第453話 その為にここにいるんですよ
ほのぼの(?)回から一転、ドロドロsideです。
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――時は半刻前に遡る。
「キーラお嬢様。なにやら進捗具合が不穏ですねぇ?そろそろ学院の大半を手中に収めた頃だと思っていましたが、今回のご同行者様方、全員
船内の豪華な客室の中、やれやれ……といったように、わざとらしく肩を竦めるその姿には、仕えるべき主に対し、絶対忠誠を誓う『専従執事』としての態度は欠片も見受けられなかった。
「……黙りなさい、ヘイス。お前ごときが私に対し、不敬だとは思わないの!?」
そんな自分の従者に対し、キーラは苛立ちを抑える事なく冷たい言葉を投げかける。
「それは失礼致しました。ですが私の雇い主はお嬢様ではなく、あくまでも旦那様ですから」
慇懃無礼な態度で首を垂れる目の前の男……ヘイスティングを、キーラは忌々し気に睨み付けた。
自分が領地から王都へと向かう時、父が自分の専従執事として付けたのが、このヘイスティングという男だ。
全体的に頼りなく、貧相とも言える体躯。自分を敬う様子が欠片も見られないその態度。なによりも気に入らないのは、その平凡な容姿だ。
なにもかもが侯爵令嬢であり、いずれは高貴な方の隣に並び立つ身である自分に、あまりにも不釣り合いだ。
『あのバッシュ公爵令嬢の専従執事……』
――クライヴ・オルセン。
あの有名な、『ドラゴン殺し』の英雄にして、この国の大将軍であるグラント・オルセン子爵の一人息子。
父親であるグラント・オルセンの才覚と美貌を全て受け継ぎ、王家の覚えめでたき若き英傑。
しかも王家直系である第一王子、アシュル殿下の親友であり、あの女……。エレノア・バッシュ公爵令嬢の婚約者の一人なのだ。
『せめてあれぐらいの男でなくては、私には釣り合わないわ!』
一目見て気に入り、自分の持つ『反転』の力で、あの忌々しい女から奪い取ってやろうと思っていたのに……。
『ううん、あの男だけじゃないわ!』
何故か、エレノア・バッシュの周囲にいる男達のことごとくに対し、自分の『力』はまるで役に立たない。それどころか警戒され、距離を取られてさえいるという有様だ。
しかも、あの女の筆頭婚約者であるオリヴァー・クロス伯爵令息。
その美しさと優秀さは、人づてに散々聞かされていた。けれど卒院式の時に見た彼の姿は、噂や想像を遥かに凌駕していた。
――夫には出来ないけど、自分の愛人の一人にしてあげてもいい。
そう思える程に、その美しさにはただただ圧倒された。
『――ッ!なのに……!!』
彼の、婚約者であるエレノア・バッシュに対する溺愛と執着についても散々聞かされてはいたが、本当に『万年番狂い』の二つ名の通り、その執着は凄まじいの一言だった。
初対面で自分に全く靡かないばかりか、当然とでも言うかのような、あの無礼な言葉と態度の数々。そして侮蔑すら含んだあの冷徹な眼差し。
『きっと、あの女に散々私の悪口を吹き込まれていたんでしょうけど……でもそれにしたって、なんで私の「反転」が効かないのよ!?』
魔力量の多さ?あの女に対する愛情と執着の強さ?……いや、それはないだろう。
入学当初、試しにと『力』を使って堕とした高位貴族達は、その殆どかあの女の信奉者だったにもかかわらず、軒並み自分に夢中になったのだから。
何故か全員、すぐに正気に戻ってしまったが、それでも『力』が効いた事には変わりない。
不信を抱かれないよう、ベネディクトやヴァンドーム公爵には、まだ『反転』を使わないようにと父には言われている。
『ヴァンドーム公爵家は、現当主になってから腑抜けてしまったとはいえ、「裏王家」と言われる程の名家だ。事は慎重に進めなくてはならない』
それが父の言い分だ。
確かに、自分の『力』が効かない相手がこれだけ出ている今の状況では、父の言葉に従い、『力』を使わないでいて正解だったのかもしれない。
「ああ……。それにしても、本当に最悪だわ!」
