第505話 海底神殿に向けて

奥方様とベネディクト君、それと私とで海底神殿に向かう事が決定した。


けれどまず最初の問題は、私達がどうやって海底神殿に続く『扉』に向かうかである。


「エレノア、俺がお前とヴァンドーム公爵夫人、それにヴァンドーム公爵令息を包む結界を張る!……だが、結界を修復出来る者はいない。だから、おまえ達はこの結界から出た後、全力でその『扉』に向かえ!!」


リアムがそう言い放った直後、『風』の結界が、私達を包み込むように展開する。


「エレノア嬢。あの男の足止めは、この私が行う」


「ヴァンドーム公爵様!?」


「エレノア嬢。この国にとって……いや、我がヴァンドーム公爵家にとっての大恩人である君を危険に巻き込んでしまった。当主として、心よりの謝罪をさせて頂く。不甲斐ない私を、どうか許して欲しい」


そう言うと、公爵様は私に対し、深々と貴族の礼を執った。


「『水』属性はあの男の『風』属性とは相性が悪く、致命傷を与えられない。だがその代わりに、君達にダメージを与える事無く、あの男の邪魔をする事が出来るからな」


確かに、オリヴァー兄様の粉塵爆発は危険過ぎるし、同じ『水』属性であるクライヴ兄様は、どちらかといえば派生属性である『氷』属性に比重が偏っている。なので、公爵様の魔力との融和性が低く、下手をすれば私達にも攻撃が及んでしまう。


けれど公爵様の息子であり、同じ『水』属性のベネディクト君がいれば、公爵様の攻撃は私達を害する事なく、マロウ先生のみを足止めする事が出来る……という訳なのか。


「そうだわ、エレノアちゃん!一応大丈夫だと思うけど、私達にかけられた結界内にも、貴女の花を咲かせた方が良いわ!」


「はっ、はいっ!!」


そうだ!大精霊の奥方様はともかく、ベネディクト君は大精霊の血を最も濃く継いではいても、クオーターなだけに、人間の要素の方が強い。万が一、『反転』が適用される恐れがあるのなら、少しでも攻撃を防げる私の咲かせた雑草……いやいや、野花があった方が安心だろう。


私は早速、「えっと!どっちでもいいから、二人を護る為に咲いて!!」と祈った。


すると、「ポポポポン!」といった、ポップな軽快音と共に、奥方様の甲羅と、ベネディクト君の髪の毛にタンポポとぺんぺん草が咲き誇った。……というか、ベネディクト君の頭のアレ、明らかにお花の冠風になっている……のだが?しかも奥方様の頭のてっぺんにも、小さな可愛いタンポポがちょこんと咲いているんだけど?


「「「「「「「!!!?」」」」」」」


一瞬後、私達三人(二人と一匹?)を除外した、その場の全員が一斉に口元に手を当て、吹き出すのを堪える仕草をする。


笑い上戸のリアムなど、秒で視線をマロウ先生に戻した。だが、その肩がブルブルと震えている。どうやら見てはならないものを見てしまったようだ。

笑い伏さずに済んだのは、ひとえにこの場の緊迫感ゆえであろう。ウィルは……倒れ伏してはいないけど、しゃがみ込んで震えている。……うん。ま、まあ、セーフ……かな?


「……エレノア嬢……」


ベネディクト君が、胡乱な眼差しを私に向ける。どうやら周囲の反応と、甲羅と頭にお花を生やした奥方様の現状を見て、今の自分の状況が笑えるものであると察したようだ。


そして恐る恐る頭に手をやり、今の自分の状態を理解し、顔を真っ赤にさせて震え出す。私は慌ててペコペコ謝った。


「ご、御免なさい!あのっ!これから動き回るし、直接咲かせちゃった方がいいかと、チラッと思ってしまったのを……あのっ、ぺんぺんとタンポポが察しちゃったのかもしれません!!」


「そこでなんで直接咲かせるって考えに至るんですか!?しかも、カメ……いえ、母上ならともかく、なんで俺まで頭に!?せめて、胸ポケットかクラバットに咲かせるとか!!」


た、確かに!至極ごもっともなご指摘で御座います!!


