第499話 認識阻害

「――ッ!?」


ザワリ……と、空気が揺れた。……気がした。


奥方様と未だに黒い笑顔で罵り合っているオリヴァー兄様も、アーウィン様方と応戦し合っている、クライヴ兄様、セドリック、そしてリアム、そして他の誰も、変わった様子は何一つない。


だが、自分は……。自分だけは感じた。禍々しいまでの憎しみ、殺意、嘲笑、そして……慟哭を。


――来る!!


その瞬間、目の端に白刃の煌めきが見えた……と思ったその時だった。


真っ白い花が、まるで私を隠すように周囲を取り巻く。だがそれは一陣の『風』によって霧散し、乱舞する。


そして舞う花弁はパチパチと金色の火花を散らしながら消滅していく。……これらが起こったのは、まさに数秒間の出来事。


「!?」


「なっ!!」


その僅かな時間で、オリヴァー兄様達やリアム、そしてヴァンドーム公爵家の人達は一瞬で臨戦態勢に入った。


「エレノア!!」


今、自分の目の前で起こった一連の出来事を脳が処理出来ず、呆然自失状態な私の身体を、オリヴァー兄様は素早く片手で抱き寄せ、抜刀する。


そして、クライヴ兄様、セドリック、リアム、公爵様や、ヴァンドーム公爵家の方々、騎士達が次々と抜刀し、私とオリヴァー兄様を背に護るように布陣を敷きながら、広い晩餐会の会場全体を一瞥し、警戒する。


そして『影』達も次々と会場に飛来し、それぞれの主達を守るべく散っていく。


「くそっ!……エレノア、済まない!不覚を取った!!君が反応してくれなかったら、どうなっていたか……!!」


「へ?え?は、はいっ!?」


片手で私の身体を強く抱き締め、全方位に集中しながら、オリヴァー兄様は怒ったような焦ったような表情を浮かべながら、吐き捨てるようにそう告げる。


私はと言うと、そんな兄様の腕の中で、「???」となっていたが、ハッと今の状況を理解した。


『そうだ!私、襲われたんだ!!』


途端、身体が激しく震え出す。そんな私の身体を抱くオリヴァー兄様の腕の力が強くなった。


『あ……』


髪に付いていたであろう小さな白い花弁が、ハラリ……と、落ちていくのが目に映る。……あれ?あの花弁って、もしやぺんぺ……いや、ナズナの花……?


「――ッ!?」


再び、ぬるりと大気が動いた様な不快感を感じたと思うと、私とオリヴァー兄様を背にしたクライヴ兄様とセドリックの刀が『何か』を弾いた。


「ッッ!!」


「チッ!!」


「クライヴ兄様!?セドリック!?」


その瞬間、小さく呻いた彼等の腕や頬には、鋭い刃物で切ったような傷が無数に付いていた。


「――ガッ!!」


「ぐっ!!」


そして、私達の周囲を守っていた護衛騎士達や『影』達が、悲鳴や呻き声を上げながら、次々と倒れていくのが見えた。しかも彼らの身体にも、鋭い刃物で切り裂かれたような傷が無数に付けられているのが見える。


「――ッ!?これは……!!リアム殿下!!そしてこの場にいる『風』の魔力を持つ者達、今すぐ結界を!!」


突然、リアムを護る『影』の一人が声を張り上げた。……って、あの声は……。


「マテオ!?」


自身も『風』の魔力属性だというマテオの身体から魔力が噴き上がる。流石は筆頭公爵家、ワイアット公爵家直系。リアムの魔力と張る程の魔力量だ。


「結界を張り終わるまでの間、残りの者達は自分の魔力を『魔力探知』に全振りしろ!!僅かなゆらぎも見逃すな!見逃せば……死ぬぞ!?」


一瞬だけ、戸惑う素振りを見せた後、リアムとウィル、そして残った護衛騎士達数人が私達全員を包み込む『風』の結界を作り上げた。


すると、その結界が何かの攻撃を次々と防いでいく。だが、相当強大な魔力を用いているのか、王家直系であるリアムの魔力も含めているというのに、次々と襲い来る攻撃に結界がミシミシと軋んだ音を立てる。


