第494話 お魚くれるそうです
先行するシーヴァー様とディルク様の後姿を見ながら、ヴァンドーム公爵家本邸(というよりお城)の回廊を歩いていく。
非常事態という事もあり、そこかしこにヴァンドーム公爵家の護衛騎士達が配されているのだが、何故か物々しい感じがしないのは、やはり全員が、近衛ばりの美形集団だからだろう(しかも全員、目が合うと必ず極上の笑顔を浮かべてくれる)。
『にしても、マテオってば本当にどこ行っちゃったんだろう?』
気になって、私よりも少しだけ前を歩いていたリアムにこっそり尋ねたところ、こんな情勢だからと、『影』の仕事をしているのだそうだ。
マテオ……。なんて真面目で良い子なんだ!親友として鼻が高いよ!!
そんなこんなしながら、淡く白く輝く大理石(?)で作られた吹き抜けの階段を下りていくと、昼間サロンに案内された時に見たのとは違う景色が周囲に広がる。
一体どういう仕組みなのかはよく分からないけど、幾つもの小さな滝が、キレイな水飛沫を上げながら階下に落ちていくのだ。
しかも周囲に配置された虹のようないくつもの魔導ランプに照らされ、まるで七色の水のベールの中を歩いているような気分になる。流石は異世界版ネズミ―シー!
やがて階段を降りた先には、更なる幻想的な景色が広がっていた。
『うわぁ……!』
昼間見たヴァンドーム公爵家本邸の正門。
本邸の形に切り取られたかのような精霊島。その島の自然と一体化したような美しい景観は月や星々に照らされ、闇に溶け込むような濃紺の海の色と相まって、神秘的な程に輝いている。
あの時は船の上から本邸を見て、そのファンタスティックな美しさと荘厳さに圧倒されたものだが、こうして本邸の方から外を眺めると、夜ということもあり、また違った美しさに息をのんでしまう。
しかもその海の色だけど、蛍光灯のように青白く発光する群生が、あちらこちらで眩い光を放ちながら乱舞しているのだ。
ひょっとしてホタルイカのように、発光体を持つ生物が泳いでいるのかもしれない。
「綺麗……!」
見れば、クライヴ兄様やセドリック、リアムも私達同様、幻想的な風景に感嘆の溜息をついている。
「そうだね。まるで夜空の星々が海の中で光り輝いているようだ。……尤も僕にとってはどのような美しい景色でも、君の輝き以上に尊いものなどこの世に存在しないけれどもね」
「――ッ!!」
いついかなる時でも流れるように
「わっ、私にとっても、オリヴァー兄様が一番綺麗だと思いますっ!!その光り輝く美しさ、謎の発光体に負けておりません!」
一瞬で顔を真っ赤にしながら、お返しとばかりに美辞麗句返し(?)をする。
「そ、そうかい?う~ん……謎の発光体に勝っても……。ま、いいか。有難うエレノア。ふふ……。僕達やっぱり、相思相愛だね」
「~~~!!!」
私の賛辞(?)に冷や汗を流しながら、でも一瞬で気持ちを立て直したオリヴァー兄様の極上の笑顔に、頬紅いらずの頬がシュンシュンと湯気を噴く。
「……なんだろうな。ああいうの見たら、普通は羨ましいと思うもんなんだろうけど……」
「ええ、あんまり羨ましいとは思えませんよね。ああいうところ、僕はまだまだオリヴァー兄上の足元にも及びません」
「セドリック……。『謎の発光体』に勝ってるって言われて喜ぶのは、あいつぐらいだろ。どうせなら俺は、人類と競り勝ちたいぞ」
クライヴ兄様、セドリック、リアムの、まったく小声じゃないヒソヒソ声に、「そこ、煩い!」と、オリヴァー兄様が青筋を立てる。
見れば、私達の後方にいるウィルとシャノンもそっぽを向き、肩を震わせているのが見えた。
「……エレノア嬢。あれはこの海域にのみ生息する小魚なのですよ」
ディルク様が笑顔で話しかけてくる。……が、よく見ると、微妙に口角がピクピクしてるし肩も震えている。更にはシーヴァー様も、ウィル達同様そっぽを向いて震えていた。……済みません。美辞麗句、もっと勉強しておきます。
「あ、イカではなく、魚だったんですね」
「ええ。『
「えっ!?食用なんですか!?」
てっきり観賞用かと……。しかも骨が柔らかくて美味しいですと!?
