第493話 落とされたのは結局
『にしても、ジョナネェの疑惑は晴れたけど……。なんでシーヴァー様、私とお揃いみたいな服を仕立てたんだろう?』
婚約者のいる御令嬢と同じ仕様の服を着るなど、オリヴァー兄様の言う通り喧嘩を吹っ掛けているとしか思えない。
そう言えば以前、私もバッシュ公爵領で似たような事をされた記憶が……あ、でもあれはお揃いを……というより、クライヴ兄様の色のドレスを勝手に着られちゃったんだっけ。
『……はっ!』
そこで、私の脳裏にある仮説が閃いた。
『ま、まさかこれも、オリヴァー兄様達が言っていた、ヴァンドーム家渾身の揶揄い……!?』
そうか……。つまり美しいシーヴァ―様に『
なんてこった!そんな事の為に、貴重な情報収集能力をフルに使うだなんて!まさに能力の無駄遣い!!
……いや。オリヴァー兄様の仰った通り、自分たちの能力を惜しむ事なく使い楽しく相手を揶揄う為なら、全身全霊を尽くす……。それこそが、三大公爵家の一柱たる矜持……という事なのだろう。ううむ……流石だ!揶揄いに一本筋が通っている!
でも、揶揄う相手の背後に魔王……ゲフンゲフン。恐ろしい婚約者がいるのが分かっていて喧嘩を吹っ掛けるなんて……。流石は三大公爵家、なんという恐れ知らずな事を!
「……いいでしょう。此度の暴挙、ヴァンドーム公爵家総意の愚行と捉え、正式にバッシュ公爵家から厳重に抗議をさせて頂きます。場合によっては、あらゆる事業の連携も白紙になるとご理解下さい」
「……ほぉ……?それはそれは……」
青筋を立てたオリヴァー兄様が、まるで悪鬼のような形相でそう言い放つと、シーヴァー様も瞳に鋭い光を宿し、目を細めた。
オ、オリヴァー兄様!落ち着いて下さい!!容易く挑発に乗るなんて、いつものオリヴァー兄様らしくありませんよ!?
『……って、あ、そうか!』
普段のオリヴァー兄様であれば、今私が思い至った結論にすぐ辿り着いて、冷静に対処出来たはずなんだろうけど……。生憎今現在の兄様は、初めて自分の色が私のドレスに使われなかった事による悲しみと憤りにより、心がおおいに荒んで冷静な思考能力が欠落している。
それに加え、まるで私とお揃いにしたかのような礼服を身にまとう……というシーヴァ―様の
クライヴ兄様が、慣れない貴族言葉での応酬を肩代わりしたのも、多分兄様のオカン属性が、『こいつに任せたらヤバイ!』と警報を鳴らしたに違いない。流石はクライヴ兄様!
『あっ!そ、そういえば!!』
シーヴァ―様、入室して真っ先に挨拶しなければいけない
「……あいつ……。
「……うん。これはリアム……いや、リアムを含む王家直系全てと僕達に対する、明らかなる挑発だ。看過するわけにはいかないよね……!」
――全然よくなかったー!!
って、セドリックとリアムの背後からも、暗黒オーラが駄々洩れている!落ち着いて!!これ、命をかけたシーヴァー様の冗談だから!!(多分!)
――こ、ここは私が何とか場を収めるしかあるまい!!
「シ、シーヴァー様!!」
「はい。なんでしょうか?エレノア嬢」
勇気を振り絞り声を上げた私に対し、シーヴァー様は女神様もかくやとばかりの蕩けそうな笑顔を向けた。
途端、パーンと脳内がスパークする。
一瞬で思考停止してしまった私は、ただただ『
「宝石みたい……。綺麗……」
「……は?」
多分、思考が麻痺してしまったのだろう。本当になんの思惑もなく、ただ感じたままの言葉がポロリと口から零れ落ちてしまった。
そんな私の言葉を聞き、キョトンとした表情を浮かべたシーヴァー様。……そして次の瞬間……。
「――ッ!!」
『……え!?』
シーヴァー様は咄嗟に唇を手で覆うと、その美しい顔を真っ赤にさせたのだった。
……えっと、ひょっとして……照れてらっしゃる?
「――ッ……!し、失礼。そ、その……」
シーヴァー様、なにかを言いかけては言葉に詰まり、とうとうそっぽを向いてしまわれた。
……というか、なんですか?この尊い絵面は!?