「……くっ……!!」


ウィルが苦しそうに小さな呻き声を上げる。結界の維持だけではなく、破損している部分に魔力を注がなくてはならないから、消耗が激しいんだろう。


「マテオ・ワイアット!貴公、この攻撃の主が誰なのか、知っているのか!?」


ヴァンドーム公爵様が、鬼気迫る表情で、ローブを纏っているマテオに問いかける。……が、公爵様は両手を自由に使う為か、ウミガメ……いや、奥方様を背中に張り付かせていた。


……この緊迫した状況下で、あまりにもミスマッチ過ぎてなんとも言えない。というか、大精霊である奥方様だったら、侵入者を簡単に排除する事が出来るんじゃ……!?


「御免なさいね、エレノアちゃん。今の私って、本当にウミガメ並みの魔力しかないの」


またしても、的確に心の声を読んだ奥方様が、申し訳なさそうな声で謝罪する。……というか、ウミガメ並みって……。そもそもウミガメって、魔力あったっけ……?


「……申し訳ありません、ヴァンドーム公爵閣下。どうやら我らの仲間から、裏切り者が出たようです」


その場の全員が、一斉にマテオに視線を集中させる。……え?待って。マテオの仲間って……王家の『影』の誰かって事だよね!?その人が裏切った!?


驚く私の耳に、更に衝撃的な言葉が飛び込んできた。


「その者の名は、ベイシア・マロウ。王家の『影』の副総帥であり、強力な認識阻害インビジブルのスキルを持っております」


「――……え?……えぇーーーっ!?」


思わず大声を上げてしまう。マ、マ、マロウ先生が、王家の『影』!?しかも副総裁ーー!?


マテオの口から知らされた衝撃の事実に、私は脳内パニック状態となってしまった。……けれど……。


「何だと!?あの変態が!?」


「あの姫騎士馬鹿が裏切り!?有り得ない!!」


「あのイカれた変態野郎が、姫騎士エレノアを裏切るなんざ、ぜってーない!!たとえ世界が滅びてもだ!!」


「そうだ!あいつだったら、笑って王家を裏切ったとしても、エレノアだけは裏切らん!!そんな真似をするぐらだったら、ニッコリ笑顔で舌を咬む!そういう奴だ!!」


他の皆さん、マロウ先生の正体よりも、いかにマロウ先生が裏切り者から遠いかを力説している。というより罵りだよね?これ。


というか、ひょっとしなくても、マロウ先生の正体知らなかったのって私だけ!?


「……私も信じたくはない。だが、ここまで見事な認識阻害インビジブルを展開出来るのは、私の知る限りあの人だけです!……恐らくですが、彼は件の侯爵令嬢に洗脳され、操られている可能性が高い。そうでなければ、あのへんた……いえ、姫騎士命の副総裁が、こんな事をする筈がない!!」


『……件の侯爵令嬢って……!』


それは間違いなくキーラ様の事だろう。彼女がマロウ先生を操り、今の状況を作り上げている……!?


「おい、ちょっと待て!そういえばマロウの奴、一体、どこでどうやってあの女と接触したんだ!?」


リアムの言葉に対し、マテオが凄く言い辛そうに口を開いた。


「実は……。副総裁、万が一の事態を考え、あの女が軟禁されている館を見張っていたんです。……まあ、ほぼ私怨から……ですが……」


一瞬、「……ああ……成程」「あいつらしい……」と、次々呆れた口調の声が上がったが、オリヴァー兄様がハッとした表情を浮かべる。


「ちょっと待て!あいつは『お守り』を持っていなかったのか!?」


オリヴァー兄様の言葉に、リアムやクライヴ兄様達が、次々とハッとした表情を浮かべる。


『え?「お守り」……って、ひょっとして、私の咲かせたぺんぺん草で作った栞の事?』


「……いや、有り得ない。あの男がアレを身に着けていないなんて、そんな事……」


「身に着けていても、洗脳された……!?それはつまり、『お守り』が効かなかったという事か!?」


兄様達やリアムは顏が青褪めさせると、それぞれの胸元に手を当てた。



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しょっぱなからのエレノア危機!(そしてマロウ先生のセルフ断罪不可避!?)

そんでもってマロウ先生、ヤバすぎるスキル持ちでした|д゜;)

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