第462話 助けてくれてありがとう!
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悪意を私に向けた事により、兄様方やセドリック達がキーラ様へ怒りの視線を向ける。
するとキーラ様は一瞬怯んだ後、最後に私を憎々し気に一瞥し、ツンとそっぽを向いた。
「ベティ、それでどういう事なのよ!?危うく怪我をしちゃうところだったじゃない!!」
そして、その鬱憤を晴らそうとでもするように、今度はベネディクト君に向けて口調を荒げる。……が。
「……ねえ、ベティ!……って、ちょっとソレ……」
なおもベネディクト君に文句を言おうとしたキーラ様は、ベネディクト君の『耳』を見るなり露骨に顔を顰めた。その目には、隠そうともしない嫌悪が浮かんでいて、ベネディクト君の顔が強張る。
心なし青褪め、俯いてしまった彼を護るように、アーウィン様の手が彼の肩へと回された。
彼は慈愛のこもった表情をベネディクト君に向けた後、精悍な美貌に鋭利な微笑を浮かべ、キーラ様の方へと顔を向ける。
だが、キーラ様はベネディクト君の変化に注視していた為、傍に居る彼の事には気が付いていないようだ。
『ああ……』
それを見た瞬間、私は海中でのベネディクト君の頑なとも言える態度が腑に落ちた。
――きっと彼は、こうやって何度も傷付けられてきたに違いない。
それはこうした態度だったり言葉だったり……。だからこそ彼は、あの時の私の発言が信じられなかったのだろう。
でも今まで彼の耳は、普通の人間と変わらない形をしていた。なのに何故、今の彼の耳はあのような形に変わってしまっているのだろうか。
『――!ひょっとして……!』
彼は自分の『力』を使うと、耳が今のような半透明のヒレのような形状になってしまうのではないのか?
『だとしたら、彼は私を助ける為に!?本当はあの姿を誰にも見られたくなかったに違いない。それなのに……!』
海底で、私が彼に言った言葉は本心だ。海の中で見たベネディクト君の『耳』は本当に綺麗で神秘的だった。だから、彼があんな風に蔑みの目で見られるなんて、絶対に間違っている!
私は兄様達からそっと離れる。
「エレノア?」と兄様達が戸惑いの声をあげる中、私はキーラ様からベネディクト君を隠すように、彼等の間に立った。
「――!?なっ……!?バ、バッシュ公爵令嬢!?なによ貴女!」
私が何をする気なのかと怯んだキーラ様を静かに一瞥した後、彼女からクルリと背を向ける。そしてベネディクト君の真正面に立った。ベネディクト君も私が何をするのか分からず、戸惑っているようだ。
私は水に濡れて身体に張り付いていたドレスの裾を持ち上げると、ベネディクト君に対し、最上位の者に対するカーテシーを行った。
「えっ!?」
「バ、バッシュ公爵令嬢……!?」
ベネディクト君とアーウィン様の驚いたような言葉。そして、幾つもの息を呑む声が聞こえる。
「ベネディクト様。貴方様の尊いお力をもって私を助けて下さった事、心より感謝申し上げます」
ゆっくりと顔を上げた私は、こちらを呆然とした顔で見つめているベネディクト君の、その半透明に透ける青く煌めく耳に目を向ける。
それから彼と視線をしっかりと合わせ、ニッコリと微笑んだ。
「――ッ……!!」
『あ……』
さっきまで蒼白だったベネディクト君の頬に血の気が戻ったような気がした。
海の中、私の言葉は頑なに否定されたけど、私が彼の姿を全く忌避していないって事が、このことで少しでも伝わるといいな。
「――ッ!なによ!じゃあ、貴女の所為であんな騒ぎになったのね!?バッシュ公爵令嬢!!」
「え?」
急に声をあげたキーラ様が、私を睨み付けながら指を差す。
「それで、ベティが
「「「「「…………」」」」
私を含め、その場の全員がキーラ様の言葉に呆気に取られ、目を丸くした。
いやまあ、確かに私の所為で騒ぎが拡大したっていうのは本当だけど、クラーケンの襲撃自体は私達の所為でもなんでもないよね?
というか危険もなにも、そもそも貴女、ずっと船内に閉じこもっていたでしょうが!!
……ん!?なんかうなじが静電気みたいにチリッとしたぞ?……って、まさかティル!?
あっ!よ、よく見たら、ウィルとシャノンが自分の刀の柄に手をかけてる!!やめてー!!
「……やれやれ。言い掛かりにしても酷過ぎる」
「なんですって!?」
「魔獣の襲撃の予知など、誰が出来るというのですか?ひょっとして、我々があのクラーケン達を呼び寄せたとでも?それは大きく評価されたものですね。まことに光栄至極。……ですが、残念ながらもしもそれが出来たとして、我々にはそれを行う利がなに一つありません。そのようなこと、良識と常識がおありなら分かりそうなものですがね?」
オリヴァー兄様の貴族言葉による毒吐き攻撃が炸裂し、皆の殺気が薄れていく。流石はオリヴァー兄様!
