第557話 王宮前でバッティング

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そのまま距離を置いて、ハイエッタ侯爵家の馬車を注視していると、いかにも『私は高位貴族よ』と全身で語っているような贅を凝らしたドレスに身を包んだご婦人が、御者が用意したタラップを優雅な足取りで下りてくるのが見えた。年の頃から推測するに、あの方は多分ハイエッタ侯爵夫人だろう。


次いで、これまたご婦人に負けず劣らずといった、豪奢なドレスを身に纏った銀髪のご令嬢が下りてくる。一回だけしか見た事がないので記憶があいまいだけど、多分間違いなく、あのご令嬢がいつぞやの海の白レディー……フルビア侯爵令嬢なのだろう。


彼女らは自分達の後方に専属従者達を従え、王宮へと足を踏み入れようとしたところを、見張りに立っていた騎士様方によって止められ、それに対して怒りの声を上げているようだ。……ただ、その内容自体は流石に距離がある為、こちらの方まで聞こえてこない。


「……どうやらあの親子、王宮への先触れも無しにやって来たようだな。……えーっと……」


『無礼者!いいこと!?わたくしの名はデラニー・ハイエッタ。由緒正しきハイエッタ侯爵家の夫人よ!』


「わっ!?」


いきなり、女性の金切り声がクリアに耳に届いてビックリする。あ、ひょっとしてリアム、風魔法を使った!?って事はこの声、あのご婦人の声なのか。


『そしてわたくしは、ハイエッタ侯爵家の娘であり、スワルチ王国の第二王子の婚約者なの!たかが警備騎士風情が、他国の王族に連なる者を通さないなんて、なに様のつもり!?』


うわっ!こちらも先程のご婦人に負け劣らぬ金切り声!……って、やっぱりあの人、ハイエッタ侯爵令嬢だった。


「……は!?王族に連なる者!?」


「マジか!?」


セドリックとクライヴ兄様は、いきなり大音量で聞こえてきた彼女達の金切り声より、彼女達の言っている内容にビックリしているようだ。そしてリアムの方はというとマテオ共々、まさに苦虫を噛み潰したような、物凄く渋い表情を浮かべている。


「……ハイエッタ侯爵夫人……。まさかとは思うが、娘が第二王子と婚約しただけで、自分までもが王族になったと勘違いしているのか?」


リアムはそう呟いた後、突然貴族の婦人や令嬢に『自分は王族だ』発言をされ、どう対応していいのか分からず戸惑っている騎士様方に目をやり、深く溜息をついた。


「仕方がない。相手は腐っても上位貴族の婦人とご令嬢だ。あいつらには荷が重いだろう。……マテオ」


「は!」


マテオが馬車の壁をコンコンと軽く叩く。するとごく僅かな振動を感じた。多分御者がタラップを設置したのだろう。


「エレノア、お前が来ると更に手が付けられなくなるだろうから、騒動が収まるまではここにいてくれ」


「うん、分かった!」


「クライヴ・オルセン。そしてセドリック。不測の事態が起こるとは思わんが……エレノアを頼んだぞ」


「「御意」」


王族の威厳を纏ったリアムに対し、臣下の礼を執った兄様とセドリック。そんな彼等に軽く頷き、立ち上がりざま私の頬に軽くキスをすると、リアムはマテオと共に馬車を下りていった。


そして、リアムのキスに真っ赤になっていた私に、「上書き」とばかりに顔中にキスをしまくるクライヴ兄様とセドリック。……ち、ちょっと待ってください!!今外ではまさにリアムが肉食系女子ハンター達に戦いを挑まんと向かっていっている最中なんですよ!?アルバ男の嫉妬心、今は封印の方向でお願いします!!


『王宮前でなにを騒いでいる!?』


あれ?リアムがいなくなったのに、なんでかまだ声が聞こえてくる。ひょっとして、リアムが風魔法継続してくれているのかな?


クライヴ兄様とセドリックの猛攻を掻い潜り、馬車の窓から外を見て見ると、まず騎士達がリアムの姿を目にした途端、その場で深々と礼を執った。

そんな騎士達を見て、振り返ったハイエッタ侯爵夫人と令嬢が驚いたような表情を浮かべた。


『ハイエッタ侯爵夫人。王宮の前でなんの騒ぎだ!?』


『――ッ!ま、まあ!リアム殿下!?ご機嫌麗しゅう』


慌てて夫人と令嬢が最上の者……王族に対するカーテシーを行なうと、リアムが即、二人に顔を上げるようにと言い放つ。


『それで?先程も言ったが、貴方がたは一体、王宮の前で何を騒いでいたのだ』


するとハイエッタ侯爵夫人が、我が意を得たりといった様子で満面の笑みを浮かべた。


『その事ですが、わたくし達、大切なお話を国王陛下に奏上する前に、まずは宰相様にお会いすべく、こうして登城致しましたの。なのにこれらの騎士達が大層無礼で、「そのような話は承っていない」と、わたくし達を王宮に通そうとしませんのよ!?』


……いや、無礼もなにも、そもそも王宮の大臣クラスに会う時は事前連絡をしなければ、誰であろうと騎士様方に止められるのは当然ですよね?