「で、でも可愛いですよ!?」


「全然嬉しくありませんっ!!」


「御免なさいっ!!」


「「「「「ぶはっ!!」」」」


真っ赤になって私に詰め寄るベネディクト君、声を上げて噴き出した兄様達やヴァンドーム公爵家の方々、遂に膝から崩れ落ちたリアム、そしてやっぱり倒れ伏したウィル……と、現場はカオスに包まれた。


「ベネディクト殿!!そのような瑣末な事で目くじらを立てている状況ではないでしょう!?そもそも、エレノアと関わるという事は、こうして常に心に傷を負う危険性を孕んでいるのです!早い段階で理解出来て良かったと、割り切る強さがなくてどうするんですか!?」


一瞬で立ち直り、ベネディクト君に喝を入れるオリヴァー兄様。クライヴ兄様やセドリック達がまだ苦しそうなのに対し、流石の立ち直りの速さです!!


でも何気に私を貶めてますよね!?そしてベネディクト君、ハッとしながら、「た、確かにその通りだ!」って納得したような顔しない!!泣くよ!?


「ベティ!クロス伯爵令息の言う通りよ!さあ、早く海底神殿に向かいましょう!!」


頭にタンポポを生やした奥方様にも喝を入れられ、ベネディクト君は慌てて頷いた。


「――ッ!は、はいっ!エレノア嬢、申し訳ありませんでした!!」


「いえ、私の方こそ、本当に申し訳ありません!!」


互いに謝り合いながら、私達はヴァンドーム公爵様が放った『水』の攻撃魔法にタイミングを合わせ、結界の外へと飛び出した。





◇◇◇◇





『――ッ!』


事前に結界の外側を『水』の魔力で覆って貰っていたため、公爵様の放った『水』の刃が乱舞するも、それらは私達の結界をスルリとすり抜けていく。


だが攻撃は当たらずとも、私達の姿をマロウ先生から隠すように放たれ続ける『水』の魔力と、それを払うかのように崩し弾く『風』の魔力のぶつかり合いによる弊害で、進行方向が上手く掴めない。


おかげで、一息に走り抜けるつもりが中々先へと進む事が出来ず、遂には先導するベネディクト君の姿を見失ってしまう。


「エレノア嬢!?」


ベネディクト君の慌てた声が微かに聞こえる。どうやら私達を包む結界、リアムの気遣いなのか、ある程度は伸縮自在なようだ。


確かに、狭い空間で身を寄せ合っていたら、緊急事態に陥った時に上手く動く事が出来ないかもだけど、こういった場合は良し悪しだね。


更に間の悪い事に、そのタイミングでマロウ先生が突風を巻き起こした。


『――ッ!?』


水の刃を吹き飛ばしたそのタイミングで、マロウ先生の視線が私の視線と交差する。


恐怖のあまり、思わず身体が竦む。


そんな私を見たマロウ先生の顔には、何故か殺意ではなく微笑が浮かんでいる。


『え……?』


場違いな笑顔に怯んだ次の瞬間、マロウ先生の目が見開かれた。……と思ったら、マロウ先生の姿が一瞬で消える。


「エレノアちゃん!!」


奥方様の鋭い声と共に、目の前にマロウ先生が現れた。


「あ……」


まるでスローモーションを見ているかのように、目の前の光景がゆっくりと見える。


完全に固まり、呆然自失状態となった私に向かい、先生は自身の刀を振りかざした。



=====================



可愛く咲き誇った(つもりの)ぺんぺんとタンポポ、微妙にエレノアの感覚とリンクしているようです。

そして、早々にピンチが……!?

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