ちならともかく、亜楽は色無しだ。あの崩落の中で生きているとはとても思えないんだが」
「クラレントはなんらかの力を使って異能の力を底上げしています。確かに亜楽は色無しですが、『クラレントとしての亜楽』の実力は正直、色持ちに匹敵します」
異能都市における色持ちは絶対的捕食者に近い。その事実を覆すというのだからよほど特別な何かをしているのだろうが、異能を持たない現には関係のない話だった。
「加えて私の異能は生命を産み出すという能力上、体力の消費が激しいんです。ですので戦闘は一日にできて一、二戦なのですが」
ここまではきはきとしてきた彼女にしては珍しく言葉を濁した。
「……これも本当は隠匿しておくことなんですけど、実はここに来るまでに別のクラレントと一戦しておりまして。しかもそれがなかなかの手練れで……」
そのせいで本来の実力が出せない、と龍爪は言いたいのだろう。故に彼女は共戦を申し出たのだ。
龍爪をしてなかなかの手練れと言わせたその人物について興味を抱かずにはいられなかったが、それよりも今は身に迫る危機について考えなければならない。
……全力じゃなくてあれなら、全力ならどうなるんだと現は密かに冷や汗をかいた。
コツン、とその時革靴の小気味よい音が響いた。
「よう愚弟。正義の味方が助けに来てやったぜ」
「遅い」
「悪い悪い。だがよ、俺の代わりに随分と可愛らしいのが助けに来てくれたみたいじゃねえか」
どこからともなく現れた少年……孤衣無虚はニヤニヤ笑みを浮かべる。
急に現れた不審人物に警戒する龍爪だが、その姿形が目の前の少年と瓜二つなことを確認すると口を開いた。
「現さんの双子の兄、虚さんですね。弟さんの窮地に駆けつけた味方、と捉えてよろしいでしょうか」
「そうそう、その通り。可愛い可愛い弟が助けてくれ、なんて言ってきたもんでな。兄貴としちゃ助けに来ないわけにはいかねえよ」
よっこいせ、と虚は近くの瓦礫に腰を下ろした。
「んで、来てみたら床が抜けてるわそこら中花が咲いてるわで驚いたぜ。……悪いとは思ったけど、お前らの会話も盗み聞かせてもらった。俺も亜楽ってやつを倒すのに協力してやるよ」
「……盗み聞きは感心しませんが。まあいいです。味方は多い方がいいですし」
そうは言った龍爪だが未だに虚には警戒していた。それどころかむしろ警戒心は強まっていた。
先述の通り、龍爪は異能者の中でもトップクラスの実力者である。その彼女が、油断していたとはいえ、会話が聞こえる距離まで接近した不審者に気付かないなんてことがあるだろうか。虚の異能が五感過敏や姿を消すものならまだ納得できただろうが……
「……孤衣無虚。異能のゼラニウム身体の一部を色んな物に変質できるんでしたっけ」
確認するように問う龍爪に虚は笑みを返した。
「おう、正解正解大正解。よく知ってんな、管理局ってのはそんなとこまで調べられんのかよ」
虚は軽口を叩きながら自身の腕を大振りの鎌に変えて見せる。
虚の異能は自身の身体限定でなんにでも変質させることができる。それは例えば腕を純金にすることもできるし、大砲にすることもできる。もっとも撃ち出す弾も自身の身体を変質させてつくるため、戦闘に使える飛び道具は小型銃程度だが。
「では、虚さんも組み込んで作戦を考えるとしましょう。……と、その前に」
そう言って龍爪はワンピースのどこから取り出したのか、黒い艶を見せる一丁の銃を現に渡した。
「……これは?」
「局員に支給されるものの一つです。実弾には対応していません。弾の種類によりますが、当たった時の衝撃で相手の骨を折ったり、気絶させるほどの威力をもつものもあります」
彼女に効くかどうかわかりませんが、と付け加えて龍爪は銃を現に預けて使い方を説明した。自分の身は自分で守れ、とでもいうように。
異能を持たない現にとって、武器を持つのは初めての経験だった。ずしり、と自分の手に乗ったそれは、人を傷つけるためのものだ。
自分を守るためとはいえ、人を傷つける。そんな覚悟を果たして自分は持っているのだろうか。
「現」
自分を呼ぶ声に顔を上げた現は、声の主である虚と目があった。常時ニヤついている彼にしては珍しく、真剣な表情で弟を見つめていた。
「それは人を傷つけるためのものじゃねえ。お前を守るためのもんだ。そこんとこ、よく覚えとけよ」
「……わかってるよ、その程度」
「あっそ。ならいいけどよ」
ふてくされたように顔を背けた現だったが、その顔は少し安心したようにも見えた。
「んっんん」
わざとらしく咳をして、龍爪は二人の意識を自身に向けた。
「作戦、どうします? 正直、私はあまり有効な考えがないんですけれど」
龍爪はその強力な異能でゴリ押しが可能であり、そしてそれが有効だったため作戦を考えるのに慣れていなかった。虚も同様に頷き、
「そうだなぁ、俺もそういうのはよくわかんねぇ。でも、異能がねぇから頭ばっかり使って生きてきた奴がここにいんだろ?」
二人の視線が一人の無能に集まった。
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