第463話 無礼には無礼を
「この海域で、我らヴァンドーム公爵家の……しかも直系が乗る船が魔獣に襲撃されることなど、本来であれば有り得ない。家門であるウェリントン侯爵家なら、そのことを知らない筈がない。……そうだろう?」
アーウィン様は静かにそう口にしながら、鋭い眼差しをキーラ様と、その専従執事の男性……ヘイスティングさんへと向けた。
えっと……。つまり、マテオが言っていた通り、ヴァンドーム公爵家への精霊の加護は噂ではなく本当の話だったということだよね?
確かに海の魔物であるのなら、水の精霊の加護がある者が乗っている船を、わざわざ襲うなんて有り得ないだろう。
『クラーケンを呼び寄せた』
そしてアーウィン様は、ヘイスティングさんにオリヴァー兄様が仰った言葉をそのまま向けた。
ということはひょっとして、アーウィン様はヘイスティングさんを疑っているの……?
でも、自分や守るべき主人が乗っている船をわざわざ襲わせるなんて、そんなことするだろうか?
アーウィン様のお言葉を受け、周囲の厳しい視線がヘイスティングさんに集中する。が、そんな四面楚歌な状況の中、ヘイスティングさんは動じる様子もなく、困ったような笑顔を浮かべているのみだった。
「勿論、存じております。ですから私も大変に驚いているのですよ。この海域は偉大なるヴァンドーム公爵家のいわば『聖域』。そんな場所で、まさかこのようなことが起こるなどと……。それになにより、大切なお嬢様が危うく魔獣の餌食になりかけてしまいましたこと、誠に遺憾の極みで御座います。主家の『加護』になにかが起こったのではないか……と、僭越ながら憂慮しております」
「……ほぉ……」
慇懃に臣下の礼を執るヘイスティングさん。それに対し、絶対零度の冷ややかさで彼を見つめるアーウィン様。
でもこれ、なんか上手くはぐらかしたうえに、キーラ様にかこつけて、やんわりヴァンドーム公爵家を非難しているような気がする。
流石はキーラ様の専従執事。絶妙な不敬っぷりだ。実際、アーウィン様は剣呑な光を宿した目を細めているし。
「ふざけたことを!だいたい船が襲撃されていた時、お前たちは最も安全な場所に閉じこもっていただけだろうが!」
そんなヘイスティングさんにブチ切れたか、ベネディクト君が彼に対し噛み付いた。
「それにキーラ!お前は何故、バッシュ公爵令嬢が危険な時だというのに、船内に入れようとしなかった!?もし万が一のことがあったら、どう責任を取るつもりだったんだ!?」
「な、なによ!あんな危ない時に、ドアなんて開けるわけないでしょ!?それこそ万が一、魔物や海水が入ってきちゃったりしたらどうするのよ!?だいたい自分が危険な時に、他人のことなんて気にしていられるわけないでしょ!!」
「――ッ!!お前……!!」
キーラ様の、あまりにも自分勝手な言葉に絶句しているベティ君に対し、ヘイスティングさんが……なにやら薄っぺらい笑みを浮かべながら唇を開いた。
「お忘れですかベネディクト様。私はキーラお嬢様の専従執事で御座います。専従執事の務めとは、お仕えする方を、いついかなる時でもお守りすること。キーラお嬢様の仰る通り、私にはお嬢様が傷つかれるようなことを避ける、義務と権利が御座いますゆえ」
ヘイスティングさんはベネディクト君に対し、まるで駄々をこねるなとでも言うかのような口調でそう言い切った。ようは、キーラ様を守る為なら、私を見殺しにしても構わないと言っているんだろう。
兄様達もそう感じたのだろう。彼らの背後から、静かな殺気が立ち昇っているのを感じる。
『なんだかヘイスティングさんって、凄くアルバ王国の男性らしくないな……』
いくらウェリントン侯爵家が、『男性血統至上主義』の過激派思想でも、主家であるヴァンドーム公爵家の直系であるベネディクト君は、見られたくない自分の姿を晒してでも私のことを助けようとしてくれた。
だから、『男性血統至上主義』だからとか、そういった類のものではなく、彼自身が異質なのだと感じる。
というか、ウィルやシャノンがさっきから小声で「なんだ、あいつ」「あり得ねぇ……」って呟いているのが聞こえてくるけど、私もそう思う。
