第480話 食物連鎖と疑似的災害

4巻及びコミカライズ1巻発売です!!

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また、応援書店様用に書き下ろしSSも書いておりますので、そちらも合わせて宜しくお願い致します!


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う~ん……。それにしても、魚介類の大量死か……。魚や貝達には病気の兆候も外傷も一切なし……って、あれ?そういえばこの状態、なんか覚えがあるな……。えーっと……。あっ!!


「……『赤潮』……」


ポツリと呟いた私の台詞に、その場の全員が一斉に反応した。


「エレノア嬢!?何か思い当たることがあるのか!?」


公爵様の物凄い食いつきっぷりに、思わず背中がのけ反った。


「え、えっと……はい。ちょっと思い当たる事が……。でも、それが本当に原因かはよくわから……」


「なんでもいい!少しでも可能性があるのであれば、是非聞きたい!!」


公爵様の真剣な表情に、私はゴクリ……と喉を鳴らした。


これは「もしかしたら」の可能性の話だ。ひょっとして、ぬか喜びさせてしまうかもしれない不確定な情報だから、本当は教えたくない。


けれど、公爵様もご子息様方も、この領地と……特に、この広い領海内全てに力を注ぎ続けている奥方様の為にも、出来ることはなんだってしたいに違いない。


――私は覚悟を決め、引き結んでいた唇を開いた。


「私の前世では、時折『赤潮』という自然災害が発生することがあるのです。公爵様、この海域のどこかで、海の色が赤くなるといった現象が起こっていませんか?」


「海が赤くなる……?ああ、そういえば、他国の海域では稀に、海の色が濁ったり変な色になる時がある……と、聞いた事があるな」


ああ、やっぱりこちらの世界でも、赤潮は発生したりするんだな。


「だが、この大精霊が住まう海域で、そのそもそのような現象が起こったことは一度もないし、領民からも妻からも何も報告されていない」


「そうですか……」


今までの公爵様の説明。そして、外国の海で実際に『赤潮』が起こっている事を合わせると、今現在、この領海内で起こっている魚介類の大量死は、やっぱり『赤潮』による酸素欠乏症ではないかって思ってしまうんだよね。


『でもこの海域のどこにも、海が赤く変化した場所は無いというし……』


それにしても、ヴァンドーム公爵領……というか、アルバ王国では、海の色が変わるような現象は起こった事がないのっていうのが驚きだ。


多分、アルバ王国は精霊や妖精が最も多く存在している大国だから、それらの加護により、生態系が乱れた事が殆どと言っていい程なかったんだろう。

しかもこのヴァンドーム公爵領に関して言えば、大精霊セイレーンによって護られているんだもんね。


でももし『赤潮』でなかったとしたら、やっぱり考えられるのは魔力汚染だけれど……。それならば、セイレーンである奥方様が気が付かないわけがない。


「エレノア。その『赤潮』とは、どういうものなんだい?」


「う~んう~ん」と考え込んでいた私に、オリヴァー兄様が不思議そうな顔で問い掛けてきた。


「あ、はい。『赤潮』とは、海の中にいるプランクトンが異常増殖し、海の色が赤くなる現象です」


「プランクトン?」


「あ、プランクトンって……えっと、魚の餌になっている、微生物の事です」


「微生物が異常増殖……。それがなんで、海の生物の大量死に繋がるんだい?」


オリヴァー兄様も、他の人達も、全員が心底不思議そうな顔で私を見ている。え?こんなの割と一般常識ですよね?


……あ、そうか。


私の前世の世界は『魔法』が無い代わりに、『科学』が発達している。逆にこの世界には『魔法』があるから、こうした原因不明の異常現象が起これば、『何故このようなことが起こったのか』を解明する前に、魔法でなんとか出来てしまう。


だからこそ、こちらの世界では、こういった自然のメカニズムについての知識がないんだ。……成程、つまりはそこからですか。


「……あの。皆様は、『食物連鎖』という言葉をご存じですか?」


「食物連鎖?」


「えっと……。いや、聞いた事はないかな?」


兄様達も、ヴァンドーム公爵家御一行様も、戸惑ったような顔で首を横に振った。


「『食物連鎖』とは、私の元の世界で……えっと、ある一定の場所の生物間に、『食べる』『食べられる』という関係性を、一繋がりの鎖としたものの事です」


私の言葉に、兄様達やヴァンドーム公爵家御一行様方が、更に不思議そうな顔をしている。うう……。上手く説明するのって、難しいな。


「分かり易く言うと、海中において、小魚が海藻や微生物、小さなエビなどを食べる。そしてその小魚は、それよりも大きな魚に食べられる。その大きな魚は、イルカやサメなどの大型の捕食動物が食べる。その大型動物が死ぬと、微生物やエビなどがその死骸を養分とする……。これらを一繋がりの鎖としたものが、『食物連鎖』です」


私の説明を聞いたその場の全員が、驚愕した様子で目を丸くしている。更にぶっちゃけると、その食物連鎖の頂点って、実は人間なんですけどね。


「先程お聞きした、海の色が赤くなる現象ですが、それは『赤潮』と言って、その食物連鎖の最下位にいる微生物。……私の前世では『プランクトン』と言うのですが、それらが異常増殖する事により起こります」