「はい。ちょっと煮れば、骨抜きしなくても食べられますので、保存食としても人気です。……食べてみたいですか?」
おっと!どうやら物欲しそうな顔をしていたらしい。でもそんな私に対し、ディルク様はニッコリと微笑んだ。
「でしたら、追加で晩餐会に出させましょう」
「ほ、本当ですか!?有難う御座います!!」
パァァッと顔を輝かせた私を見ながら、ディルク様が頬を染め、更に嬉しそうな顔で破顔した。
「こちらこそ、とても嬉しいですよ。なにせ貴族のご令嬢方は、魚をあまり好みませんから」
そう言って笑うディルク様は、まるでこの領地の晴れ渡る空のように眩しくて、収まりかけていた熱が再び頬に集まり、真っ赤になってしまった。
そんな私を見つめるディルク様の笑みが深くなる。
「そうだ!明日、私自らあの魚を大量に獲ってきましょう。出来ればそれを、貴女に捧げさせていただきたい」
「え!?そ、そんな……」
「ご遠慮なさらずに。美しい妖精姫が望むのならば、百万個の海の白ですらこの手で集め、お捧げ致しましょう」
――ひ、百万個の海の白!?いやいや要りません!魚の佃煮の方が嬉しいです!
そう言おうとした私の肩を、オリヴァー兄様が抱き寄せ極上の笑みを浮かべる。
「有難う御座います。そのような貴重な珍味をヴァンドーム直系である貴方が自ら……。我がバッシュ公爵家へのご厚意、当主に代わり心より感謝申し上げます(意訳:「食べ物に罪はないから、一応貰っておくが、どさくさに紛れて人の婚約者、餌で釣ってんじゃねぇよ!」)」
「……いえ。当家はこれより、末永い
「……ディルク殿。縁を結ぶのは『エレノア』とではなく、『バッシュ公爵家』とでしょう?言い方間違ってますよ?」
「……ご指摘どうも。でも安心して下さい。別に間違ってませんから」
「そうですか。では筆頭婚約者の権限として、その縁……全力でお断り致しましょう」
「それは、筆頭婚約者の権限というより、ただの横暴では?二つ名に恥じぬ狭量っぷりですね」
オ、オリヴァー兄様……。貴族言葉が面倒くさくなったのか、直球になりましたね!?
口調こそ穏やかだけど、バチィ!と、まるで発光魚のような青白い稲妻が走ったような気がします。
「……あいつもこの城に来てから、忙しいよな」
「はい。ですがあれこそが、筆頭婚約者としての正しい在り方なのでしょう」
「いや、あれ絶対正しい在り方じゃねぇって!……ま、こっちに着弾しなければ、最強の虫除けなんだけどな」
三人とも、オリヴァー兄様が聞いていないからって、好き放題言ってるよね。
……ん?あれ?今のクライヴ兄様達の物言いといい、オリヴァー兄様のあの態度といい、なんか引っかかるな……。
それにディルク様に至っては、魚くれるってだけで、別に揶揄ってないし……。
あっ!気が付けば目の前の海から、魚が一斉に逃げ出しているよ。みんな、驚かせてごめんねー!
「ディルク。クロス伯爵令息と親睦を深めるのも程々にして、そろそろ会場に皆様をご案内しなくては。母上を怒らせたら恐いよ?」
見かねてなのか、シーヴァー様が、お互い笑顔で青筋を立てたままバチバチバチと睨み合いをしている、オリヴァー兄様とディルク様に声をかける。
そして改めて私達へと向き直ると、困ったような笑みを浮かべた。
「皆様。我が母はご存じの通りの血筋ゆえに、ちょっと……いえ、だいぶ変わっております。色々と無作法な事もあるやもしれませんが、そのところはどうかご容赦下さいませ」
そう言うと、シーヴァー様は再びディルク様の首根っこを掴み、引きずるようにしながら私達を先導しだした。
え!?わざわざ念を押されるって、奥方様って一体どんな方なんだろう。
それに怒らせたら恐いんだ……。ギリシャ神話の女神、ヘラみたいなお方なのだろうか。でもヘラってゼウスの奥さんだしな。
そんな事を考えていると、巨体な扉の前に到着する。
「リアム殿下及び、バッシュ公爵家の方々をお連れした。扉を開けよ」
護衛騎士達が、シーヴァー様の言葉に恭しく一礼をすると、重厚な扉が音もなく開かれた。
「……エレノア、頑張るんだよ。……色々とね」
「は、はいっ!オリヴァー兄様!」
ギュッと握られた手を握り返しながら、私は力強く頷く。
でも兄様、その含みのある『色々』って具体的にはなんなんでしょう?
完璧なご挨拶?しっかり淑女の皮をかぶれ?海産物を見てもがっつくな?えっと、それと……。
「ヴァンドーム家の方々を見ても、鼻血噴かないでね」
……はい。気を付けます。
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まさかの奥方未登場!まことに申し訳ありません!<(_ _)>
それにしても、戦う筆頭婚約者、オリヴァー兄様が忙し過ぎる……。
そしてエレノアは、美辞麗句の勉強頑張れ!
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