先程までの、オリヴァー兄様の暗黒オーラをも受け流していた麗しき
い、いかん!ギャップ萌えが発動して、鼻腔内毛細血管がっ!!
「落ち着け、エレノア」
「ふぐっ!」
スコンと、後頭部にクライヴ兄様の手刀が軽く入った事により、逆上せそうだった頭がクリアに……なったけど、痛いです兄様!
「ふ……。大丈夫ですか?シーヴァー殿」
あ!オリヴァー兄様がさっきの表情を一変させ、物凄く生暖かい微笑をシーヴァー様に向けている!……ん?なんか背後で「流石はエレノア!」「あいつ、あんがいチョロいな」って言葉が聞こえてくるんですが?あっ!シーヴァー様のこめかみに青筋が立った!
「ご歓談中失礼致します」
そんなカオスな最中、ドアの方から声がかかり、皆でそちらに視線を向ける。
するとそこには、ヴァンドーム兄弟の四男、ディルク様が呆れ顔で立っていた。
ちなみにだが、ディルク様はシーヴァー様みたいに『
「兄上、いつまでここにそうしていらっしゃるんですか?父上と母上が戻られましたから、そろそろ皆様方をご案内して下さい」
「あ、ああ。そうだね……」
そう言いながら、彼は私に視線を向けると一瞬目を見開いた後に頬をほんのりと染め、シーヴァー様ばりに蕩けそうな微笑を浮かべた。……くぅっ!!ま、眩しい!!
ってかディルク様、見た目がやんちゃっぽいからディーさんタイプかと思っていたんだけど、こうして見てみると凄く冷静だな。脳筋じゃないディーさんって、こんな感じなのかな?(御免ね、ディーさん)
『……あれ?い、今ディルク様、『母上』って言っていなかった!?』
え!?じゃあひょっとして、あの青潮の件が一段落したの!?というか、大精霊であるセイレーン様とご対面!?兄様達も驚いた様子で互いに目を見合わせている。
「皆様、大変にお待たせいたしました。それではこれより、晩餐会の会場へとご案内致します」
気を取り直したようにそう言うと、シーヴァー様が貴族の礼を執った後、ディルク様と共に私達を先導するように歩き出した。
◇◇◇◇
『……まったく!『
『……黙りなさいディルク』
『だってさー!まさか、あのシーヴァー兄上の狼狽える様子が見られるなんて思わないじゃん?これ、クリス兄上やベティに言っても信じないかも~!』
『だったら一生、口をつぐんでいなさい!』
精霊術の一つである念話をディルクとしながら、シーヴァーは無意識に唇に手を当てた。
『まさか……。あんな言葉一つで、この私が乱されるとは……!』
――エレノア・バッシュ公爵令嬢。
あの子であるのならば、自分の子を産んで欲しいと思えるぐらいに……。
だからこそ、もしエレノア嬢が他のご令嬢方と同様、ベティを傷付けるようなご令嬢だったら、ちょっと揶揄ってやろうか……と、作っておいた礼服を身に着け、宣戦布告の意味を込め、彼女の婚約者達に見せ付けてみたのだ。
思惑通り、自分の姿を見た彼女の婚約者達は、私の挑発に容易く乗り、激しく激高した。あの食えない筆頭婚約者など、こちらが想像した以上の反応を見せてくれた。
『……それにしても……』
『
彼女の婚約者達への宣戦布告として着たこの服。彼女の装いと対になるようにと、敢えて狙って作ったのだが……。婚約者達の激高する様子に優越感が湧き上がり、胸が甘く高鳴った。
そして、私の姿を見た彼女は面白いように恥じらってくれて……。これならば、彼女に取り入るのはわりと容易いかもしれない。そう思ったのに……。
あのインペリアルトパーズのような美しい黄褐色の瞳で真っすぐ見つめられ、思わずといったようにかけられた自分への心からの賛辞。
まさかそれぐらいで、この自分が初心な子供のように動揺させられるなんて思ってもみなかった。
長兄であるアーウィンに、『エレノア嬢を甘く見ていると、痛い目を見るぞ?』と言われていたが、まさにその言葉のとおりだった。
「……落とされたのは……結局、私の方……か」
悔しいような、嬉しいような……。そんな複雑で、少しだけくすぐったい気持ちを胸の中で転がしながら、私は弟に見られないよう、掌の下に隠した唇を笑ませた。
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オリヴァー兄様、そこまで色が入らなかったのがショックでしたか( ;∀;)
そしていよいよ次回、ヴァンドーム公爵夫人のお目見えです!
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