リアム殿下とバッシュ公爵令嬢が、ヴァンドーム公爵家本邸に招かれたという情報を掴んだ父の命令により、ベネディクトの『婚約者』として、ヴァンドーム公爵家本邸に行く事になってしまった。
初めてやってきたヴァンドーム公爵領だが、空気は暑いし、どこもかしこも磯と海産物の匂いで臭いし、本当に気が滅入る。
なによりも、自分よりも厚遇され、絶世とも言える美貌を持つ男達に傅かれている、エレノア・バッシュ公爵令嬢の姿を目にするだけでも腸が煮えくり返った。
素敵な真珠を沢山手に入れられたのだけが救いだが、エレノア・バッシュ公爵令嬢に不快な言葉を投げかけられたし、支配人からも無視されてしまうしで、結局不快な思いをする羽目となってしまった。
「見ていなさいよ……!いずれ私の『力』で、この領地の連中全てを傅かせてやるんだから!」
「あー、それの事ですがね。今のお嬢様のお力では難しいと思いますよ?」
つい、心の声が口から出てしまった所を、すかさずヘイスティングが拾う。
次の瞬間、凄まじい形相でキーラに睨み付けられても、ヘイスティングは平然とした態度のまま、言葉を続けた。
「だいたい、いちいち相手の好感度を下げてから、『反転』させるだなんて、手間もいいところだし、『力』が効かなかった場合、ただお嬢様が嫌われて終わってしまうんでしょう?凄い能力だけど、効率が悪すぎなんですよね~」
「――ッ!う、うるさいわね!!黙りなさいよ!!」
カッと顔が熱くなる。辛辣な言葉で言い返してやりたくても、今言われた言葉が真実であるがゆえに、次の言葉が上手く出てこない。
「しーっ、お嬢様。いくら防音結界を張っているとはいえ、あまりにも騒がしいと誰かが駆け付けてしまうかもしれませんよ?」
そう言って人差し指を立て、口元に持っていくヘイスティングに、更なる怒りが湧き上がる。
再び怒鳴りつけてやろうと口を開いたキーラは、ヘイスティングが放った言葉を聞いて、叫ぼうとした言葉をそのまま飲み込んだ。
「だって単純に、相手の感情を弄る方が手っ取り早いし楽でしょう?例えば、あのバッシュ公爵令嬢の婚約者の気持ちを、『反転』させるとか」
なんてことないように告げられた台詞に、キーラは一瞬虚を突かれ、怒りを忘れる。
「そりゃあ……確かにそうだけど……」
「ええ、ええ。分かっていますよ。お嬢様はご自身に向けられる感情しか『反転』する事が出来ないんですものね?」
「…………」
キーラが再びヘイスティングを睨み付ける。
だが先程に比べ、全く力の入っていないそれに、ヘイスティングが薄く笑う。
その顔を見て、馬鹿にされたと感じたキーラは、一気に悔しさと羞恥心が湧き上がった。
そう、確かに自分の力は『自分自身に向けられる』感情しか『反転』出来ない。
以前、何度か他の者への感情も『反転』しようとしたのだが、どうしても上手くいかず、諦めていたのだ。
「ふふ、お嬢様。まだ未発達であるとはいえ、お嬢様のお力は素晴らしいものですよ。……大丈夫、お嬢様のお力を存分に発揮出来るよう、私がお手伝い致しましょう。その為に、私はここにいるのですから」
そう言って嗤うヘイスティングの表情は、いつもの飄々としたものではなく、研ぎ澄まされた刃物のような鋭いもので彩られていた。
そのあまりの変りように、一瞬ヘイスティングが別人になったような錯覚を起こし、ゾクリと背筋に震えが走る。……だが、それは恐怖からではなかった。
『悪く……ないわね』
ただの平凡でつまらない男が、突如として野生の獣のような雰囲気を纏う。瞳に浮かぶ好戦的ともいえる紅い光彩に、何故か胸が高鳴った。
「ではお嬢様。まずは少し実験をしてみましょう」
そう言うと、ヘイスティングは胸元から小さな丸い水晶を取り出した。
「この珠に、今貴女が最も傷付けたい相手を想像し、『力』を込めてみて下さい」
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てるノア進撃の足元で、密かに黒い企みが進行しておりました。
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