第447話 いざ出航!

急遽、港に戻るルートの変更をした事へのお詫びかどうかは分からないけど、馬車はグルリと港町を一周した後、市場が併設されている漁港や、貿易港をゆっくりと経由しながら、元居た港へと戻った。


串焼きお預けの悲劇に見舞われ、しょげていた私も、この世界の漁港や港町の美しい街並みの見学ツアーに、最後は大満足でした。……うん。まあ、心は満たされたけど、お腹は未だに空いているんだけどね。


余談ですが、観光ツアーの間中、兄様方やセドリックは代わる代わる私を膝抱っこしながら、頭にキスしたり、髪の毛に顔を埋め、ぐりぐりしていた。


「はぁ……癒される……可愛い……!」


「ここ最近、あんまりスキンシップしていなかったから……。沁みるわ」


「僕のエレノア……。ああ、このままずっとこうしていたい……!」


……という呟きと共に。


そういえば、学院の勉強とか、栞だとかで、皆とこうして触れ合ったりしていなかったなぁ……と思ったら、急に甘えたモードになりました。


幸い、空腹で血糖値が下がっていたお陰か、興奮して脳が沸騰したり鼻血が出たりしなかったので、これ幸いと頑張って自分からキ、キスしたりとか、身体に回った腕をキュッと抱き締め返したりとかかして頑張ってみました。

多分、こういうのが婚約者教育というか、婚約者としての務めなんだよね。うん、自分いい仕事した!


まあ、いい仕事し過ぎたのか、段々と空気が妖しくなってきたところに、何故か馬車の頭上から『コン、コココ!』とノックが鳴り響いて、兄様方とセドリックの理性が戻るという一幕もありましたが。……というか、ノックしたのって一体誰!?


「さ、エレノア。行こうか」


「はいっ!オリヴァー兄様」


オリヴァー兄様にエスコートされ、馬車から埠頭へと下り立つ。すると、ベネディクト君が乗って来た帆船が、港に作られた桟橋の方へと移動していた。見ればタラップもしっかり設置されている。


「オリヴァー兄様。私、てっきり船に乗り降りする時は飛び移るのかと思っていました」


「まさか!普通はああやって乗り降りするんだよ!」


私の発言を聞いたオリヴァー兄様は、目を丸くした後首を横に振った。うん、そうだよね。何言ってんだ私は。


クライヴ兄様も、「お前、腹が減り過ぎて脳が萎れたか?」とか失礼な事言ってるし!セドリックまでもが「もう少しの辛抱だよ!?気をしっかり持って!」って励ましてくるし!


大丈夫です!そこまで脳は萎れておりませんよ!……多分。


「……ひょっとして、エレノアの元居た世界ではそうやって乗り込むの?」


「いやいやいや!架空の超人キャラ以外で、そんな乗り込みする人いませんでした!」


「あ、そう。エレノアの元居た世界では、魔法がなかったって言っていたから、その代わりに身体能力が高かったのかと……。というか、『ちょうじんきゃら』ってなに?」


「忘れて下さい」


あ、忘れなさそう。後で色々質問攻めくるな、これ。


しかし、成程……。という事は、ベネディクト君のあの登場の仕方はイレギュラーって事なんだ。多分だけど遅刻しちゃって、真面目に焦っていたんだね。


そんな事を小声で話ながら、私は兄様方やセドリックと共に、桟橋からタラップの方まで歩いて行った。


そこには既に、リアム達とベネディクト君、そしてキーラ様が待っていて……って、ん?


『キーラ様の傍に、先程までゾロゾロ引き連れていた取り巻き達がいない?』


その代わりに、スラリとした黒髪黒目の青年がキーラ様の傍に立っている。

執事服を着こみ、長い髪を一つにまとめた青年は、この世界では『一般的』ランクのイケメンで、その容貌はどことなく、前世の東洋人風だった。


「……キーラ嬢、取り巻き達は流石に連れて行けなかったようだね。まあ、息子の婚約者とはいえ、主家の本邸に愛人候補をゾロゾロ連れていく事なんて出来る訳がないけどね」


「ああ、そうだな。……多分あの残っている奴は、ウェリントン侯爵令嬢の専従執事なんだろう。物腰に隙がない」


クライヴ兄様の言葉を受け、改めて見てみると、確かに柔和そうに笑顔を浮かべているその青年には、私から見てもおよそ隙というものがなかった。


実は常にどんな場所にも付き従う『専従執事』は、執事としての技量は勿論のこと、大抵が主のボディーガードも兼任している。

なので専従執事は、『影』に負け劣らぬ力量を持つ者しかなれないのだそうだ。


クライヴ兄様が専従執事になれたのも、ジョゼフ仕込みの執事スキルに加え、魔力、体術、剣術が優れていたからに他ならない。

という事は、あのキーラ様の専従執事(であろう人)も、相当の手練れという事なのだろう。


「リアム、お待たせ!ヴァンドーム公爵令息もキーラ様も、お待たせ致しました」


「おう!いや、全然待ってないから、心配すんな!」


リアムは私達を見て嬉しそうに破顔し、ベネディクト君は静かに頭を下げる。そしてキーラ様はというと、ツンとそっぽを向いた。うん、三者三様だ。


「……エレノア、大丈夫か?腹減ったろ?まあ船に乗れば、なにかしら出てくるだろうからな。もうちょっとの我慢だぞ!」


私の傍に来ると、リアムは心配そうにそう言いながら励ましてくれる。

……リアム。私、そこまで飢えては……いるけど、そんな憐れみのこもった目で見見られるほど辛くは……あるな。


でも、仮にもご令嬢に「腹減ったろ」はないでしょう!?そういうのは、口に出さないのが優しさだからね!?って、マテオも護衛騎士の方々も、リアム同様、心配そうに私を見るのはやめて下さい!有難いけど、本当に大丈夫ですから!