いくら侯爵家のご令嬢の専従執事だとしても、彼はいち使用人。公爵家の直系で、しかも主家のご子息方に対し、あの言いぐさは有り得ない。
『まあでも専従執事としては、彼が言ってることは、ある意味正論なんだよね』
確かに専従執事には、例えば筆頭婚約者でさえも傍にいられない事態になったとしても、仕えるべき相手の傍を離れず守る義務と権利を有していると聞いている。
けれど、もし彼の立場がクライヴ兄様であったとしたら……。絶対にクライヴ兄様はキーラ様を見捨てて私だけを守るようなことはしなかっただろう。
「……有り得ない……」と、クライブ兄様がボソリと呟いた言葉こそ、私の考えが正しいというなによりの証だ。
そう、それがたとえ快く思っていない相手であったとしても……。きっと、私を全力で守りながら、可能な限りキーラ様も助けようと、精一杯力を尽くしていたに違いない。
それに多分だけど、他の専従執事達だって、大なり小なりそう動くと思う。だって、アルバの男ってそういう人達だもん。
ましてや、助けを求める相手が女性だったとしたら、己の命を犠牲にしてでも主と相手を全力で守り抜こうとするに違いない。うん、私のアルバ男に対する謎の信頼感がそう告げている。
「……よく分かった。つまりお前は、自分が『能無し』だと、そう言いたいわけだ」
アーウィン様の言葉を聞いたヘイスティングさんの眉がピクリと吊り上がった。
「私が能無し……ですか?」
「ああ。だってそうだろう?襲ってきたのは、数は多いがたかだかクラーケン。なのにお前は、船内に閉じこもって主従共々震えていたんだろう?それは、自分が魔獣から主を守れない無能だと知っているからこそだろうが。そりゃあ、婦女子の一人も入れてなるものかと、扉を意地でも開けなかったわけだよな」
ここで初めて、ヘイスティングさんの顔から、あの嫌なうすら笑いが消えた。だが更に畳みかけるように、アーウィン様が言葉を続ける。
「悪かったなぁ。まさか我が家門に連なる臣が、そんな弱虫だったなどと思ってもみなかったから、つい責めてしまったよ。……それにしても、普段大口を叩いているウェリントン侯爵家に連なる者がこのざまとは……。我が家門も落ちぶれたものだ。一度全体的に鍛え直さなければならないかもしれないな。なぁ?皆」
言葉通り、嘲笑うような表情を浮かべながら、自分の後方に目をやるアーウィン様の言葉を受け、周囲の船員(騎士?)達が一斉に忍び笑いを漏らす。
すると、ヘイスティングさんが心の底から不愉快そうな表情を浮かべた。
「……無礼な……!」
おおぅ!し、主家の嫡男のお言葉に口答え!?しかもあろうことか睨みつけましたよこの人!!
本当、流石はキーラ様の専従執事!そういったところも息ぴったりです!!
アーウィン様は笑顔を引っ込め、再び冷たい表情をヘイスティングさんへと向けた。
「無礼とは、こちらの言葉だ。……キーラ・ウェリントン。お前は呼ばれてもいないのに我が領地にのこのことやって来たばかりか、我が船に無理矢理乗り込んだ挙句、ヴァンドーム公爵家が招いた主賓に対して無礼の数々を行った。更にそれだけではなく、そこの使えない使用人共々、その主賓を命の危険に晒した。このことは、我が父に報告する。なんらかの処罰が下るのは覚悟するんだな」
「そ、そんな!!だって、私はベティの婚約者で……」
「そのことについても、ついでに見直すように父に進言することにする」
キーラ様の顔色がみるみるうちに青褪めていく。
「……まあ、流石にここまできてしまったのだから、島に上陸することは認めよう。だが主従共々、本邸に滞在することは許さん。来客用の離れに行くがいい。それと今後、私の弟の愛称は呼ぶことを禁ずる。家門の娘として、主家の者に対する正式な態度を取るように」
冷たくそう言い放つと、アーウィン様は周囲の船員達に指示を出し、キーラ様とヘイスティングさんを拘束させた。
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蛙の子は蛙…でしょうか?(ちょっと違う)
アーウィン様、ちょっと本気出してます。
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