第503話 尊き存在の為に

ああ、全身が燃えるように痛い……気がする。


いや、突如巻き起こった爆風により、実際あちらこちらが焼けただれているようだ。……まったくオリヴァーの奴、まさか粉塵爆発を僕に食らわせるとは……。


いや、その前に食らった氷の粒による無数の斬撃も地味に効いた。クライヴの奴、わざわざアレを針状に凍らせやがったからな。


魔法攻撃でなかったおかげで油断した結果、服も皮膚も、かなりズタズタにされてしまった。


ふふ……。それにしてもまさか、僕の攻撃魔法やスキルに正攻法では対抗出来ないからって、原始の手段を選ぶとは……。流石はこの僕が見出した、将来王家直系を傍らで支え、守護する『有望株』。


これが普通の『有望株』であるのなら、己への不甲斐なさで少なからず意気消沈するか、焦って闇雲に攻撃を仕掛け、魔力を無駄に消耗していたに違いない。

事実、マテオは僕と同属性であるがゆえに、結界を修復する合い間に、その亀裂から攻撃魔法を放ち続け、疲労困憊に陥ってしまっている。


まあでもここは、流石はあのヒューバード総帥の弟であり、三大公爵家筆頭、ワイアット公爵家の跡取り……と、褒め称えるべきところかもしれない。


相手もまさか、破損した結界を直すついでに攻撃魔法を食らうなんて思わないからな。実際僕でなかったら、確実にダメージを与えられていただろう。


ワイアット公爵家現当主である彼のお父上、マシェル様は病弱で、王家の『影』として前線に立つ事は叶わない。

だが、そのずば抜けた観察眼と知略、そして情け容赦ない謀略により、現総帥であるヒューバード様の双翼として名を馳せる、もう一人の『影』の総帥だ。


マテオは未熟ながら、そのお二人の稀有な才能を引き継いだ、次代の『影』の総帥候補だ。オリヴァー達と同じく、僕が『有望株』と呼ぶ日もそう遠くはないだろう。


にしてもリアム殿下。本当に魔力操作が上達された。


この僕が全力で展開した攻撃のほぼ全てを跳ね返す程の結界を張り、未だに維持されているとは……。


魔力は量が多いだけでは、なんの使い物にもならない。


リアム殿下は王家直系らしく、お年に見合わぬ魔力量を持て余しておられ、中々魔力操作が安定されなかった。


だが、『自分が見つけた好きな子にいい恰好を見せたい』という、いかにもアルバ男らしい動機により、メキメキと魔力操作が上達された。


やはり『愛しい女性』とは、アルバの男のやる気の源だ。特に王家直系はアルバ男の頂点ゆえに、その気質が顕著だからな。


加えて自分以外の婚約者達が、身内を含めて化け物レベル揃いというのも、この末っ子殿下の負けん気を煽るんだろう。特に古参の婚約者約二名がアレだし。そりゃあ成長しなけりゃ、恋敵に歯牙にもかけてもらえないよな。


『……そういや、クライヴとオリヴァー……。僕に無詠唱でズタボロにさせられ続けていた下級生の時、よっぽど悔しかったのか、僕の攻撃魔法を逆に利用する戦法をアレコレと編み出していたな』


「尻の青い小僧どもの無駄なあがき」と、正直小馬鹿にしていたけど、今みたいに魔力を極力使わないあの戦法で地味にダメージを食らった事があったっけ。


「流石は天災級の猛者を父に持つ英傑候補達だ!」と、嬉しくなってしまい、ついうっかり瀕死になるまで情け容赦なく攻撃魔法をぶち込んだら、王立学院が両人の父親達と、ついでにバッシュ公爵家からの猛抗議を受ける羽目となり、それを学院長経由で愚痴られたヒューバード総帥に半殺しの目に遭わされたっけか。懐かしい。


