第492話 お、お揃い!?

『――ッ!?……な……っ!!』


麗しい笑顔を浮かべながら入室してきたシーヴァー様の姿を見た瞬間、私は目をクワッと見開いたままの状態で硬直してしまった。


何故ならば……。シーヴァー様が纏っている貴族の礼服は、私の身に着けているドレスと同じく、『女神の絹デア・セレス』を使って作ったものだったからだ。


着痩せするのだろう。一見(周囲の男性陣に比べると)華奢とも言える、スラリとした長身に合わせた白を基調とした貴族服は、中性的な彼の美しさを際立たせた……私の前世で言うところのユニセックスラインのような作りとなっている。

しかも、シーヴァー様が歩くたびに、私のドレスと同じく、螺鈿色に複雑な輝きを放っている。まさに美の化身!あっ!シャノンが顔を紅潮させながら、シーヴァー様を蕩けるような眼差しでガン見している!


いや本当、思わず魂吸い取られそうな美しさですよね!うん、シャノン。貴方のその気持ち、分かります!


流石はその美しさと歌声で、数多の船乗り達を海底に引きずり込んだとされる大精霊セイレーン。その血を継ぐ貴公子だけある。まさに魔性!!


そういえばシャノン、以前『紫の薔薇の館ヴァイオレット・ローズ』でバイトしていたパト姉様にも見惚れていたもんね。あの時の姉様、私が「これを姉様に着せたい!」ってジョナネェに考案した、ユニセックスラインの貴族服着ていたから……。


って、あれ?ちょっと待って。確かユニセックスラインって、今のところパト姉様しか着てない筈では……?


パト姉様、「なんという斬新な!!」「男性の魅力も女性の魅力も引き立たせている!!」って、様々な分野の第三勢力者に大絶賛されているらしく、今や売り上げナンバーワンなんだって。


で、メイデン母様に「『紫の薔薇の館ヴァイオレット・ローズ』の次期経営者やんない?」ってお誘いされているとかなんとか……。姉様は「ふふふ……」って、笑ってやり過ごしているみたいだけどね。


――閑話休題それはさておき


とにかく、シーヴァー様のあの恰好。見ようによっては、私のドレスと対になるようにしつらえたと言っても過言ではない。


「「「「…………」」」」


その衝撃的ないで立ちに、私だけではなく、オリヴァー兄様やクライヴ兄様、そしてセドリックやリアムまでもが言葉を失ってしまっている。

……あれ?マテオがいないけど、どこいったんだろ?ひょっとして、『影』のお仕事しているのかな?


そんな私達の反応を柔らかくスルーしながら、シーヴァー様は私の姿を見るなり、女性的とも言える、柔和な美貌に極上の笑みを浮かべた。


「ああ……なんという……!!バッシュ公爵令嬢。今宵の貴女はまるでこの青き海に抱かれ、生まれ出た海の白の化身のようですね。まさに眼福。このような美しいご令嬢を我が領地に迎え入れられる喜びと感動を、どのように言葉で尽くそうとも、私の真意の全てをお伝えする事は叶わないでしょう」


『ひええぇぇぇ!!』


緑がかったブルートルマリンの瞳を熱く潤ませ、薄っすらと頬を赤く染めながら、シーヴァー様は流れるような美辞麗句をお吐きになられると、私の目の前で片膝を突く。


そして、いまだ硬直してしまっている私の手を取り、甲に口づけを……しようとしたその瞬間。目にもとまらぬ素早さで、自分の手を引っ込めた。


『あ、あれ?』


一瞬、なにが起きたのか分からなかったけれど、よく見たらシーヴァー様の床に突いた膝スレスレに、細い氷がナイフのように突き刺さってた。……これって……!?


「……失礼。虫が妹を刺そうとしていたものでして……。生憎と仕留めそこなったようですね(意訳:「おい、エレノアになにしようとしてんだ?この害虫!」)」


「おやそれは……。美しい花へと誘われた蝶が、貴方がたの目には不快な虫に映ってしまったのでしょうか?(意訳:「なにって、ご挨拶をちょっと……ね。ああ、別に貴方がたに見せつけるつもりなんて、欠片もありませんでしたよ?ええ、これっぽっちもね」)」


「人によって見方は様々。それに、蝶には毒を持つものもおります。……とにかく、大切な妹に害が無く、幸いでした(意訳:「まったく、無害そうなツラしやがって、油断も隙もねぇ!流石はあの長兄の弟だな!手が早いのは、ヴァンドームの血筋か!?」)」


「それは重畳ちょうじょう。ふふ……。ですがエレノア嬢でしたら、気になさらないのでは?(意訳:「全く、無粋ですね。優しいエレノア嬢でしたら、笑って許して下さるでしょうに。まあ、海の男は情熱的だという点は否定しませんよ?」)」


「気にするしないは問題ではないのですよ。それに、花に群がるあらゆる虫から愛しい婚約者を守るのは、私どもにとって当然の行為であり、義務です(意訳:「そのふざけきった格好といい、宣戦布告してるつもりかこの野郎!!上等だ!全力で迎え撃ってやろうじゃねぇか!!」)」


「……ク、クライヴ兄様……!?」


あのクライヴ兄様が、まさかの貴族言葉での応酬を!?


