第490話 喜劇の仕掛け人【第二皇子マルス視点】

引き続き、帝国回で御座います。



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『力』の強い女……特に異世界転移してきた女は、半ば強制的に皇帝や、それに準ずる高位貴族に宛がわれる。第二皇子である私の母親も、その内の一人だ。


皇家直系……特に『皇帝』となる者は、その中でも力を持った多くの転移者、もしくはその転移者が産んだ子供を娶り、より強い次代を残す為に子を産ませている。


母はまだ『異世界人召喚』が辛うじて行われていた時、転移させられた女であり、その中で一番魔力が多く、美しかった為に皇帝に召し上げられたのだ。


だが転移者の多くは、自分が転移させられた経緯を知るや、嘆きと憤りを繰り返し……そして自身に対する扱いに絶望し、気がふれてしまう。母もその例に漏れず、今現在は夢の国の住人だ。


第一皇子を産んだ皇后は、さる公爵家が囲った転移者から生まれた娘であった。


魔力量もそれなりに多かった為、皇后の地位に就き、誰よりも早く皇帝の子を産んだ。


だが、自分の息子が下位の皇位継承権しか得られなかった事を憤り、他の側妃や愛妾、そして彼女らから産まれた子らを秘密裏に処理していったのだ。


その結果、皮肉にも力の強い継承権を持つ子供達が生き残り、更に自分の子の継承順位を下げるという、望んでいたものとは真逆な結果となり、今現在は発狂寸前らしい。


「全くもって、愚かな女だ。『転移者の娘が産んだ子』よりも、『転移者の子』の方が力が強いのは当たりまえだろうに……」


その第一皇子も母親に似て、短慮で粗暴な男だ。『魔眼』もそこそこの力はあるが、平均よりも高い程度。何ら恐れるに足りない。


まあ、直系が少なくなってしまった事と、あの女の実家の力が厄介ゆえに、目こぼしをしてやっているが、あまりにも目に余るようであるのなら……。


「マルス兄上」


突然、思考を遮るように掛けられた声に振り向けば、そこには腕を組み、壁に凭れ掛かったすぐ下の弟……第三皇子のセオドアが、紫暗の瞳を笑ませながらこちらを伺っていた。


「……相も変わらず無礼な奴だ。先触れもなく顔を出すなと何度言えば分かる。いずれ首が胴体から離れるぞ?」


「だって先触れを出したところで、兄上は私なぞ相手にしようとなされないでしょう?だから危険を顧みず、こうしてお邪魔しているのですよ」


「…………」


こいつは昔からこうだ。どれだけ邪険にされようと、邪魔者扱いされようとも、軽薄な笑みを浮かべながら飄々と人の領域にズカズカ侵入してくる。


私の側近や子飼いの者達が、殺気を放って動きだそうとするのを、軽く手を上げ制止させる。


「それに、兄上に粛清されそうになったその時は、『魔眼』を使って、綺麗に逃げおおせてみせますよ。身分卑しき私の、唯一の長所ですからね」


この『弟』は、先だってアルバ王国に滅ぼされた人身売買組織が連れて来た、アルバ王国出身の平民の女から産まれた奴だ。


なんでもその女は、女に求愛していた下級貴族を欲しがった、ある貴族令嬢が家族に強請り、秘密裏に売り払われた結果、帝国にやって来たのだと聞いている。


そういえばその貴族家、先だって壊滅させられた人身売買組織と共に、王家によって一族郎党断罪された……という話だったが……。


『……あの女……か』


平民の上、顔も凡庸であったが……魔力量だけは潤沢にあった為、皇帝である父の愛妾の一人として後宮に放り込まれた女。


帝国にとって、宿敵とも呼べる国の女だ。飼い殺しにされ、いずれ消されるだろう……と誰もがそう思ったのだが、予想を裏切り、その女は皇帝に気に入られ、こいつを産んだ。……幼心に、とても変わった女だったと記憶している。


「……ッ……!」


不意に、胸中に得体のしれない苛立ちが湧き上がってきて、無意識的に小さく舌打ちする。


女は既に『病死』しているが、こいつ自身は『転移』に特化した『魔眼』を有しているおかげで、皇后の粛清から逃れられた。なんとも運の良い奴だ。


『……そういえば確か、こいつには年の離れた同腹の弟がいた筈だが……』


「兄上、悪い顔をなさっていますね。何か楽しい事でも考えておられるのですか?」


タイミングを計ったかのように問われ、私は目を眇めた。


「……まあな。シリルの奴が失敗してくれたおかげで、今は私が皇位継承権一位だ。少しはこの国の為に動かなくては……な」


今まで、皇位継承権一位と目されていた、第四皇子のシリル。奴は今回の失態により、片目と腹心を失っただけでなく、その継承権の順位を最下位にまで落とされた。


対してこの目の前の『弟』は、あの難攻不落と謳われるバトゥーラ修道院の襲撃に成功したばかりか、絶体絶命だったシリルを助け、連れ帰る事にも成功している。

その功績により、シリルとは真逆に継承権を上げたのだが……。相変わらず、無駄に運の良い奴だ。


「『姫騎士』の血を脈々と受け継ぐ王家直系達。『ドラゴン殺し』の英雄、グラント・オルセン。『天災級魔導師』メルヴィル・クロス。……そして、その次代たる息子達……。今のアルバ王国には、化け物レベルの強者がわんさといますよ?あのシリルが無様にやられてしまう程なのに、マルス兄上がどのような手を使うのか、非常に興味がありますねぇ?」