そうして、ベネディクト君がキーラ様をエスコートしてタラップを上がっていく後ろを、私も今度はリアムにエスコートされながらついていく。


どうやら王族が高位貴族のご令嬢と一緒だった場合、エスコートするのが礼儀なんだそうだ。尤も誤解を生むから、婚約者がいる御令嬢限定だそうなんだけどね。

勿論、私も婚約者達と一緒にいるから、リアムがエスコートするのは大丈夫なんだって。……というか、ぶっちゃけリアムも婚約者なんだけどね。


リアム、「役得だ」って凄く喜んでいたんだけど、セドリックに「リアム殿下、誤解を受けかねませんので、気を引き締めて下さい」って注意されて、凄くぶすくれていた。

でも手は添えるだけじゃなくて、しっかり私の手を握り締めているから、これってリアムなりの抵抗なんだろうな。


私はクスリと笑いながら、リアムの手を握り返す。するとリアムの顏がパッと嬉しそうに破顔した。





◇◇◇◇





「ようこそ、リアム殿下。そしてバッシュ公爵家の皆様方。船長のウィンで御座います。坊ちゃんも、お戻りなさいませ」


そう言って、部下であろう船員の方々と共に、片膝を突いて深々と頭を垂れたのは、自己紹介で『ウィン』と名乗った船長さんだ。


顏は長い前髪に隠れて目元とか全く見えない。それに船長という割には、他の船員さん達同様、真っ白いシャツと黒いズボンと膝まであるブーツ、頭にはバンダナで海賊かぶり……といった、物凄くラフな格好をしていた。


しかもそのシャツ、下二つ程かかっているだけで、ほぼボタンが閉じられていない。その為、細マッチョの見事なシックスパックがバッチリ曝け出されておりまして……その……大変に眼福……じゃなくて!えっと、クライヴ兄様に負け劣らぬ、まことにけしからん腹筋です!!


顔面破壊力ではなく、肉体的破壊力を前面に押し出してくるとは……。流石は開放的なヴァンドーム公爵領。侮れない。

あれをマジマジと直視したら、絶対に鼻腔内毛細血管の崩壊を招くであろう。なるべく上か下かを見るようにしよう。


「うん。ウィン、島までよろしく頼むよ」


「お任せ下さい!」


ベネディクト君が船長さんに微笑みかけると、船長さんも嬉しそうに口角を上げながら立ち上がり、胸に手を充てお辞儀をする。

それを見るだけで、二人の間にはとても強い絆があるのが分かった。本当にヴァンドーム公爵領って、領民との距離が近くていいなぁ。


「ご婚約者様もご一緒でしたか。ようこそいらっしゃいました」


今度はキーラ様に向け、深々とお辞儀をした船長さん。だがキーラ様は口元に扇を当てながら、凄く嫌そうに船長さんを睨み付ける。


「ちょっと貴方、なんなの?そのだらしのない恰好!本当にこの船の船長なのかしら?それに凄く磯臭くて、傍に寄られるととっても不愉快!もっと離れてちょうだい!」


キーラ様の暴言に対し、船長さんは顔色一つ変える事なく、深々とお辞儀をした。


「それはお目汚し、申し訳ありません。ですがウェリントン侯爵令嬢。航海は何が起こるか分かりませんので、安全重視で敢えて動き易い服装をさせて頂いております。どうぞご理解のほどを……」


弁舌も流暢なウィン船長を睨み付け、キーラ様は「ああ、もういいわ!」と言葉を遮る。

そして、「ベティ、私、バッシュ公爵令嬢みたく、好き好んで磯臭くなりたくないの!だから到着するまでの間、船内にいるわね!リアム殿下、ごめんあそばせ」と言った後、踵を返したのだった。

というか、ついでに私の事もしっかりディスったよ、この子。


「ねえ、そこの貴方がた!さっさと私の荷物を船内に運び入れて頂戴!」


リアムへの挨拶もそこそこに、キーラ様は素早く近寄って来た船員さんに因縁をふっかけながら、お付きの専従執事と共に船内へと案内されていった。


それにしてもキーラ様。今迄の言動からして分かったけど、海も海産物も凄く苦手なんだな。

でもそうだとしたら、なんで無理矢理ついて来たんだろう?ひょっとして、婚約者であるベネディクト君に私が接触するのが許せなかったとか?


『でも、キーラ様のあの時の目……』


ベネディクト君に向けた、ゾッとするような、一瞬背筋が凍りつきそうな淀冷たいあの眼差し。あれは絶対、自分の愛している人に向けるものではなかった。


『なんか……嫌な予感がする……』


そう胸中で呟いた後、焦燥感のようなモヤモヤとした不安が胸に広がっていくのを感じた。



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エレノアの食いしん坊万歳は、既に末端まで知れ渡っているもようv

そして新たなる鼻腔内毛細血管の危機到来に、慄くエレノアでした。

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