『さて……。この現状をどうするか……』


『風』の魔力で作った結界の中にいるので、これ以上爆炎や氷塊による斬撃に巻き込まれる事はない。


だが、『風』は『火』と相性が悪い。……いや、相性が良過ぎるというか、共闘すれば互いの力を倍増しに出来るのだが、敵対すれば、相手の攻撃力を悪戯に上げてしまう。


そんな事をつらつらと考えていたら、グラリ……と、一瞬立ち眩みのような症状に襲われ、うっかり認識阻害認識阻害が剥がれ落ちてしまった。


そして、まるでそのタイミングを見計らったかのように、アルロ・ヴァンドームが放ったであろう『水』の魔力が、燃え盛る炎を一瞬で鎮火したのだ。


「今度は水蒸気爆発でも誘発させる気か?」と思ったが、流石にそれをやったら、この館が半壊するだろう事は想像に難くない。

それは、アルロ・ヴァンドームも想像したようで、ただ鎮火するだけに留めたようだ。


うん、ここら辺は流石の常識人な判断だな。クライヴはともかく、もしこれがオリヴァーであったとしたら、ためらう事無くとどめとばかりに水蒸気爆発を起こしていたに違いないからな。


なにせ僕は、彼の命よりも大切なお姫様の命を刈り取ろうとした大罪人だからね。


もしここに奴の大切な大切な彼女・・がいなければ、そもそも粉塵爆発を起こす時に威力を加減・・・・・などしなかっただろう。


あいつも冷酷なようで大概甘い。まあ、その甘さのおかげで僕も助かったんだが……。


――僕は今、ここで簡単に死ぬわけにはいかないんだ。


だって、この世のなにより大切で尊いあの子・・・を守る為に、僕は攻撃し続けなくてはならないのだから……。







ヴァンドーム公爵様の『水』の魔力により鎮静化した周囲は、水蒸気で真っ白に染まってしまっていた。


それが段々と晴れてくると、一人の青年の姿を目視する事が出来るようになった。


「……ようやく、姿を現したか……」


オリヴァー兄様の呟きに、その青年……マロウ先生の姿を目にした私は、思わず口元を両手で覆ってしまった。


『マロウ先生……!!』


『影』の纏う黒いローブはズタズタに裂け、剥き出しになった皮膚のあちこちに、酷い裂傷と……火傷を負っている。


元々の端正な顔にもケロイド状の火傷を負ってしまっているその姿は、痛ましいの一言に尽きた。


でもそんな状況でも、マロウ先生はいつもと同じく飄々とした様子で静かに立ち、感情のこもらぬ瞳で私達を……いや、『私』を見ている。


「……ウェリントン侯爵令嬢と、あの娘の専従執事がいない……?」


「帝国の『魔眼』で気配を消しているのか?だが、マロウがあれだけのダメージを食らっているのに、姿を現さないなんて事……」


兄様達やヴァンドーム公爵家の方々がそう口々に言い合いながら、マロウ先生の周囲を鋭い眼差しで探っている。が、キーラ様とあの黒髪の青年の姿も気配も全く感じられないようで、皆が一様に戸惑っている。


そして飄々としているマロウ先生だが、先の攻撃により、『認識阻害インビジブル』が使えない程ダメージを受けている。


出来れば早く治療をしてあげたいんだけれど……。でも先生がこちらに向けて放つ殺気は未だ健在。


対してこちら側も、マロウ先生が弱っている隙に乗じて昏倒させたくても、その為にはこの結界を出る必要がある。

でも結界を出てしまうと、『反転』させられるリスクがあるから、その諸悪の根源たるキーラ様の存在を確認出来ない限り、この結界から出る事が出来ない。


マロウ先生と私達……。結界を挟んで向かい合いながら、互いに攻撃の決め手に欠けた硬直状態のまま、ただ無言で睨み合う。


「……エレノアちゃん。あのね、私に考えがあるんだけれど……」


そんな中、奥方様がおもむろに口を開いた。



=====================



遂にマロウ先生が姿を現しました!……というか先生、もしや貴方……。


そして兄様方、やけにマロウ先生を敵視していましたが、瀕死の重傷負わされ続けていればそうなりますよねw

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