実はこの知識、親戚の叔父さんの出身地域が沿岸部だったので、その人からの受け売りです。


「プランクトンが異常増殖すると、海中内の酸素濃度が著しく減少し、魚介類が酸素欠乏症により大量死します。その異常増殖には諸説ありますが、一番の原因は先程説明した食物連鎖の乱れと言われています」


「食物連鎖の乱れ……?」


公爵様の言葉に、私はコクリと頷いた。


「そうですね。例えば、大型動物が大量死した事による、海中内での栄養過多。またはそのプランクトンを捕食する魚介類が乱獲により減少し、プランクトンが増殖した……とかでしょうか?」


生態系とは、絶妙なバランスで成り立っているから、それらが少しでも乱れると、自然形態がすぐに乱れてしまうのだ。


……とはいえ、これはあくまでも私の前世の世界で起こる現象だから、こちらの世界に当てはめていいものかどうかは微妙なんですけどね。


「……いや、そのどちらも有り得ない。そもそもこの領海内は、母の縄張りだ。異変があればすぐに我々に知らせが来るし、乱獲などしようものなら、そいつらはすぐに海の藻屑だ」


クリフォード様のモノクルの奥の目が鋭く光る。

そりゃそうですよね。奥方様って、この海を統べる大精霊なんだから。


「私も専門家ではありませんので、これ以上の事はよく分からないのですが……。外傷もなく、病気でもないのに海中の魚が大量死する原因の殆どは、私の前世に関して言えば、水質汚染か赤潮の類です。でも水質汚染であれば、奥方様や公爵様方の魔力で浄化する事が出来る」


「……だが、未だに魚は死に続けている……」


「はい。ですから赤潮の発生とまではいかずとも、プランクトンが増殖している可能性があります。毒や魔力汚染なら、魔力で浄化出来る。でもそもそも、プランクトンは海に当たり前に存在する生物です。だから改善されなかった……のかもしれません」


私なりの雑学知識に対し、公爵様は顎に手を充て思案していたが、ふと思いついたように顔を上げた。


「そういえば、魚が大量死した海域の海の色が、少し白っぽくなっていたとの証言があったな。だが、それは死んだ魚が腐敗した影響かとばかり……」


「白っぽい!?なら、それは『青潮』です!」


「青潮!?」


「はい!『赤潮』が生きているプランクトンによる災害だとしたら、『青潮』は大量のプランクトンが死滅して海底に沈殿し、分解される過程で海中の酸素が大量に消費された事によって、極端に酸素濃度の低い……えっと、白い塊が出来るんです」


確か、それってなにかの有害物質だったよね?……何だったっけ……?ああっ!もうちょっと詳しく勉強しておけばよかった!


「あの……。あまり詳しい事は言えませんが、こちらもやはり魚介類の大量死を招く筈です……って、あれ?」


そこでふと、私の頭に疑問符が浮き上がった。


生きているプランクトンと違い、死んだプランクトンなら、それこそ奥方様や公爵様方の魔力で浄化されている筈だ。


公爵様方も、私の考えている事が分かったのか、ご子息様方と互いに戸惑ったように顔を見合わせている。


完全に行き詰ってしまい、途方に暮れかけていたその時だった。目を伏せ、何か思案していたオリヴァー兄様が、ゆっくりと唇を開いた。


「……公爵閣下。やはりこれは、何らかの魔力干渉が成されているものと思われます」


「どういうことだね?オリヴァー・クロス伯爵令息」


「エレノアが今話していた事は、今現在この領海内で起こっている現象と概ね合致します。なのに、大精霊である公爵夫人が事態を収束出来ずにいる」


途端、公爵様の表情が険しくなった。


「……成程。だから君は、この事態が魔力干渉によるものだと言いたいのかね?だが、ここには妻だけではなく、妻の血を継ぐ子供達や、私もいる。例えそれを成したのが帝国の『魔眼』持ちであろうとも、この海域で我々が遅れを取るなど、有り得ない!」


公爵様の、厳しい眼差しや口調を真っ向から受けながら、オリヴァー兄様は怯むことなく、再び唇を開いた。


「閣下。『転生者』であるものの、エレノアは普通の知識しか持たぬ一般人です。その彼女がこれほどまでの知識を持っているのです。……という事は、もし仮に専門知識を有する『転移者』もしくは『転生者』がいたとしたら……?」


オリヴァー兄様の言葉を受け、公爵様やアーウィン様方がハッとしたような表情を浮かべる。


そして、クライヴ兄様やセドリック……勿論私も、オリヴァー兄様の言わんとしている事に気付き、目を見開いた。


「今現在、最も多くの『転移者』や『転生者』を有しているのは……帝国です。もし奴らが、彼等の専門知識と己らの魔力とを合わせ、エレノアの言う『青潮』を疑似的に作り上げ、このような事態を招いていたとしたら……?」


オリヴァー兄様が話している内容は、あくまでも『仮説』に過ぎない。


でもその『仮説』は『限りなく真実に近い』のではないか……と、私は心の中で思いながら、戦慄したのだった。



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今回、エレノアの『転生者』としての知識が披露されました。

バッシュ公爵領でのアレコレも合わせ、これこそが『転生者』チートというものなのでしょうね。


そして、4巻及びコミカライズ1巻発売です!!

今回も、応援書店様用に書き下ろしSSも書いておりますので、そちらも合わせて宜しくお願い致します!

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