第454話 クラーケンの来襲

バシャーン!!


大きな波しぶきと共に、船がグラリと揺らいだ……瞬間、私の周囲で転がっていた船員さんや兄様達が、今までの状態が嘘だったかのような俊敏さで飛び起きた。


「えっ!?な、なに!?」


「エレノアお嬢様!!そのまま私の後ろにお下がり下さい!!」


驚いて立ち上がった私を背に庇うようにしながら、シャノンが抜刀した。


更には私達の周囲に、ローブを纏った人達……『影』が、次々と飛来してくる。


――え!?い、一体なにが……!?


すると、ザザザ……と海が割れる音がした直後、盛大な波飛沫を上げ、沢山の足を持った巨大な『何か』が目の前に現れたのだった。


「な……っ!!タ、タコ!?」


そう。目の前にいたのは、身の丈十五メートルはあろうかという、巨大なタコだったのだ。


帆船よりも大きなソレを見た瞬間、私は愚かにも『これって、何人分のタコ焼きだ!?』と思ってしまった。

うん、人間ビックリし過ぎると、思考がショートするよね。


「お嬢様、違います!あれは『クラーケン』です!!」


「ク、クラーケン!?」


私のタコ発言に、シャノンが律儀に訂正する。そ、それって海に生息する魔物の名前じゃないか!!


ゲームや漫画や小説なんかでは、巨大な魚人だったり巨大イカだったりと、設定がそれぞれ違っていたけど、まさかこんな、まんま巨大なタコだったとは!!……焼いたら美味いのだろうか。いや、あんまりにも大きいから、見た目通りの大味なのかもしれない。


――駄目だ!まだ頭がショートしているのか、食い物系にいってしまう!


「エレノア!!馬鹿な事を考えていないで、君は早く船内に避難するんだ!!」


「オ、オリヴァー兄様!!」


オリヴァー兄様!こんな時でも思考を的確に読むなんて!!あれ?ひょっとして私、口に出していたかな!?


「悲鳴も上げずに、そんな顔していれば、誰だって分かるから!!」


「えっ!?そんなに物欲しそうな顔していましたか!?」


「違う!!いいから早く行きなさい!!」


す、済みません、オリヴァー兄様!!でも敢えて言わせて頂ければ、これでもビックリはしていたんですよ!?


「ウィル、シャノン!!エレノアを連れて早く船内へ!!」


そう言うなりオリヴァー兄様は刀を構えながら、私の前へと立ちはだかった。


「オリヴァー様、畏まりました!!さぁ、お嬢様!こちらへ!!」


そう言うなり、私を守る為に抜刀しているシャノンの代わりに、ウィルが私を小脇に抱えて走り出した。


そうだよね。私の恰好、まだてるノアのままだから、ちょっとまともに歩けないんですよ。ごめんねウィル。ご迷惑おかけします。


その間にも、クラーケンが立てた波飛沫により、船が大きく揺らぎ、飛沫が雨のように空から降り注いでくる。が、幸いというか私自身は、パーフェクトケープのお陰で濡れずに済んでいた。うん。これ、レインコートにも最適だな。


巨大な魔物を目の前にしているというのに、私がこんなに余裕なのは、私を守ってくれる人達が皆、化け物レベルに強い事を知っているからだ。


むしろ、この大ダコの末路を考えると不憫ですらある。


丸焼きか氷漬けか切り刻みか……。まあでもあのクラーケン、船に近すぎるから、延焼を避ける為に火の魔力は使わないだろうから、丸焼きは免れるだろう。


なんて事を思っていたら、護衛騎士の方々が、魔力を纏わせた刀で、一斉に完膚なきまでに切り刻んだ!す、凄い!瞬殺だ!!


