第448話 けしからん腹筋

キーラ様の傍若無人な態度のせいで、険悪になってしまった場の空気を払拭するように、ウィン船長が声を上げた。


「さーて、皆様方!荷を積み終えましたら、我が領主様ご一家がお住まいになる島……通称『精霊の島』へと向かいます!暫しの快適な船旅を、どうぞお楽しみくださいませ!」


陽気にそう言うと、ウィン船長は私達に対し礼を取った。


「――!」


その姿は高位貴族のように洗練されたもので、思わず息を呑んでしまう。


「船長、世話をかけるが、航海中宜しく頼む」


あの・・者の無礼は気にするな」と続けたリアムに対し、ウィン船長は嬉しそうにニカッと笑った。


「リアム殿下、身に余る栄誉に御座います。なぁに、気にしちゃいませんよ!ああいう貴族のご令嬢は、我ら海の者にとって『ダツ』のようなもんですから。ともかく殿下方の快適な航海、ヴァンドーム公爵家の名にかけて、粉骨砕身努めてまいります」


王族に対しても堂々とそつなく会話を交わしているウィン船長。私はその姿を、失礼にならないギリギリで見つめた(勿論、素晴らしい胸筋と腹筋はスルーしましたが)

あの優雅な物腰と堂々たる態度。ついでに、キーラ様の暴言を華麗に受け流す度量。やはり船長を任される人は一味違う!


というか気になったんだけど、『ダツ』って確か、尖った口をしている魚だよね?


釣り人や漁師に向かって、猛烈なスピードで襲いかかり、体を容赦なく突き刺してくる、サメと同じくらい危険と言われてる魚だったような……。ウィン船長、何気に凄い事言ってるよ。


『う~ん……。それにしても……』


船長さんって、もっと年季が入ったガタイの良い、見るからに『ザ・海の男』といった感じの人だろうと勝手に思っていたんだけれども、実際のところは物凄く若そうに見える青年だった。なんなら他の船員さん達の方が、年上に見えるしムキムキだ。


あ、勿論、ウィン船長もガタイが良いですよ?でもムキムキって訳ではなく、どちらかといえば細マッチョ……いやいや、何を身体つきに関して力説しているんだ私は。


しかもウィン船長さんってば、そこはかとなく所作が上品だ。……ひょっとしたら、ヴァンドーム公爵家の家門の貴族なのかもしれないなと、やはり勝手に想像してしまう。


その根拠となったのは、海賊縛りからパラリと出ている前髪の色だ。


それはヴァンドーム公爵領の貴族に多いとされる青系統で、色味は……ベネディクト君より、やや濃いめの紺色。


『ひょっとしたら船長さん、ヴァンドーム公爵家の分家の人だったりして』


勿論、安直に髪の色で判断するべきではないと分かっているんだけれど、目を隠していても、しっかり美形だと分かる顔の造作といい、あの只者ではない見事な腹筋といい、やっぱり一般庶民とは違うなにかを感じるのだ。


そんな風に、失礼ではない程度に腹筋を避け、チラ見しながら観察していたら、いきなりウィン船長と目が合ってしまった(実際は、目が髪で隠れて見えないんだけど)。


するとウィン船長、私に対してニッコリ笑顔を浮かべながら、なんと貴族の礼を取ったではないか!


