第482話 稀有なる少女【アーウィン視点】②

4巻及びコミカライズ1巻発売です!!

興味がおありの方、宜しくお願い致します(^O^)/

また、応援書店様と、シーモア様用に書き下ろしSSも書いておりますので、そちらも合わせて宜しくお願い致します!



=====================



「それにしても……。各国が、血眼になって『転生者』や『転移者』を保護するわけですね。……それに、『コレ』も多分だけど、エレノア嬢の知識の産物なんじゃないかな?」


そう言って、シーヴァ―がガラスの器から摘まんだのは、バッシュ公爵家からの土産の中に入っていた苺の菓子で、父のアルロが「お持たせで失礼だが……」と、デザートに紛れて出したものだった。


菓子……というより、見た目そのまま苺のソレを、シーヴァ―が口に含む。


シャクッと小気味良い音がした後、シャクシャクと咀嚼する音が聞こえてくる。

まるでビスケットのような咀嚼音が、その苺が見た目を裏切り、しっかりと菓子である事を証明している。


……だが……。


「ああ、本当に面白いなコレ。見た目は生の苺みたいだけど、触感と歯応えはスナックのよう。……でも噛んでいると、だんだん普通の苺に戻っていく。……上位貴族が絶賛し、こぞって手に入れようとするわけだ」


俺も、見た目苺のソレを一つ摘まむと口に放り込む。


シーヴァ―の言う通り、軽いスナックのような食感の後、口の中で唾液と合わさると、苺本来の瑞々しい果肉へと戻っていくのだ。なんとも摩訶不思議な代物である。


「金を積んでも手に入らない、幻の菓子として社交界で話題になっていたコレを、まさかエレノア嬢に土産として貰う事になるとは……」


アルバ王国随一の海洋領域を統括する我がヴァンドーム公爵家は、交易を手広く行う事により、諸外国のありとあらゆる品物を取り扱っている。


ゆえに、他領の名産品はもとより、諸外国のあらゆる珍品や最新の特産物の殆どを把握している筈なのだが、当主たる父を含めシーヴァーですら、この苺の事を知らなかった。


運よく苺を口にする事が出来た貴族の一人が、「この苺はバッシュ公爵領でのみ生産されている、高級苺だ」と断言していたらしい。

「という事は、もしやこの苺の出所はバッシュ公爵領!?」……と噂されているさなか、タイミング良く件の苺菓子を、土産として大量に持って来たバッシュ公爵令嬢……。


だからこそ、父がさり気なくデザートと一緒に出し、話題をふってみたのだが……。やはり、この苺菓子はバッシュ公爵領で新しく生み出した商品だとの事であった。


「まずは市場調査を兼ねて、王家や一部の貴族家に、出所を隠して流してみたのです。そうしたら、予想以上に絶賛されたうえに、あっという間に広まってしまいまして……」


そう説明をしたオリヴァー・クロス伯爵令息によれば、あまりの人気に生産体制が追い付かず、一時的に出荷を停止しているらしい。

成程。だから商品が出回らず、『幻のお菓子』になってしまったという訳か。


『確かに。これは味もさることながら、苺本来の見た目を裏切る、この触感が病みつきになる。しかも女性に贈れば、間違いなく喜ばれるだろう』


今頃、貴族家の貴公子達が、この菓子を得ようと血眼になっているに違いない。なにせ、愛する女性の心を掴むための小細工として、これ程相応しい代物はないだろうからな。


『もし、これが普通に世の中に出回るようになれば、どれ程の莫大な利益がバッシュ公爵家に転がり込んでくるのか、想像すら出来ない』


「コレ、まんま苺ですよね?ねえ、エレノア嬢。一体、どのようにして作られているんですか?」


そう、何の気なしといった風に、ディルクがクロス伯爵令息ではなく、エレノア嬢・・・・・に問いかける。


するとエレノア嬢は、「割と簡単なんですよ」と、なんとも素直に返答してくれた。当然というか、婚約者達から笑顔の威圧を受け、小さく飛び上がっていたが。


これで彼女が、この苺の製法に関わっている事が決定された。……どうも彼女は、本当に腹芸が出来ないらしい。


『本当に……可愛らしい方だ』


そんな風に、微笑ましくエレノア嬢を見つめていた俺だったが、その後に続いた彼女の言葉に、父や弟達を含め、固まってしまう。


「えっと、詳しくは言えないんですけど……。これは苺を特殊な製法で加工したものなんです。今は苺だけですけど、他の果物や野菜も、このように加工する事が可能です。栄養素も殆ど壊れる事はありません。それに食べてみて頂いてお分かりの通り、水分を加えると元に戻ります。勿論、完璧に元通りというわけではありませんが……」


苺だけではなく、他の食品も同様に加工可能!?しかもこの苺同様、水分を加えると元に戻る!?