あっ!馬鹿にされたと分かったのか、キーラ様の眦が益々吊り上がった!
「だ、誰が貴方達を評価なんてしたのよ!?そ、それに、そういうことを言いたかったんじゃないわよ!!だいたい、貴方はいつもいつも偉そうに……!」
「……尤も、魔獣の襲撃など、ご令嬢でなくとも一大事です。知性も理性もどこかに置き忘れてしまう程に恐ろしかったのは想像に難くありません。深く同情致しますよ、ウェリントン侯爵令嬢」
そう言い終わるなり、オリヴァー兄様は慈愛(憐れみ?)のこもった微笑をキーラ様へと向けた。
兄様……。えげつない程に容赦がない。
キーラ様って一応女性なんですけど、いいんでしょうかね!?
「まあ……。どうしても責める相手がご入用であれば、招待された我々ではなく、この領地の主であるヴァンドーム公爵家にどうぞ?主家とはいえ、大切なご息女である貴女がお父上に泣きつかれれば、一緒に抗議をして頂けるかもしれませんよ?」
「あ、貴方……!伯爵令息の分際で、この私によくも……!!」
すると、屈辱に顔を真っ赤にして震えているキーラ様の背後から、彼女の専従執事である青年が穏やかに微笑みながらオリヴァー兄様に対峙する。
「オリヴァー・クロス伯爵令息。我がお嬢様に対し、いささか不敬ではありませんか?」
「不敬?私の言葉は不敬なのでしょうか?」
「ええ。お嬢様の仰るとおり、貴方様はただの伯爵令息。我がお嬢様は伝統あるウェリントン侯爵家のご息女。失礼ながら、家格が違いましょう。それにアルバの男であるのなら、女性は尊び敬わなければならないのでは?」
「ふ……。確かに格は違うようです。ええ、色々とね」
オリヴァー兄様は、クスリと小さく笑った後、含みのある極上の笑顔を専従執事の青年とキーラ様へと向けた。
それに対し、専従執事が動じず笑顔なままなのに対し、自分がコケにされたと感じたのであろうキーラ様が、顔を真っ赤にしながら口を開いた。
「クロス伯爵令息!!覚えていなさい!今までの暴言、お父様に全部報告するわ!!我がウェリントン侯爵家が本気を出せば、貴方の家ごとき、いくらでも潰せるんだから!!だいたい……」
「そこまでだ。……久し振りだな、キーラ嬢」
喚き声を遮るように、アーウィン様がキーラ様へと声をかけた。
「は!?なぁに!?船員がなんで私の名前を気安く呼んでいるの!?それに久し振りって……え?……な!ア、アーウィン様……!?」
キーラ様の訝し気な表情が一転、強張ったと同時に、ザッと血の気が引いた。
「う……嘘……。な、なんで……!?」
顔色を悪くした彼女に対し、アーウィン様は瞳に絶対零度とも言える鋭い光を宿しながら、ゆったりと笑った。
「おや?私の顔をようやく思い出してくれたようだね?何回も会った事があるのに、少し顔を隠した程度で分かってくれなくなるなんて、なんとも薄情なことだと思っていたんだよ」
アーウィン様の言葉に、キーラ様の顔にサッと朱が走る。……そういえば彼女、アーウィン様がウィン船長だと思っていた時、かなりな暴言を吐いていたような……。
「そうそう。なにやら、不慮の事故の事で文句があるようだな?いいだろう。わが父、アルロ・ヴァンドームの代理として、私が君の不平不満を聞いてやろう。さあ、包み隠さず言ってみるがいい」
アーウィン様の、穏やかな口調にそぐわぬ威圧に近い鋭い覇気に怯えたように、キーラ様が慌ててカーテシーを行った後、必死な様子でかぶりを振る。
「い、いえ。それは……」
「何もないのか?おかしいな。先程までの剣幕を見る限りでは、とてもそうは思えぬのだが……」
「……ッ……」
す、凄い!いつもだったらここで反論なり逆切れなりする筈なのに、あのキーラ様があんなに大人しくしているなんて!!
「そういえば、先程クロス伯爵令息が興味深い事を仰っていたな。確か『クラーケンを呼び寄せた』だったか?」
『え!?』
突然、自分の言った言葉を取りざたされ、オリヴァー兄様の眉根が寄る。
けれど、アーウィン様はオリヴァー兄様には目もくれず、ある人物へと鋭い視線を向けた。
「確かにそれなら、この海域に魔獣が出没した事も、あまつさえ我がヴァンドーム公爵家の船が襲われた事も、説明がつくというものだ。……なあ?そうは思わないか?そこの専従執事。確か名は……ヘイスティングと言ったか?」
アーウィン様に『ヘイスティング』と呼ばれた青年は、東洋風な顔立ちにどこか油断のならないような笑みを張り付かせながら、ゆっくりと頭を垂れた。
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アーウィン様、実は激おこです。
そしてオリヴァー兄様、昔はもう少しマイルドに対応していた筈ですが、色々あって成長したようです(つまり、容赦が色々なくなった)。
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