慌てた私は、咄嗟にスカートの両端を摘まみ、しっかりとしたカーテシー挨拶を行ってしまう。


『あ!しまった!!』


それに気が付いたのは、もうお辞儀してしまった後だった為、「こうなったら……」と腹を括り、ついでとばかりに丁寧な挨拶をする事に決めた。


「エレノア・バッシュです。ウィン船長、この度は私達の為に船を出して頂いた事、バッシュ公爵家直系の娘として、心よりの感謝を申し上げます」


そうしてしっかりと挨拶をした後、おもむろに顔を上げる。すると息を呑んだように固まってしまったウィン船長の姿が目に入った。


「あ、あの……?」


戸惑いがちに、声をかける私を目にしたウィン船長の表情が、元通りの笑顔に戻った。


「ああ、失礼。少し驚いてしまいまして……。バッシュ公爵令嬢。しがない船乗りである私ごときに対し、丁寧な挨拶をして頂いた事、まことに光栄です」


「え?あ、いえ……」


何か粗相をしたのかと焦っていた私だったが、ウィン船長の言葉にホッと胸をなでおろす。

そんな私を、ウィン船長は前髪越しにジッと見つめた後、フッと口角を上げた。


「それにしても……なんとも愛らしいお方だ」


「はい?」


「いやね、お嬢様のあまりのお可愛らしさに、一瞬言葉が出なかったんですよ。いやぁ、眼福眼福!」


――海の男の褒め殺しキター!!


私に対するストレートな称賛に、思わずボンッと顔が赤くなってしまう。それと同時に、左右と背後から、暗黒オーラが噴き上がったのを気配で感じた。……うん、間違いなく兄様達ですね。


し、しかし油断した!流石はアルバ男!荒事上等な海の男だろうが、女性に対する美辞麗句スキルはしっかり健在なんですね!?


「……ウィン。ふざけていないで、さっさと出航しろよ」


引かない顔の火照りを持て余していると、何故かベネディクト君がウィン船長に対し、不機嫌そうに言い放った。するとウィン船長は、そんなベネディクト君を面白そうにニヤニヤしながら眺めている。


「ウィン!」


「はいはい、失礼しました。おーい、お前らー!出航するぞー!!」


ウィン船長の掛け声と共に、船がゆっくりと動き始めたと思うと、そのまま波の上を滑るように走り出した。


「うわぁ……!凄い!!」


前世でのモーターボートと違い、帆船はどうしても波の影響を受けやすいというのに、殆ど揺れを感じない。流石は海洋領地の船、快適過ぎる。


気持ちの良い潮風と、キラキラ光る波しぶきに興奮し、はしゃいでいた私は、兄様達が海を見ながらなにやら話し合っているのを見て、『私と同じで、海の美しさに感動しているんだろうな』としか思っていなかったのだった。





◇◇◇◇





「……あいつ……。エレノアをロックオンしやがったな」


「ロックオン?」


「ああ。エレノアいわく、『狙いを定める』って意味だそうだ」


「……クライヴ。君って本当に、エレノア語に感化されているよね。……でも僕もそれに思いきり同意するよ。あの男……多分ヴァンドーム公爵家の関係者に違いない。あんな船長、いてたまるものか!」


「兄上方。僕もあの男は気になりますが、それよりもヴァンドーム公爵令息の方が気になります」


「ベネディクト・ヴァンドームが?」


「はい。彼はウェリントン侯爵令嬢の筆頭婚約者ですから、あまり気にしていなかったのですが……。何かこう、エレノアを見る目が、最初の頃と違う気がするんです」


セドリックの指摘に、揃ってリアムと話をしていたベネディクトの方を見たオリヴァーとクライヴは、彼が時折向ける視線の先を確認し、眉を顰めた。


「……まあ、婚約者がアレ・・だから、対比でエレノアに好感を持ってしまっても仕方がないが……」


そう。だが好感だけならまだしも、もしそういった・・・・・意味でエレノアを見初めたとしたら厄介だ。


ただでさえジルベスタ・アストリアルが、未だにエレノアに対し求愛行動を起こしているというのに(勿論、全力で揉み潰している)それだけでなく、無自覚とはいえ、マテオ・ワイアットもエレノアに好意を抱いているのだ。これ以上三大公爵家関連の邪魔者が増えるのは、正直勘弁願いたい。


「……まあ、エレノアがエレノアである限りは……ねぇ?」


「ああ。全くもって、頭が痛い」


「ヴァンドーム公爵家本邸に着いた後の事を考えると、苔ノア八番の救出も含めて頭が痛いですね」


「ああ、全くだな……」


いつの間にか加わっていたリアムのぼやきも加わり、婚約者達は揃って溜息をついたのだった。



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無自覚エレノア砲が発動したもよう。

そして、エレノアが只者ではないと思っているのと同様、オリヴァー兄様達も危機感を持った様子です(色々な意味で)。

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