第502話 黄色い悪魔の有効活用法

『……ん!?あれは……』


透明な結界の外に、なんとなく違和感というか小さな存在感を感じ、目を凝らしてみる。するとそこには何故か、黄色い悪魔こと、タンポポが一輪咲いていたのである。


「エレノア、どうしたんだ?」


私の動揺に気が付き、声をかけてきたオリヴァー兄様の顔を、困惑しながら見上げる。


「オリヴァー兄様、あれ……」


オリヴァー兄様に、タンポポを指し示すと、兄様は目を大きく見開いた。


「なんという事だ!タンポポが一つだけ咲いている!!」


兄様の声に、その場の全員が一斉に反応した。そしてタンポポを確認すると、一様に驚きの表情を浮かべる。


「そうなんです!私はぺんぺ……いえ、ナズナだけを咲かせようとしたんですが、うっかり間違って咲かせてしまったようです」


実は私、聖女修行の成果か、ぺんぺんだけは、祈ったり願ったりと意識して(意識しなくても)咲かせる事が出来るのである。


逆にタンポポはというと、意識すれば咲かせる事が出来るが、イメージしなくても咲かせる事が出来るぺんぺんと違い、しっかりイメージしないと咲かせる事が出来ない(庭師の天敵を意識して咲かせるつもりはないんだけど)。

だからこうして稀に、ぺんぺんに混じってタンポポが生えてきたりする時も、ぺんぺんが八割として、せいぜい一割か二割程度しか咲かせる事が出来ないのだ。


しかもぺんぺんは、踏まれようが摘まれようが食べられようが、ほぼなすがままなのに対し、タンポポは危険を察知すると、一斉に綿毛となって飛び去ってしまうのだ。


しかもそれだけではなく、たとえば花エレノアの髪飾り的場所に咲いたり、『樹人トレント』のモミちゃんに寄生したりと、自分が駆逐されたり食べられたりしないように立ち回っている。


そもそも雑草……いや、野花に擬態しているけれど、ぺんぺんもタンポポも、私が生み出した魔力の塊なんだよね。


なのに私が「タンポポコーヒー作ろうかなー」って考えただけで、一斉に綿毛となって飛び去ってしまうのだ。もはや自我が芽生えているとしか思えない。非常に小賢しいあんちくしょうなのである。


おかげで今現在、咲いたらすぐに誰かしらに食べられてしまうぺんぺんと違い、タンポポはバッシュ公爵家の庭師達の共通の天敵となってしまっていて、日夜静かなる戦いが繰り広げられている……らしい。


『あー、なんて思っていたら、やっぱり!』


見れば、結界の外に咲いているタンポポ、危険極まりない状況下である事をちゃんと理解しているようで、しっかり綿毛になってしまっている。


今から逃げる気満々といったその様子に、「なんだかな……」と半目になってしまいそうになるが、今飛び立っても無事に逃げられるかどうか分からないからなのか、それとも歪んだ魔力で汚染されてしい、飛び立つ力がないのか、そのまままの状態でジッとしている。


「……でも、あんな状況で、一輪だけとはいえ咲けているって事は、ぺんぺん草よりもタンポポの方が力が上なのかもしれないね」


オリヴァー兄様のお言葉に、私は同意とばかりに力いっぱい頷いた。


ええ、そうでしょうとも。なんと言っても逃げ足が速いし……って、ん!?だとしたらひょっとして、ぺんぺんでは駄目でも、タンポポを沢山咲かせたら、マロウ先生を正気に戻す事が出来るかもしれない!


そう思った次の瞬間、私は再び両手を組み、「タンポポ、咲いて!」と必死に祈った。


すると、ポンポンポン!と、更に五輪のタンポポが咲いた……が、それ以上咲いてはくれず、五輪ともが一瞬で綿毛となった。そしてやはり、そのまま飛び立たずにジッとしている。


ちなみに、マロウ先生の攻撃は未だ継続中。くっ!やはり駄目なのか……!?


「エレノア嬢、アレらも君が?」


公爵様が戸惑うようにタンポポを見た後、私に視線を移す。


「は、はい。ペ……いえ、ナズナと違って、タンポポは咲かせる事が出来るみたいですので、ひょっとして沢山咲かせる事が出来れば、マロウ先生を助けられるんじゃないかと……。でもどうやら力不足みたいで、あれ以上は咲かせられないみたいです」


公爵様に説明している間、悔しさが湧き上がってくる。


――ああ……。なんで私、もっとしっかり修行してこなかったんだろう……!!


