第451話 パーフェクトケープ

シャノンは傍仕えで美容班でもあるけど、今回もバッシュ公爵領の時と同様、護衛騎士の役割も兼ねてついて来てくれた。

その為、私達とは距離をとって周囲の監視をしていたのだが、オリヴァー兄様に呼ばれた途端、「瞬間移動か!?」とばかりに素早く私達の目の前へとやって来た。


「オリヴァー様、御用でしょうか?ああ、我らが無垢なるお嬢様に破廉恥な姿を晒した者達への粛清をご用命でしょうか?お任せ下さい!では早速……」


「あー……。命じたいのは山々だけど、違うから。……えっと、エレノアがアレを食べたがっているんだ。なので万が一にも粗相がないよう、君にエレノアの補佐をして欲しいんだが……」


ああ、成程。「お嬢様の美しい装いは我々が守る!」が信条の美容班、シャノンであれば、私が理性を無くして海鮮を貪ろうとしても、なんとかしようとするだろうって踏んだんですね。

まあ実際バッシュ公爵領では、集積市場への視察に行った際、私にピッタリ張り付いた挙句、鉄壁のガードで一切の試食をさせてくれなかったからな……。


まてよ?シャノンが私に付くって事は、「貝の汁が飛ぶ!臭いがドレスに付く!」って、海鮮食べるのを阻止されてしまうって事では!?ひ、酷いや兄様!


ウルウルと目を潤ませ震える私に気が付いたシャノンは、私の心配を的確に察し、安心させるように微笑んだ。


「ご安心下さいお嬢様!このような事もあろうかと、とっておきのものをご用意してまいりました!」


そう言いながら、シャノンがドヤ顔で胸元から取り出したもの。……それは、光沢のある大きな白い布だった。


「さ、お嬢様!これをお召しくださいませ!!」


「……え?」


召す?その布を……?


首を傾げる間も無くシャノンは私の頭から帽子をスポッと外し、ウィルへと渡すと、手にした白い布を広げた。


『あれ?なんかぽっかり穴が空いている?』


しかも、なんか穴の一部に袋のようなものがついているうえに、オレンジ色の何かが……?と思う間も無く、スポッと頭から白い布が被せられた。


『え?』と思っている間に、袋の部分が頭に被せられる(あ、これフードだったんだ)と、首元を紐でキュッと結ばれてしまった。


……えーと……?


「……あの……シャノン?」


『これは一体?』という私の心の声を読み取ったシャノンは、大きく頷いた。


「はいっ!これは私がお嬢様の為に開発した、あらゆる汚れからお嬢様をお守りする防護服……その名も『完全防護パーフェクトケープ』で御座います!!


完全防護パーフェクトケープ……?」


え?なんなのそれ?


「はい!……私、集積市場でエレノアお嬢様を悲しませてしまった事、心の底から反省したのです。あの時は白いドレスをいかに死守するかで頭が一杯で、お嬢様にはマンゴーの欠片しか食べさせて差し上げる事が出来ませんでした……!」


うん、あれは悲しかったよ。しかもシャノン、毒見と言って、ちゃっかり一番大きなマンゴーを食べてたし。


「その反省から生まれたものこそ、この『完全防護パーフェクトケープ』です!しかもお嬢様が以前仰られていた、日光遮断素材を使用しておりますので、汚れからも日焼けからも、お嬢様の頭の天辺から爪先までお守り出来る完璧仕様!これでいつでもどこでも心置きなく、食事を楽しむ事が出来ましょう!」


どやあぁ!!と言い切るシャノンの笑顔が眩しい。


……うん、本当に凄いと思う。


UV素材をいつの間に開発したのか!?というところもそうだけど、主に見た目のインパクトがね。

というか、わざわざ帽子取ってフード被んなくても……。


「お嬢様。お顔は後でお化粧直しが可能です。ですが、髪や服に付いた臭いや汚れをすぐに落とす事は不可能なのです!私は穢れなき天使たるお嬢様を、あのオレンジ……いえ、『アレ』に貶められる事は耐えられない……!!」


な、成程。キーラ様対策だったのか。というかシャノン、仮にも侯爵令嬢をオレンジだの『アレ』だの言っちゃってるよ!流石は女性に厳しい第三勢力者!侯爵令嬢に対しても容赦なし!!


「……実は私、あの焼き物通りでこれを出しかけていたんです」


「えっ!?そうだったの!?」


「はい。……ですが、流石にそれは……」


そ、そうだよね。流石にこれをあの通りでやったら、間違いなくバッシュ公爵家の威厳が……!


「お嬢様が歩き辛いと思ってやめました」


えっ!?やめた理由、そっち!?