途端、痛みに暴れるクラーケンにより海上が波打ったことにより、船が大きく揺れた。


「ッ!くっ!!」


「わっ!」


「あっ!も、申し訳ありません!お嬢様!!」


大きな揺れに、ウィルが慌てて体勢を整える。が、たたらを踏んでしまって歩くのはおろか、立っている事もままならない状態になっている。

見れば兄様達も、バランスを取るのに苦戦している様子だ。やはり慣れない船上では、本来の動きを発揮できないのだろう。


「失礼します!!」


「えっ!?」


声をかけられた次の瞬間、身体がフワリと浮き上がったと思うと、いつの間にか私の傍に来ていたベネディクト君が、転倒寸前のウィルの手から私を受け取り、横抱きにした。


「え……あの?」


「申し訳ありません。ですが海に不慣れな方では、このような状況で人を抱えながら移動するのは困難かと……」


そういうと、ベネディクト君は腕の中の私と目が合った瞬間、バッと顔を逸らした。少しだけ肩が震えているので、どうやらまた腹筋崩壊になりかけたらしい。すみません。本当、こんな格好で御免なさい。


「と、取り敢えず避難しましょう!従者の方々もこちらへ!」


「はっ!申し訳ありません!!」


私をなるべく目に入れないよう、慣れた足取りで船内へのドアへと向かったベネディクト君。


「――――…」


『え?』


小さく呟かれた彼の言葉を耳にし、私は小さく首を傾げた。





◇◇◇◇





そうして船内へと続くドアの前へと辿り着き、ドアノブに手をかけた瞬間、ベネディクト君の目が驚愕したように見開かれた。


「――ッ!!なんだ!?ドアが開かない!!」


「えっ!?」


焦った様子でガチャガチャとドアノブを回した後、彼は船員さん達に向けて声を張り上げた。


「誰か!ここに!!」


ベネディクト君の声を聞き、数名の船員さん達が瞬時に私達の方へと駆け付けてくる。というかベネディクト君もだけど、流石は海の男達。こんなに揺れているのに、歩いたり走ったりする様子が全く危なげない。


「ベネディクト様!?」


「若!どうされましたか!?」


「お前達の中で、誰かここのドアを閉めた奴はいるか!?」


ベネディクト君の問い掛けに、船員さん達が揃って顔を見合わせ、動揺しながら首を横に振った。


「い、いえ!そもそもここは、緊急時の為に、外からは鍵をかけられないようになっております!!」


「ッチ!じゃあ内側からか!!この中にいるのは誰だ!?」


「キーラ様と、キーラ様の専従執事だけで御座います」


「分かった!!おいっ!!キーラ!!聞こえるか!?従者にこのドアの鍵を開けさせろ!!」


ドンドンと、思い切りドアを叩きながら怒鳴りつけるベネディクト君。けれど、中からはうんともすんとも反応がない。


「あのっ!今は緊急時ですし、ドアを蹴破る事は出来ないのでしょうか!?」


再度、忌々し気に舌打ちをするベネディクト君に対し、思わずといったようにウィルが進言する。が、それに対し、ベネディクト君はかぶりを振った。


「いや、それは出来ない。このドアには万が一の時の為に、船内に水が入らないようにしているんだ。それと、もし船が破損したり転覆した際には防御結界が展開し、客室全体が救命艇になるよう、特殊な術式が付与されている。……もしそれが少しでも壊れてしまえば、術式が機能しなくなってしまう!」


そ、そうか!確かにそうなってしまったら、避難場所にならないもんね。


「で、ですがベネディクト様!クラーケンも、護衛騎士達によって討伐寸前です。そろそろ精霊島に近くなった今なら、鍵を壊しても問題はないかと……」


「それは……そうだが……」


船員さん達の言葉に、未だベネディクト君は躊躇したままだ。


……ひょっとして、ベネディクト君が鍵を壊す事を渋っているのは、先程呟いたあの言葉が関係しているのかな?


すると突然、ウィン船長の鋭い声が船上に響き渡った。


「総員、警戒態勢!!――来るぞー!!」


『何』が?……と思う間も無く、船の周囲から無数の水柱が立つ。そしてその中から、次々とクラーケンが出没したのだった。



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皆様の予想に反し、全く可愛くないのが出てまいりました!!(゜Д゜;)ニゲテー

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