というか、ただでさえお忙しいワイアット宰相様に、アポなしで会おうとするなんて、『私、命は要りません!』って言っているようなもんですよ!?私が騎士様の立場だったとしても、貴女達の身の安全の為に全力で止めてます!


『全くもって腹立たしい!!……ですがこうして、リアム殿下とお会い出来ました。これも女神様のお導きで御座いましょう。どうかこの騎士達に厳罰を与えたうえで、宰相様にお取次ぎ願えませんでしょうか?』


いやいやいや、そこで女神様の名前使うのアウトです!私利私欲からの神頼みはバチ当たりという言葉がありましてですね。しかも、王家直系であるリアムを使い走りに使おうって、正気ですか!?ほらー!!マテオから暗黒オーラが噴き上がってる!!


『……は?なんで俺がわざわざ、そなたらに便宜を図ってやらねばならないんだ?』


『え?だって、わたくし達とリアム殿下は共に王族ではありませんか。そのよしみとして、是非!』


「……マジか……!?本気で言いやがったぞ、あの女!」


「ええ。てっきり、騎士達に言う事を聞かせる為の方便かと思いましたが、まさか本気だったとは……!」


いつのまにやら、クライヴ兄様とセドリックも私同様、固唾を飲んで事の成り行きを注視していたのだが、その二人が共に絶句した後、思わずといったように話し出す。見れば兄様達同様、リアム達や騎士様方も固まっていた。


『そなたらが俺と同じ王族……?一体、なんの話をしているんだ?まさかとは思うが、そこの娘がスワルチ王国の第二王子と婚約したから、共に王族になったとでも思っているのか?』


『え?当然でしょう?だってわたくし、王子妃になりますのよ?』


ハイエッタ侯爵令嬢が、不思議そうに小首を傾げている。


そんな彼女を見た後、リアムが眉間を指で揉み解した。あっ!なにか言おうと前に出ようとしたマテオをすかさず手で制した。流石はリアム、凄い反射神経だ!


『……百歩譲って、いずれは王子妃になるとしても、王族となるのは婚姻し、正式に王族の籍に入った後だ。現状、そなたは「王族と婚約している侯爵令嬢」で、夫人の方は「王族と婚約している侯爵令嬢の母」だ。王族でもなんでもない』


そんなリアムの言葉を受け、『え?そ、そんな……』『でも、結局王族になるのだから、同じ事では!?』と、ハイエッタ親子が口々に言っているのを、クライヴ兄様とセドリックがリアム同様、「頭痛い」とばかりに指で眉間を揉み解している。


これ、普通だったらブチ切れ案件なんだろうけど、『女性は愛し守り尊ぼう』を国是に掲げる国の王族として、リアムも怒鳴りつける事が出来ずにいるようだ。


……いや。これがもしリアムじゃなくディーさんだったら「お前ら、真面目に頭おかしいんじゃねぇのか?」って言いそうだし、フィン様に至っては「君達、頭に虫でも湧いた?」とか言いそう!というか、もし同じ事を男性が言ったとしたら、不敬罪としてしょっ引かれているに違いない。

なんせ、王家直系に向かって『貴方と同じ王族なんだから、私達の為に動いてよ』って言っているんだからね。


「リアム……。可哀想……!」


「うん。凄く同情しちゃうよね……」


心の底からリアムに同情している私の言葉に、セドリックが同意とばかりに深く頷いた。


「大丈夫だ、エレノア。事が事だけに、既にワイアット宰相の元に話がいっているだろうから、そろそろ事態を収拾する為に誰か来るだろ」


「誰かって……。宰相様は来られないのですか?」


「このクソ忙しい時に、あんなヤバいのの相手なんてしていられねぇだろうからな。多分、下っ端の新人あたりに対応させるんじゃねぇのか?」


「そ、それは……。新人さんには荷が重いのではないでしょうか!?」


『リアム殿下。ご対応感謝いたします。これよりは私にお任せください』


タイミングバッチリに、何故か非常に聞き慣れた声が馬車内に響き渡った。


「……あ……あれは……!?」


「オリヴァー兄上!!?」


「オリヴァー兄様!?」


クライヴ兄様とセドリックが、クワッと目を見開き、私も衝撃のあまり固まる。


カラスの濡れ羽色もかくやとばかりに、陽の光を受け、艶やかに煌めく黒髪。黒曜石のような瞳。均整の取れたしなやかな身体。そして、誰もが絶世と褒め称える麗しき美貌。


……そう。騎士様方の間をすり抜け、その場に現れたのは、優雅な微笑を湛え、ついでに暗黒オーラをこれでもかと背負った、私の筆頭婚約者様その人であった。



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これぞ、女神様のお導き……とばかりに、オリヴァー兄様登場です!

そしてハイエッタ夫人…間違いなく、おひねりマダム出身だった気がしますw



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