「…………」


心の底から楽しそうに、皮肉めいた言葉を口にする目の前の『弟』に殺意が湧くが、寸でのところで思い止まる。


確かに今代は、強大な力を持つ者達が多い。しかも最悪な事に、我らの天敵とされる『聖女』まで現れているのだ。下手に動けばこいつの言葉通り、シリルの二の舞に成り兼ねない。


だが、皇家直系の中でもひときわ強力な『魔眼』とカリスマ性を持った第四皇子シリル。


あの忌々しい弟が自滅してくれた今こそ、私の存在感をより高め、この地位を不動のものとする必要がある。その為には、分かり易い『成果』が必要だ。


それに……。


「アルバ王国に根を張っていた手の者の中から、使えそうな駒が現れた。更には『こぼれ種』を収集していた時、面白い手駒も得る事が出来たのでな。……まずは、シリルの敵討ちがてら、三大公爵家と共に、次代の邪魔者共と……あの娘・・・……忌々しい『女神の愛し子』たる、バッシュ公爵家の姫君を葬り去ってやろう」


帝国が行った『異世界人召喚』から零れ落ちたとされる『こぼれ種』は、一説によると女神が気に入った人間をより分け、我らから掠め取っていると言われているのだ。


だからこそ、我ら帝国の所有物である『こぼれ種』である彼女を気に入った、薄汚い泥棒猫女神が、己の使途たる証……『聖女』の資質を授けたのだろう。


私が口にした言葉を聞いたセオドアは、片眉を僅かに上げた。


「葬り去る……。バッシュ公爵令嬢を?でもあの子、希少な『こぼれ種』なんでしょう?勿体ないと思いませんか?」


「確かに残念ではあるが、『聖女の卵』が『聖女』になる前に……。邪魔な芽は早い段階で摘み取っておかなくては……な」


いくら希少な『こぼれ種』であろうとも、『聖女』は我が帝国の不俱戴天の仇。シリルのように、下手に手に入れようとすれば、それこそ返り討ちに遭い兼ねない。


私は凭れていた革張りの椅子から背を離し、立ち上がる。そして、大きなはめ殺しの窓の前に立ち、眼下を見下ろした。


北方特有の曇天の下、広がる皇都。空の色と同じどんよりとした灰色の景色が広がっている。


人口減少にとどまらず、原因不明の土壌汚染や水質悪化による農作物の不作が続き、民草は疲弊している。その余波は徐々に、低位貴族のみならず、高位貴族にまで広がってきているのだ。


「我が帝国の繁栄の為にも……。あの国を崩せるところから崩し、技術も女も、その富の全てを我が帝国のものにする。その為の布石として、手始めに三大公爵家の一柱。ヴァンドーム公爵家を潰す。バッシュ公爵令嬢も運の無い事だ。そんな最中にあの領地を訪れるとは……な」


そう、私の計画を成功させる為ならば、『こぼれ種』の一人や二人、失ったとしてなんら惜しくはない。


それに調べたところによれば、あのバッシュ公爵令嬢は、この帝国にとって危険極まりないとされるアルバ王国の猛者達だけではなく、その他の多くの民に愛されているのだという。ならば、あの娘を葬り去れれば、アルバ王国に精神的に多大な打撃を与える事が出来る筈だ。……そして、あの忌々しい『女神』にも……。


「あの娘と、そしてもう一人……。『アレ』を喪った時の、奴等と女神の顔は見ものだろうよ。私はここで、その喜劇をたっぷり鑑賞させて頂くとしよう」


「……兄上。一応、血の繋がりから忠告しておいて差し上げますが、あまりあの国と……バッシュ公爵令嬢を甘く見ない方がいいですよ?シリルの二の舞になりたくなければ、程々に……ね」


大きな音を立て、今までセオドアが居た壁に穴が空く。……が、当の本人は既にこの場から姿を消していた。


「……まったくもって、忌々しい男だ。流石はあの低俗な民の血を引く卑しき奴よ!」


小さく舌打ちをしながら、脳内でセオドア愚弟の粛清対象の順位を上げながら、私は再び椅子に腰かけると目を閉じ、意識を集中させた。



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帝国がクズ過ぎてドン引くレベル再び!


そしてシリル、やはりというか失脚しておりました。

第二皇子、エレノアを●すという暴挙に出ましたね。

確かに、アルバ王国にとって大打撃でしょうが、確実に帝国にとっての大打撃にもなりそうです。

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