なんという事だ。それは流通における革命とも言うべきものではないのか!?


父も弟達も、興味津々といったように、目の前の加工された苺を凝視している。……だが、このような最重要機密とも言うべき情報を、何故彼女はここまで我々に漏らしているのだろう?

しかもそれに対し、先程はエレノア嬢に威圧をかけていた婚約者達が、今は目くじらを立てず、ただ見守っているだけなのはどういう事なのだろうか?


そんな我々の疑問に答えるかのように、エレノア嬢がおずおずと唇を開いた。


「……あの、私はこの製法を使った果物や野菜を、冒険者の方々や貿易船の船乗りの方々に食べてもらいたいと思っているんです。特に船に乗る方々は、『壊血病かいけつびょう』になりやすいですから」


「『壊血病』?」


不思議そうな顔をした父に対し、エレノア嬢は「あ、そうだった!」とでも言うような、焦った様子を見せる。

そして、「壊血病とはビタミン不足により起こる病気で……」と言葉を続け、更に不思議そうな顔をされていた。というか、『ビタミン』とは一体なんだろう?


「えっと、ビタミンとは、野菜や果物に多く含まれている栄養素です。そして、それを長期間摂取しないと、身体のあらゆる部位に影響が出るんです。歯茎とか皮膚がただれたり出血したり、倦怠感から起き上がれなくなったり……」


驚いた。それは俗に我々海洋領地を持つ者達の間で『船乗り病』と言われている病気の事ではないか。


『船乗り病』とは、貿易や遠方の漁などで、長期に渡り航海している船乗りや商人達が頻繁に患う病の一つで、症状が現れても放置すると、先程エレノア嬢が言ったような重篤な症状が出て、最悪の場合は死に至る。


治療方法は、船に乗り込んでいる治療師ヒーラーに治してもらうか、船から降りて療養するしかないのが現状だ。


だが、希少な治療師ヒーラーを乗船させる事が出来るのは、大型船や金のある商人達に限られている。

同様に、治療薬ポーションもかなり高額だし、液体物ゆえに重い。だから荷物などの積み込みの関係で、それ程多く持って行くことが出来ないのだ。


それに、治療師ヒーラー治療薬ポーションがたとえあったとして、船乗り達がその恩恵にあずかれるかと言えば、難しいと言わざるを得ない。


そんな船乗り泣かせの、あの厄介な病の原因がまさか、野菜や果物の摂取不足だったとは……。


長期航海中は、その船に乗り込んだ上位者や貴族でさえ、物資補給に寄港する時以外、新鮮な野菜や果物はあまり食べない。ましてや船乗り達など、腹さえ満たせれば良いと、乾物やその場で捕れた魚を一ヵ月近く食べ続けることもザラだ。


『成程……。下っ端の船員ほど、多く発症する訳だ』


だが原因が判明しても、生の果物や野菜はすぐに腐るし、保護魔法をかけるにしても、やはり大金がいる。

一番確実なのは瓶詰にした保存食を携帯する事だが、やはり重量制限で引っかかるし、海がしけたりすれば瓶が破損する恐れがある。


『だがこの苺ならば、長期保存が可能な上に、破損しても問題ない。軽いから、沢山船に積み込む事も可能だ』


しかも彼女の話によれば、栄養素は殆どそのままなのだそうだ。まさに船乗りにとって、夢の食材。


……成程。だから彼女はこの目の前の苺を作った製法で野菜や果物を加工し、我がヴァンドーム公爵家に商品提携を持ち掛ける為、土産と称してこの苺を持ってきた……という訳か。


もし、我がヴァンドーム公爵家とバッシュ公爵家で、この商品の取引が成立すれば、海の白の提携事業と比べても遜色のない利益をバッシュ公爵家にもたらす事となる。

だからこそ、彼女がこの苺について説明をするのを、クロス伯爵令息も他の婚約者達も止めようとしなかったのだろう。



=====================



六花●のフリーズドライ苺菓子…美味しいですよね(*´艸`)

食いしん坊万歳なエレノアだったら、セドリックに「作ってv」とお強請りしそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る