「ですが!ここならコレを使い、(煙と汚れから)お嬢様を完璧にお守りしつつ、海の幸を心ゆくまで堪能して頂く事が出来ます!!」


「……うん。す、凄いね。……えっと、有難う?」


私は、引き攣り笑顔でシャノンにお礼を言った。


「いいえ!お嬢様の御為でしたら、私はどんな事でもさせて頂きます!」


更にドヤ顔をキメるシャノン。そして『無』になる私。


……だってさ、いくら汚れとキーラ様対策だからって、フードで頭部、完璧に覆っちゃてるから、出ているの顔だけなんだよ。まあ、だからこそ名前の通り鉄壁の守りなんだけどね。うん、それは本当に凄いと思います。……思うんだけど……っ!


鏡を見なくても分かる。これを着た私の姿ってどう見ても、遠足や旅行前に軒下にぶら下げて「明日天気になあれ」って願掛けするグッズだよね。……そう。いわゆる『てるてる坊主』。


シャノン……。いくら私を(汚れから)守る為とはいえ、うら若き淑女を『てるてる坊主』にするなんて思わなかったよ。

流石は美容班。美しい装いを守る為なら、淑女としての何かを捨てさせる事も厭わないとは……。うん、もう本当に完敗だよ。


余談ではあるが、私が被っているフードには、シャノンの精一杯のおしゃれ心からか、私のトレードマークであるオレンジ色のリボンが、ちょこんとついていたんだそうだ。なんとも自己主張の強いてるてる坊主である。


『えっと……。というか……』


私は死んだ目になりながら、さっきから異様に静かな周囲を見回してみた。


すると案の定、傍にいたウィルだけでなく、オリヴァー兄様やクライヴ兄様、更にはセドリックにリアムにマテオまでもが、身体を震わせながら甲板に撃沈していた。


護衛騎士さんは、流石の根性で膝崩れはしていないみたいだけど、皆お腹抱えて前かがみになっているし、船員さん達に至っては、そこら中でお腹抱えたり口元に手を充てたりしながら転がって震えている。


船長さんとベネディクト君は……。ああ、ベネディクト君は片膝突いて口元に手を充てて震えているけど、船長さんは騎士達同様、しっかり立ったまま俯いてブルブル震えていますね。


まあようするに、私とシャノン以外の全ての人達が、揃って撃沈していた。


うん、そうだよね。由緒正しき公爵家のご令嬢が、いきなりてるてる坊主になれば、そりゃあこうなるよね。ええその気持ち、凄くよく理解出来ます。


にしても、やはりレディーファースターの血のなせる技か、誰も……そう、船員さん達までもが誰一人として声を出して笑っていない。……いや、でも確か二か所から「ぶはっ!」って噴き出す声が小さく聞こえた気がしたな。誰だったんだろう、あれ。なんかやけに、デジャヴを感じる声だったんだけど。


『う~ん……。だが笑えないからこそ、間違いなく腹筋が崩壊したに違いない』


ということは、明日は全員もれなく筋肉痛だね。ご愁傷さまです。


唯一の救いはといえば、キーラ様がここにいない事だろう。いたらどんな嘲りが私を襲ったか、考えるだけでも恐い。良かった……彼女が海嫌いで本当に良かった。


私は現実逃避をするように、そのままの恰好で空を見上げた。


「……空が青いね、シャノン……」


「そうですねぇ。あ!お嬢様、大きな白い鳥が沢山飛んでいます!」


「わぁ、ほんとうだー」


……確かにカモメ、やけに沢山飛んでるなぁ。サンマかイワシの大群でもいたのかな?あ、ひょっとして海鮮を狙っている……とか?


そこで私はハッと我に返った。


そうだよ、海鮮!なんの為に私はこの格好てるてる坊主になったと思っているんだ!全ては海鮮を美味しく頂くためじゃなかったのか!?


「シャノン!」


「はい!お嬢様!!さ、こちらにお座りを!」


一瞬で私の思考を理解したシャノンが、バーベキュー台(?)の前に椅子を用意する。私は撃沈している兄様達を尻目に、いそいそとそれに腰かけた。


ああ、海鮮の焦げた脂の匂いが鼻腔と空腹をこれでもかと刺激する。


――折角恥かいたんだ……食べよう!!


そう決意した私に、もはや一切の迷いは存在しなかった。


そう。ここにいるのは、もはや公爵令嬢の私ではない。ただの食いしん坊なてるてる坊主……もとい、『てるノア』という生き物だ!


たった今からそうなった!



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失うもの(公爵令嬢としての何か)と引き換えに、最強の防御力を身に着けたエレノアでした。

そして、シャノンのエレノア菌キャリアが末期になったもようです。(;゜д゜)ゴクリ…

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