バッシュ公爵家や王家の庭が、全てぺんぺんやタンポポになってしまったら……って恐怖で、全力を出さなかったから。……いや、そんなの言い訳だよね。


「エレノア、僕が力を貸す事は出来ないかな?」


「セドリック?」


「君の『大地』の魔力属性は、元々『土』属性の亜種とも言えるものだ。だから僕の力を君に譲渡すれば、もっと沢山のタンポポを咲かせる事が出来る筈だ!」


私の肩に手を置き、真剣な表情で見つめてくるセドリック。確かにそれならば、もっと沢山のタンポポを咲かせる事が出来るかもしれない。


「うん!セド……んっ!?」


「お願いできる?」と言う間もなく、セドリックが私に口づける。途端、兄様方……ではなく、アーウィン様方から魔力が噴き上がった(尤も、すぐ沈静化したけど)。

私も顔からボフンと火を噴き、真っ赤になってしまったが、「それどころじゃない!」と、必死に気持ちを建て替える。


魔力譲渡を行うには、より深く接触する必要がある。勿論、手を握ったり身体を密着させるのも効果的なんだけど、やはり一番手っ取り早く確実なのは、こうして体内に直接魔力を送り込む事だ。

初めてダンジョンに行った時、魔力切れを起こして死にかけたけど、こうしてセドリックが口移しで魔力を譲渡してくれた結果、私は一命を取り留めたのだから。


私は邪念や恥ずかしい気持ちを抑え、瞼をゆっくり閉じると、注がれるセドリックの魔力に集中する。


セドリックの魔力はいつも温かく、優しさに満ちていて、同じ属性という事を差し引いても、とても私の魔力と相性が良いのが分かる。


――お願い、満開に咲いて……!!


混じり合う魔力が私の中で『力』となっていくのを感じながら、私は一心に祈った。


途端、ブワッと体内の魔力が奔流となって周囲に解き放たれたような感覚に襲われる。

それが徐々に収まっていくのを感じながら、ゆっくりと瞼を開くと……。結界の周囲をグルリと取り囲むように、黄色い花畑が広がっていた。


兄様方もリアムも、ヴァンドーム公爵家の方々も、その光景に目を大きく見開いている。


「エレノア、成功したね!」


「う、うん!セドリック、有難う!!」


……しかしながら、黄色いお花は示し合わせていたかのように、次々と綿毛になっていく。……本当にぶれないな、あんたら!!


「攻撃が……」


リアムの呟きで気が付いたけど、あの降り注ぐような猛攻がピタリと止んでいる。……ひ、ひょっとして、タンポポ効果でマロウ先生が正気に戻った!?


……と期待したものの、すぐに攻撃が再開されてしまい、ガックリと肩を落とす。やっぱり駄目だったのか……。


「……あれ……?」


でも、私の気の所為かもしれないけど……心なし攻撃が緩くなったような気が……?


すると、何やら小声で話し合っていたオリヴァー兄様とクライヴ兄様が、私の方を向いた。


「エレノア、お前の力で、あの綿毛を一斉に飛ばせるか?」


「え?」


クライヴ兄様の言葉に、思わずキョトンとしてしまう。そんな私に、オリヴァー兄様がニッコリと笑顔を浮かべた。


「大丈夫だよエレノア。ちょっとはマシになったのかもしれないけど、まだあの男、正気になっていないようだから、もう少し踏み込んだ実験をしてみようかって、クライヴと話し合っていたんだ」


オリヴァー兄様が、場違いなんてもんじゃないくらいの麗しい微笑を浮かべる。


「な、なにをするおつもり……なんでしょうか?」


思わずゴクリ……と、喉が鳴った。


「うん、だからちょっと実験を……ね。大丈夫、あの男がたとえ君を殺し掛けた大罪人であったとしても、君にとっても僕達兄弟にとっても、一応恩師だから……。まあ、積極的に殺そうとは思わないから安心しておくれ」


に、兄様!?それって、消極的には殺そうとしてるって事ですか!?しかもなんか、めっちゃ笑顔が黒い気がするんですけど!?


