第443話 そこが気になる!
『おおおっ!す、凄く綺麗……!!』
広い店内に足を踏み入れた私は、目の前の光景に思わず息を呑んだ。
何故なら、前世における高級宝石店のような店内風景を思い描いていた私の予想を裏切り、海の白はショーケースには陳列されておらず、むしろどちらかといえば、美術館のような展示の仕方をされていたからだ。
すべてが真っ白い大理石で作られた建物は巨大な吹き抜け仕様となっており、その至る所に設置された大理石の台座に、独特な優しいぬくもりに溢れた輝きを放つ海の白が、より美しく見えるようにディスプレイされている。
中にはマネキンよろしく、台座として置かれている大理石を使って彫り出された女性像の半身に、ネックレスやイヤリングをつけて飾っているものもあった。
そうして飾られているものの多くは、黒真珠のように色のついている海の白(白色ではないから、そう言っていいのかわからないけど)で、白い大理石の女性像によく映えていた。うん、これは購買欲をそそる。上手い作戦だと思います。
ついでに言えば、出迎えてくれた支配人と店員の皆様も、陳列されている海の白に負け劣らぬ美貌の持ち主でした。
こんな店員さん達に「お似合いです」とか「お美しい……」なんて微笑みながら言われちゃったら、やっぱり買っちゃう人多いんじゃないかな?
「わぁっ!綺麗~!!ねえ、ベティ。前にお願いしていた、オレンジ色の海の白は手に入ったの?」
――……
にしても、オレンジ色の真珠ってあったっけ?私が知っている珍しい色の真珠は、イエローとかピンクくらいなんだけど……。
「いや。あれはそう滅多に出てこないし、出てきたとしても装飾品として使える大きさや形のものはそうそうないから……」
おお!あるんだオレンジ色。そして凄く希少なんだ。
「そんなぁ~!!私、婚約式に贈られる装飾品は、絶対私の髪の色に合わせた海の白って決めているの!だったらもっと沢山、貝を取って探してよ!!」
「いくら沢山採ったとしても、手に入る可能性は低いんだ。そんな不確かな確率の為に、貝を乱獲する事は出来ない」
「なんで!?貝なんか、そこら中にいくらだってあるじゃない!そんなものより、婚約者の私の方を優先してよ!」
キッパリとキーラ様の要求を拒否するベネディクト君に、キーラ様が不満そうに文句を言っている。けれど、ベネディクト君はそれでも頑として折れなかった。
ううむ……。蝶よ花よと女性を称え奉るアルバ男が普通だから、彼の態度は凄く新鮮だな。
まあでも、彼の言う通りだよね。それこそ海の白が入っているかどうかも賭けなのに、目当ての色の真珠を得る為に貝を採りまくっていたら、食用の貝どころか、まだ成長段階の貝までも駄目にしてしまうだろう。
それはつまり、海洋資源の減少だけでなく、海の白の生産体制にも影響を及ぼしてしまいかねないという事だ。
「もう!分かったわよ!それじゃあ今日は、私の好きなものなんでもプレゼントしてよね!?」
「……分かった」
ベネディクト君が不承不承といった顔で頷く。多分私達の手前、これ以上ごねられるのは得策ではないと思ったのだろう。
そんなベネディクト君の気も知らず、キーラ様は早速取り巻き達と共に、あれこれ装飾品を物色しだしている。店員さんも心得ているのか、穏やかな微笑と優雅な物腰を崩さずに対応している。流石はプロである。
「クライヴ兄様、ご令嬢のお強請りって、みんなあんな感じなんですか?」
コソッと聞くと、眉根を寄せたクライヴ兄様が頷く。
「ああ、そうだな。ただまぁ、普通は『必ず君の為に探し出すから』とかなんとか言いくるめて、すぐに相手の機嫌を直しちまうのが一般的だから、あの坊主みたいな対応は珍しいな」
成程、そうなんだ。やっぱりそれって、ヴァンドーム公爵家が『男性血統至上主義』の派閥の長だからなのかな?
「リアム殿下、並びにバッシュ公爵家の皆様方、お目汚し大変に失礼致しました」
私達に対し謝意を込め、深々とお辞儀をするベネディクト君。というかこの子、お目汚しって言っちゃったよ!
