第457話 海中の救い手
バシャーン!!……と、派手な水しぶきを上げ、私の身体は勢いよく海の底へと沈んでいった。
光の加護により、透明の球体の中で護られている私は、当然というか濡れたり息が出来なかったりする事はない。……でもなんで、そのまま沈んでいくんだろう。普通、ボールって浮くよね?
「まあ、これ。ボールじゃなくて保護膜だからなー」
それに、海上を見上げてみれば、なにやらビカビカ明るい。
多分だけど、ティルの『雷』が炸裂しているに違いない。だったら今は、海の中にいた方が安全だろう。
船にいる人達やリアム達も、きっとそう思っているからこそ、すぐに私を助けに来ないんだろうな。……というか、かなり遠くに飛ばされたから、そもそもすぐには見つけられないのかもしれない。
でもさ、ティル。私が海に沈んだ途端に雷ぶちかますって、なんなの!?
そういうやんちゃしてると、またオリヴァー兄様にカーリーヘアにされちゃうよ?
◇◇◇◇
それにしても、海上にあんなにいたクラーケンが、海の中にはもう一匹もいない。
周囲を見てみれば、切り刻まれたクラーケンの肉片が、私と一緒に沢山沈んでいっている。
ひょっとしなくても、海底には討伐されたクラーケンが沢山沈んでいるんだろう。
しかもここら辺はかなり水深ありそうだし、海底に降り立ったら、そこは深海でした……とかいう事になりそうで恐い。
「上が落ち着いたら、自力で泳いで海上まで出た方がいいかもしれないな……」
流石にもうクラーケンに襲われる事はないだろうし、海上に出ればすぐに誰かが助けてくれるだろう。
『でもなー……。泳いで海上まで浮上するとして、ドレスだと水を吸ったら滅茶苦茶重くなりそうだしなー……』
今は加護で守られているから大丈夫だけど、普通の服でも水を吸ったら泳ぎ辛いと聞く。
ましてやそれがドレスだなんて、まさに地獄のように重くて泳ぎにくいに違いない。でもだからといって、ドレスを脱いで下着姿になる訳にもいかないし……。
「やっぱ、服の下に水着を着ておくべきだったな……」
でも水着、兄様達に見せた瞬間に炭になっちゃったんだよね……。
ジョナネェに頼んでわざわざ作ってもらった水着だったのに……。まあこの世界って、まだ水着が無いっぽいから仕方がないかな?
「あ、でも流石にコレだけは脱いでおこうかな」
このパーフェクトケープ。緊急事態だったから、今の今まで脱げずにここまできちゃったけど、流石にもう、てるノアからエレノアに戻らなくてはならないだろう。というか、そもそもてるノアになるなよって話だよね。
「よいっしょっと!」
首元の紐を解いて一気に脱ぐと、なんとなく身体が軽くなった気がする。まあ実際ケープの分だけ重かったんだけど。
『ん……?』
透明度の高い海だけど、クラーケンが暴れたのと、そのクラーケンの残骸で濁ってしまって視界が悪く、一メートル先もよく見えない。
そんな中、なにやら無数の黒い影が近付いてきている気がして目を凝らす。
するとその影が段々と形をはっきりさせ、見えてきたのは……。
「さ、サメ!?」
どうやらクラーケンの残骸目当てなのか、大きなホホジロザメのようなサメが次々とこちらに向かってやってくるではないか。
思わず、脳内のあのサメをモチーフにした恐怖映画のテーマソングが流れてくる。
案の定、サメ達は海中に漂うクラーケンの肉片に次々と齧り付いていく。
その際、大きな口とノコギリのような鋭い歯がバッチリと見えてしまい、思わず身体が恐怖で震えてしまう。
『こ、恐い……!!』
いくら、クラーケンの攻撃を完璧に防いでくれた光の加護に守られているとはいえ、やっぱりサメの大群に囲まれれば恐怖は募る。
けれど不思議と、サメ達はクラーケンを食べる事に夢中になっていて、私に対しては全く興味を示さなかった。
……いや、そのうちの何匹かは、私に気が付いた途端、興味深そうに周りをクルクル泳いだり、鼻先で加護の膜をツンツンつついたりしていたけど。
『や、やっぱりまだ恐いけど……。攻撃されなければ、海の生き物との触れ合いっぽいシチュエーション……かも?って、あれ?』
気が付けば、落下していた筈がいつの間にか止まっている事に気が付き、ホッと安堵する。
いや、周囲にサメだらけのこの状況、全然安心出来ないけど、深海にいっちゃうよりもマシだもんね!……マシ……かなぁ……?
「オリヴァー兄様、クライヴ兄様、セドリック、リアム……」
――誰でもいいから、早く助けに来てくれないかな?
そう思っていた次の瞬間、ゾクリ……と、凄まじい悪寒が全身を襲った。
『これは……。船上で感じたものと同じ……!?』
ねっとりと纏わり付くような、気持ちの悪い『悪意』そのもののような気配。
『ソレ』にまるで視姦されているかのようなおぞましさに全身に鳥肌が立つ。
すると突然、ドン!と、衝撃を感じて身体がよろけた。
「な、なに!?」
思わず声をあげるも、その後も次々と衝撃が襲い掛かってくる。
何事かと周囲を見回してみると……。
「ヒッ!」
なんと巨大なサメ達が大きく口を開け、加護膜に鋭い歯で齧り付いたり、体当たりをしているのだ。
先程の穏やかさ(?)が嘘だったかのような、その凶暴で荒々しいサメ達の突然の豹変に疑問が浮かぶも、今にもその鋭い歯で噛み殺されそうになっている恐怖に、私は半ばパニックに陥ってしまった。
しかも、先程までクラーケンに攻撃されても形を保っていた加護膜が、噛み付かれるたび、グニャリと形を変形させ、今にも壊れそうになっているではないか。
『うう……こ、恐いよ……!誰か……だれか、助けて……!!』
先程から感じる凄まじい悪寒と恐怖に、堪え切れず目から涙が零れ落ちる。
そんな中、一際大きなサメが他のサメ達を蹴散らしながら、こちらの方へと向かって来るのが見えた。
そうして大きく開かれた口は、私をひと飲みに出来そうな程大きくて、私は恐怖のあまり、身体を縮めながら目を固く瞑った。
『止めろ!!』
――え!?
突如、耳に聞こえてきた『声』に驚き、目を開ける。
すると、そこにはなんと、ベネディクト君が私をサメ達から背に庇うように『立っていた』のだ。そう、まるで地面に立っているかのように。
しかもあれだけ荒ぶっていたサメ達が、まるで波が引くように落ち着きを取り戻し、更にはサメの攻撃で変形していた加護膜も、綺麗な球体に戻っていく。
やがて、ベネディクト君が静かに手を横に振ると、サメ達は次々とその場から泳ぎ去っていってしまった。
その非現実的な光景を呆けながらボーっと見つめていると、ベネディクト君が、まるで水の抵抗を感じさせない、滑らかな動きで私の方へと近付いてくる。
――……え!?あれ?
いつの間にか透明度が戻った海に差し込む光の所為か、それとも水に揺らめく紺色の髪がそう見せるのか……。
ベネディクト君の耳の部分から、透けた魚のヒレのようなものが生えている……ように見えたのだった。
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エレノア、サメにすら好かれるようです。が、ちょっとピンチになりました。
そして、ベティ君の姿が……。
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