「……クロス伯爵令息。どうするつもりだ?先程までのエレノア嬢の力と同様、君達の魔力も結界の外では、思うように使えないのだろう?」


アーウィン様の言葉に、オリヴァー兄様が静かに口を開いた。


「ええ、残念ながらその通りです。……ならば、エレノアの力と僕たちの力を乗算させてみれば……と考えたのですよ」


「乗算する……?」


「エレノア、クライヴの言う通りに出来るかい?」


「は、はいっ!」


私は訳が分からないまま、再びタンポポたちに向かい、「そのままでいると消滅しちゃうよー?飛んで逃げた方が良いよー?」と祈り(脅し?)を捧げた。


すると、その祈り脅しが通じたのか、綿毛が一斉に飛び立ち始めるが、吹き荒れるマロウ先生の『風』の魔力に次々と巻き込まれていってしまう。


――が、次の瞬間。


「えっ!?」


結界に、小さな氷塊が次々とぶつかる。しかもソレは結界を傷つける事はなく、逆に傷ついた結界を次々と癒していく。


「――ッ!!ぐっ!あああっ!!」


すると、苦しむような男の人の声が結界の外から聞こえてきた。えっ!?ひ、ひょっとして、マロウ先生!?い、一体何があったんだろうか!?


「ク、クライヴ兄様!?あれって……!?」


「あの綿毛を一粒ずつ凍らせ、『聖魔力』の氷の粒にしてやったのさ。後は奴が生み出した『風』で砕かれ拡散し、勝手に四方八方に散らばる。ダメージ食らうかどうかは賭けだったが、どうやらしっかり効いたようだな」


そう説明をしながら、クライヴ兄様がニヤリと悪い大人の笑みを浮かべる。


「ぐ……っ!!ッ、あああっ!!」


相変わらず認識阻害インビジブルでマロウ先生の姿は見えない。けれど、怒りとも焦りとも聞こえる咆哮が周囲に響き渡った。


再び攻撃が開始される。でも、明らかに威力が落ちているのが分かる。


しかも時折、苦し気な呻き声が聞こえてくる。


やはり、大量の凍らせた綿毛聖魔力が周囲を飛び交っている所為で、先生自身もダメージを食らっているみたいだ。


「……やれやれ。これぐらいじゃぬるかったか。それじゃあ、僕からもいきますよ?ま、貴方なら死なないでしょうしね」


オリヴァー兄様がそう呟き、クライヴ兄様に目配せをする。


するとバチバチバチと、爆竹が一斉に着火したような音と火花が散った……と思った次の瞬間。凄まじい爆発音が響き渡り、あたり一面火の海と化した。


『えええーっ!?な、なにごと!?』


その場の全員が目を剥き、呆然とする中、オリヴァー兄様とクライヴ兄様は、淡々とした表情で燃え盛る炎を見つめている。


「……ちょっと、やりすぎたかな?」


「大丈夫だろ。にしても凄まじいな」


「思った以上に上手くいったよ。これもクライヴが、あの粉砕された綿毛の水分を完璧に飛ばしてくれたお陰だね」


「……にしてもお前、よく綿毛で粉塵爆発を起こそうなんて考えたよな」


――なんですと!?粉塵爆発!?


「だって、あれなら魔力が弱くても火種さえあれば出来るじゃないか。まあ、魔力で威力を調節出来ないっていう欠点があるけど、マロウならしぶといから大丈夫かな?って思ってね」


飄々と言ってのけるオリヴァー兄様に対し、アーウィン様方が、「ふ、粉塵爆発!?」「マジか……!?」と、思い切りドン引いているし、公爵様と奥方様は燃え盛る炎を見つめながら、「うちの屋敷が……」って呟いてる!済みません!後で必ず弁償します!本当に御免なさい!!


かくいう私やセドリック、リアムや他の皆も、兄様方の……というより、オリヴァー兄様のあまりの容赦のなさに、盛大に顔が引き攣る。こ、これって……消極的な殺意……?絶対違うよね!?


「……えげつねぇ。お前だけは敵に回したくねえわ」


クライヴ兄様の呆れたような口調に、全力で同意したのは多分、私だけではなかった……と思う。



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マロウ先生ー!!_(:3 」∠)_


黄色い悪魔と黒い悪魔の、悪夢のコラボレーションです。

読者様方のマロウ先生に対する攻撃指南が、いかに優しかったのかが分かる鬼畜っぷりでした(;゚д゚)

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