「もし興味がおありでしたら、これら展示されている海の白の説明をさせて頂きたいと思うのですが、いかがでしょうか?」
「そうだな。母上への土産も欲しいし、色々教えてくれるのならば助かる」
「そうですね。出来れば陳列されている海の白が、どこで採れたのか、どれぐらいの割合で採れるのかの説明もして頂けると大変有難いです」
「かしこまりました。リアム殿下、聖女様に相応しい一品を探すお手伝いをさせて頂けるなど、身に余る栄誉です。クロス伯爵令息。では、私の知る範囲内で宜しければ、お教え致します」
「ああ、頼む」
「宜しくお願いします」
そういう訳で、私達はベネディクト君の説明付きで、陳列されている海の白の見学をして回る事になった。
様々な宝飾品に加工された、恐らくは目が飛び出るお値段であろう海の白達を一つ一つ見学しながら、私は感嘆の溜息を漏す。やっぱり海の白って、宝石の中で一番温かみを感じるよなぁ。
『そう言えば……』
ふいに、前世でお祖母ちゃんが私の成人式に合わせて、真珠の首飾りを譲ってくれたのを思い出した。
それはとても綺麗な黄色がかった天然真珠で、「これだよ」って見せて貰った時に、手入れの仕方や真珠についての豆知識を色々教えて貰ったものだった。
私はそれを譲り受けた時、凄く嬉しくて、「私の結婚式に付けるね!」って言ったんだよね。そしたらお祖母ちゃん、「その前に相手を見つけなさい」って血も涙もない言葉をくれたんだった。
……お祖母ちゃん。言われた通り、お相手出来ましたよ。でも一人じゃなくて複数とだけどね。ビックリして腰抜かさないでね。
そうこうしながら、色々な海の白のアクセサリーを見ていたんだけど、困った事にリアムとオリヴァー兄様が「これなんて、エレノアに似合うんじゃないか?」「いえ、それよりもこちらの方が……」なんて言って、首飾りだの髪飾りだのをしきりと私に勧めてくるのだ。ええ、当然ニッコリ笑顔でお断りしました。
海の白なら、前にヴァンドーム公爵様からネックレスもらってるしね。これ以上は必要ないです。
ベネディクト君にも、「お気に召されたものがありましたら、どうぞ遠慮なく仰って下さい」って言われたから、「以前、ヴァンドーム公爵様から素敵なネックレスを頂いておりますから、これ以上は……」と、丁寧にお断りさせて頂きました。
そしたら物凄くビックリされちゃったんだけど、そもそも装飾品にそこまで興味はないし、こういったものは見て楽しむだけで十分です。
あれ?セドリックとクライヴ兄様がいない……って、二人とも向こうの方で、なにかを真剣な顔して見ている。ってあれ、イエローゴールドの海の白を使ったイヤリングとネックレスのセットでは!?
……ひょっとしなくても、私に買おうとしている……?あ、こっち見た。取り敢えず全力で手を左右に振り、とどめに手をクロスさせてバツ印を作る。ガッカリした顔されても、そんなお高いものはいりません!
ん百万円……いや、ひょっとなくても、それよりも桁一つ多いようなお宝なんかよりも、私は貝の串焼き一本あれば十分なのです。
『う~ん……。それよりも……』
私が気になったのは、陳列されている海の白に、嵌め殺しの天窓から光がさんさんと降り注いでいる事だ。多分これ、海の白をより美しく見せる為の店側の演出なんだろう。
それ自体は物凄くいいと思う。……思うんだけど……。確か真珠って、水分や酸性が大敵だったけど、光や紫外線も変色に繋がるから駄目だったんじゃなかったかな?
そもそも真珠という宝石は有機物で出来ているから、他の宝石と違って経年劣化してしまうのだ。それゆえ間違ったお手入れをしてしまうと、すぐに元の輝きを失ってしまう……と、お祖母ちゃんが言っていた。
『いやでも、元の世界の真珠と、この世界の真珠……ならぬ海の白では、成分とか保存方法とか違うかもしれないし……』
「バッシュ公爵令嬢?どうかされましたか?」
海の白ではなく、天井や周囲をキョロキョロ見ていた私に、ベネディクト君が不思議そうな顔をしながら声をかけてくる。
「あ、いえ。……あの、ヴァンドーム公爵令息。ひょっとしてこちらの海の白は、保護魔法か何かをかけておられるのですか?」
「は?保護魔法?い、いえ……それはしておりませんが……」
「そうですか。あの、ひょっとして海の白って時間が経つと、色変わりしたりくすんでしまったりしませんか?」
「……よくご存じですね。海の白は宝石の中では珍しく、『寿命』があるのです」
寿命かぁ……。やっぱり劣化しちゃうんだ。という事は、海の白と真珠の違いって、あんまりないみたいだな。
私はベネディクト君や、傍に付き従っていた支配人の表情が変わった事に気が付かず、ふむふむ……と、呑気にそう心の中で呟いていた。
「失礼。ヴァンドーム公爵令息。エレノアは母から譲られた海の白と、以前貴方の父君から頂いた海の白の色が違っている事を、とても不思議がっていたのですよ」
ん?オリヴァー兄様?私、母様から海の白なんて頂いた覚えは……。
「ねえ、エレノア。そうだよね?」
ニッコリ笑顔で言い放たれた兄様のお言葉。それに含まれた鋭い威圧に、思わず背筋がピンと張り、反射的にコクコクと頷く。
「ああ、成程それで……。失礼ながら、普通のご令嬢の着眼点ではありませんでしたので、ひょっとしてバッシュ公爵令嬢には専門的な知識がおありかと……」
納得したように頷くベネディクト君を見て、私の背筋にドッと冷や汗が伝い落ちた。
そ、そうでした!うっかり疑問を口にしちゃったけど、私、ヴァンドーム公爵家から『転生者』の疑いをかけられていたんだった!
なのに、海の白の特性なんて口にしたら、自分で「そうです」って自白しているようなものじゃないか!オリヴァー兄様が誤魔化してくれなかったら、更に色々言っていたかもしれない。あ、危なかった……!!
あっ!クライヴ兄様やセドリック達も、アルカイックスマイル浮かべてこっち見てる!マテオなんて、あからさまに「こいつ……アホだ!」って顔してこっち見ているよー!す、済みません!本当にごめんなさい!!
「ですが、そもそも色の違いについて疑問を持たれるとは……。やはりバッシュ公爵令嬢は、お噂通りの面白い方なのですね」
ニッコリ笑顔を浮かべた、激レアなベネディクト君に対し、私は引き攣り笑顔を浮かべる。……えっと、誤魔化されて……くれた……んだよね?そうだと思いたい。
というか
======================
エレノアは知らないようですが、オレンジ色の真珠はあります。
『メロパール』と言って、天然でしか採取出来ない、超希少な真珠だそうです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます