第442話 魅惑と誘惑の香り

「さあ!生きのいい貝やエビが焼きたてだよー!」


「こっちは今朝採れたての新鮮な魚だ!そのまま食べても美味いぞー!?」


「はい、焼きサザエ一つとホタテ二つ、まいどっ!」


「……うわぁ~!!」


私達は今現在、港町のメインストリートを歩いていた。


「おい、エレノア!あんまりキョロキョロするな。コケるぞ」


「はーい、クライヴ兄様」


今現在の時刻は丁度朝市の時間みたいで、街道は歩行者天国のようになっている。


なんでもこの通り、地元民には『焼き物通り』と呼ばれているらしく、その名の通り海鮮を売る屋台や採れたて新鮮の魚や貝、エビなどの調理して売る屋台などがひしめき合っていて物凄い活気だ。当然、それらを買いに来た人達も沢山いる。


聞けば、朝の内に来る人達の大半が、安くて新鮮な食材を買い求める地元民や、仕入れの為にやって来た宿屋やレストランのシェフ達で、観光客が動き出すのは大抵昼頃なんだって。


男女比率は、だいたい七対三ってところかな……?女性も割と年を取っている人達が多い……ややっ!?人ごみに紛れてネコミミ発見!!しかも若いお嬢さんだ!おおっ、すれ違う人達のデレ顔が半端ない!一緒にいる人達は、荷物持ち……のフリした護衛かな?それとも彼女の夫達とか……まさかね。


それにしても、これもヴァンドーム領の気質なのか、明らかに高貴な身分だろうご一行様がゾロゾロ歩いていても、皆あまり気にしていない。


勿論、私達の邪魔にならないよう、皆さん自然と道を空けてくれるんだけど、必要以上に警戒したり敬ったりしていないところがなんともいえず新鮮だ。


あっ!あそこに売られているのは干物だ!しかもその横では、実際に干物を干して作っている人達もいる!


店番の兄ちゃんが、なにやら平べったくて長い棒を片手に立っているけど、多分あれ、鳥や猫やコバエが付かないように見張っているんだろうな。


う~ん……。前世で漁師さんが使っていた干物用アイテムがあったら、あんな苦労しなくても済むんだろうに……。教えてあげたい。


「バッシュ公爵令嬢、お気に召して頂けましたか?」


珍しく声をかけて来たベネディクト君に、私は笑顔で頷いた。


「はい!活気があって明るくて、とても良いところですね!それに、何を見ても珍しいものばかりで、凄く楽しいです!」


実際は、前世で見慣れた漁港の青空市場なんだけど、楽しいのは本当だし、見た事のないような珍しい魚も沢山売られていてとても興味深い。ああ、もっとちゃんと見てみたいなぁ……。


「そうですか。それは良かったです」


ベネディクト君の顏にホッとしたような、それでいて嬉しそうな表情が浮かんだ。


おお!いつも大人びた無表情しか見た事なかったから、凄く新鮮!


それにしてもこうして見てみると、ベネディクト君も物凄い美少年なんだな。……うん、あんまり直視しないようにしよう。見慣れぬ美形は、鼻腔内毛細血管にとっての天敵です。


「ああもう!なんでわざわざこんな場所を歩かなきゃいけないのぉ~!?魚臭いし、煙は凄いし、焼き物の臭いがドレスに付いちゃうじゃない!最悪だわ!!」


ああ、こちらはお気に召されてないようですね。お付きの人だか取り巻きの人だかが、一生懸命機嫌を取ろうとしているんだけど、むしろ逆効果で当たり散らされているよ。あっ!ベネディクト君の顏がスンとして、『無』になってる。


「エレノア、お前もあっちこっちフラフラしようとするなよ?万が一ドレスにシミでもつけたら、シャノンにぶっ殺されるぞ?」


喚きまくっているキーラ様を宥める為に、ベネディクト君が私の傍から離れた。と同時に、クライヴ兄様が失礼な釘を刺してきました。ってか、シミってなんですか、シミって!?


「お前、さっきから海鮮焼いている屋台ばっかりジーッと見てるだろうが」


「え!?ひょっとして串焼き買ってくれるんですか!?」


「買うかバカ!屋台に近寄るなって言ってんだ!」


ううっ、クライヴ兄様、なんてつれないお言葉!


ちなみに私の今の装いですが、ふんわりとした白いシルク地に、淡い花柄が刺繍されたシースルーのレース生地を重ね着風にして合わせたワンピースドレス。それにつば広の白い帽子を合わせて身に着けてます。


常夏だって聞いたから、ジョナネェにノースリーブを注文したんだけど、出来上がりはしっかり、七分袖になっていました。……多分兄様達の監修が入ったんだろうな。


でもその七分袖、シースルー風のレース編みになっていて、妖精の羽のように煌めいている。


「……これ、袖なしと同じでは……?」


「まあでも、最高に可愛いから……」


「ジョナサンのこだわりと抵抗と執念を感じますね……」


ドレスを見て、多少難色を示していた兄様達も、最終的には「とてもエレノアに似合うから」とOKを出してくれた。今回の戦い、ジョナネェに軍配が上がったようです。有難う、ジョナネェ。


『そ、それにしても……』


あちらこちらから漂ってくる、海鮮が焼ける香ばしい匂いに、我知らずゴクリと喉が鳴った。


『くっ……!い、一本でもいい!あそこに売られている串焼きが食べたい……!!』


今も、スパイシーなタレと貝の焼けた匂いが、暴力的に私に襲い掛かって来る。……ハッキリ言おう。ここをただ歩くだけっていうのは、前世日本人であった私に対する拷問である。


『ああああ!良い匂い~!!海鮮と日本人は切っても切れない関係なんだよ~!!』


そう、日本人は海産物が大好きだ。いや、大好きというより愛している。それこそ海鮮好きは、日本人のDNAに刻み込まれていると言っても過言ではない(あくまで自説だけどね)。


特に私と家族は海産物が大好物で、私が夏休みになると、決まって海鮮食べまくりツアーに行っていたのである。あ、勿論海水浴もしましたけどね。

でも、綺麗な海でキャッキャウフフするよりもなによりも、一個でも多くサザエのつぼ焼きを食べる事に執念を燃やしていた気がする。ふふ……。楽しかったなぁ。


ちなみに私は海鮮をたらふく食べた後、いつも腹ごなしで海に浮かんでいたんだけど、そのまま離岸流に乗って、気が付いたら沖まで流されてしまった事があった。人が豆粒みたいになっているのを目にした時には流石に焦ったものだ。


慌てて浜まで必死に泳ぎ、最後には力尽きて砂浜に打ち上げられて大騒ぎになっちゃって、後で両親祖父母にめちゃくちゃ叱られたっけな。

死ななかったからいい思い出になったけど、あれは真面目にヤバかった。私も反省して、次の年からは浮き輪に乗って海に浮かぶようにしていたっけ……。懐かしいな。


ああ……。それにしても、鼻腔と腹の虫を容赦なく刺激するこの暴力的な香り……。醤油の焦げた匂いではないものの、充分に食欲をそそります。


定番のサザエのつぼ焼き、イカとんび、たたきのつくね焼き、エビの姿焼き……。

いかん!脳裏に、前世で食べた魅惑の海鮮の数々が蘇ってくる……!


そんな事を考えながら、無意識に海鮮を焼いている屋台にススス……と引き寄せられていく。

そしてそのたび、クライヴ兄様やオリヴァー兄様が、ススス……とナチュラルな動きで私の身体の向きを軌道修正する。

兄様方が、ベネディクト君に町の特産などの説明を受けている間、やはりススス……と屋台に吸い寄せられそうになる私を、セドリックとリアムが「潮風が気持ちいいな」「ほらエレノア、海鳥だよ」とか言いつつ、左右からガードし、視界と行動を制限する。


そんな見事なチームワークによる鉄壁のディフェンスによって、私は飢えと心理的ダメージを受けつつも、無事(?)食い倒れ通りならぬ焼き物通りを通過し、大きな噴水のある広場へと到着した。

どうやらここは、この港町の中心部のようで、周囲には今迄通って来た屋台や市場と違い、高級そうな建物が幾つも建っていた。


「皆様、お疲れさまでした。これより我がヴァンドーム公爵家が運営する、海の白の直営店に向かいます」


そう言われ、少しだけ歩いた先にあったのは、一際大きな白い大理石で作られた豪華な建物で、その入り口には屈強な体躯をした騎士達が立っていた。


「皆、ご苦労。今日は大切な客人をお招きしている。くれぐれも粗相のないように頼むぞ」


ベネディクト君が入り口を守る騎士達に声をかけると、騎士達は皆ニッコリ笑顔で頭を下げる。なんかその態度がすごく気さくでおおらかで、今通って来た青空市場の人達を思い出してしまった。多分こういう雰囲気、この領地の国民性なんだろう。なんかとてもいい感じだ。


ところで騎士の皆さんだが、南国特有といった小麦色の肌をしていて、全員大柄でガッシリとした立派な体躯をしている。まさに健康美溢れるタイプの美形だ。きっと脱いだら凄いのだろう。


そんな彼らの騎士服は、ヴァンドーム公爵領の海の色である、鮮やかな緑と青のグラデーションである。ううむ、いかにも南国騎士って感じだ。コスチュームオタクの血が滾る!


彼等は私達……特に王族であるリアムに対し、深々と騎士の礼を取った後、目が合った私にニッコリと笑顔を向けてきた。


おおう!気さくなイケメンスマイル炸裂!南国あるあるですね!?どうも有難う御座います!


ちょっぴり頬を赤くしながら、私もニッコリ笑顔を返した。すると何故か、騎士の方々がビックリした顔をする。はて?どうしたのだろうか。


「まあ、いやぁね!隙あらば殿方を誑かそうと愛想を振りまくなんて。はしたないですわよ?バッシュ公爵令嬢」


彼等の反応にキョトンとしていたら、すかさず、いつの間にか近くにいたキーラ様の嫌味が飛んで来て、思わずビキリと青筋が立った。しかも馬鹿にしたようなクスクス笑い付きである。


「あのですね……!」と反論しようとするも、当の本人は言うだけ言って、さっさと店の中へと入って行ってしまった。くっ!おのれ……!


ムカムカしていたら、誰かの手がポンポンと頭を撫でてくれた。


見上げれば優しく微笑むクライヴ兄様の笑顔が。……うん、有難う兄様。淑女たるもの、あれしきの嫌味に憤ってはいけませんよね!

笑顔が目に眩しくて、思わず「うっ!」って声が出ちゃったけど、心は少しだけ落ち着きました。有難う御座います。


そうして私も、皆と一緒に店内へと足を踏み入れたのだった。




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ご推察通り、海鮮お預け地獄となってしまったエレノアです。

ちなみに離岸流ですが、慌てず騒がず、今いる潮流から静かに横に逸れて抜け出し、パニックにならずにゆっくり泳いで岸まで帰るようにするといいそうです。

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