凄いやクライヴ兄様!いつもオリヴァー兄様の貴族言葉による戦いを見慣れていたから、なんか凄く新鮮です!


しかも最後らへん、やや……いえ、オラオラをオブラートに包んでいるだけになっているところが、とってもクライヴ兄様らしいです!


というかなんで私、貴族言葉の裏側が分かってしまうのだろうか?これも自動翻訳スキルのおかげなんですかね?


「……シーヴァー殿。実に素晴らしい装いですね。まさか男性である貴殿が、『女神の絹デア・セレス』をお使いになられるとは……」


クライヴ兄様と、笑顔で火花を散らしているシーヴァー様に、アルカイックスマイルを浮かべたオリヴァー兄様が声をかける。


そうなんです。


実は『女神の絹デア・セレス』、『着る宝石』と言われるだけあって、完全に女性のドレス限定の生地とされていて、この国の男性がそれを使った服を作る事はほぼ無いのだと、以前ジョナネェに聞いた事があったのだ。

……まあ確かに。存在自体が、眩い美の破壊兵器たるアルバ男には無用の長物だよね。


しかし、その慣例を破り、シーヴァー様は堂々と『女神の絹デア・セレス』を身にまとってやってきた。しかも、私のドレスとお揃いと言っても過言ではない仕様にして。

違うところと言えば、ご自身の瞳の色であるブルートルマリンを、海の白と一緒に飾りとして配しているところかな?


「ああ、これですか?面白いでしょう?バッシュ公爵令嬢がいらっしゃるとの事で、色々と調べたところ、素晴らしいデザイナーの存在を知りまして……ね」


ピクリ……と、オリヴァー兄様の片眉が僅かに上がる。表情も完全に、アルカイックスマイルを消した無表情になっている。


「そして『彼』ならば、『このような服』が作れるかもと、試しに依頼してみたのですよ」


私の喉が、ゴクリと上下する。そ、その『素晴らしいデザイナー』って、絶対ジョナネェの事ですよね!?


あれ?ち、ちょっと待って!『色々調べた』『このような服』って……。ひ、ひょっとして、私がここに来ると決まってすぐ、ジョナネェに探りを入れて、どんなドレスを作っているのか調べた……とか!?


ま、まさかジョナネェ!シーヴァー様が好みドストライクなうえに、採寸というセクハラし放題に釣られて、嬉々として依頼受けた……なんて言わないよね!?


もしそうだったとしたら、バッシュ公爵家との専属契約あんのに、なにやってんの!?真面目にオリヴァー兄様だけじゃなく、皆からも血祭りにされちゃうよ!!?


「……尤も、残念ながら彼には断られてしまいましたけどね」


あ……よ、良かった~!ジョナネェの命が繋がった!!


「仕方がないので、手に入れたデザイン画を元に、うちのお抱えデザイナーに作らせました」


シーヴァー様ーーっ!!貴方、なにしれっと盗人発言してんですかーー!!


「……流石はヴァンドーム家の諜報を司るお方だ。油断も隙もない。……というよりも、これは完全に私達に対しての宣戦布告……と、捉えても宜しいと?」


「ふふ……。それはそちらのご自由にどうぞ?にしても、流石は次期バッシュ公爵家当主。一応、私の請け負う仕事については機密事項なのですけどねぇ?」


オリヴァー兄様の刺すような眼差しと冷たい口調を、サラリと真っ向から受けながら、シーヴァー様は動じる事無くゆったりとした微笑を浮かべた。……つ、強い……!


あっ!オリヴァー兄様の背後から暗黒オーラが噴き上がった!ひぇぇっ!!


というかシーヴァー様って、ヴァンドーム家の諜報部の長だったの!?ひょっとして、ヴァンドーム公爵家の『影』の総帥!?おおっ!こんな時になんですが、ギャップ萌え!!


そして兄様!それ、口にしちゃいけない案件ではー!?



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シーヴァー様、思った以上に好戦的でした。

そしてジョナネェの、まさかの裏切り疑惑が冤罪でなによりでしたw

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