第441話 タンポポですか!?
ベネディクト君の色である、明るい紺色をベースにした、華やかなドレスに身を纏ったキーラ様が、フワフワしたオレンジブロンドを潮風にたなびかせ、ビスクドールのような愛らしい顔を綻ばせながらこちらに向かって歩いて来る。
こうして外見だけ見ていると、本当に愛らしくて守ってあげたくなるようなご令嬢なんだけどなぁ……。
突然のキーラ様の登場に、兄様達やリアム、マテオ、そして護衛の人達の空気が少しだけ固くなった。
あれ?意外に冷静だな。本来ならば、もっと驚くよね?今の私みたいに。
ひょっとして全員、キーラ様がいるかもって予想していたのかな?……いや、多分予想していたんだろう。だってキーラ様って、ベネディクト君の婚約者だもんね。寧ろ日頃何かと絡まれているんだから、私の方こそ予想しなきゃいかんだろ。ふぅ……。私もまだまだだ。
というか私達全員、彼女達がこの場に現れた事に気が付かなかったという事は、ひょっとして彼女も転移門を使ってここに来たのかな?
「……キーラ。君は来なくていいと言った筈だが?」
おや?ベネディクト君のアルカイックスマイルが『無』になった。
「あ~ん!そんな冷たい事言わないでぇ、ベティ。私は貴方の婚約者でしょ?私だってずーっと、ヴァンドーム公爵家の本邸に行きたかったんだもん!」
そう言って、キーラ様がベネディクト君の腕に、甘えるように自分の腕を絡ませた。
つまりキーラ様、ベネディクト君は来るなと言ったのに、押しかけてきた訳ですか。成程。
ベティく……いや、ベネディクト君が溜息をついた後、自分の腕に絡んでいたキーラ様の腕をやんわりと解いた。
「リアム殿下、そしてバッシュ公爵家の皆様。申し訳ありませんが急遽、私の婚約者も同行する事となりました。……キーラ。皆様にお詫びとご挨拶を」
「はぁ~い!リアム殿下、バッシュ公爵家の皆さん、ヴァンドーム公爵領滞在中、どうか仲良くして下さいねぇ!」
――……軽ッ!!しかもそれ、お詫びではなく挨拶です!……ううむ……。出来れば仲良くしたくないなぁ……。
私、リアム、クライヴ兄様、セドリック、そしてマテオの心は一つになった(と思う)
ついでに言えば、キーラ様と直接の面識がないオリヴァー兄様やウィル達、そして護衛騎士の方々は、再びアルカイックスマイルを浮かべ……ているのはオリヴァー兄様だけで、他は全員ベネディクト君と同じく『無』になってるわ。……あれ?どこからか「チッ!」と舌打ちが聞こえてきたような……?
「バッシュ公爵令嬢もぉ~、同じ女の子同士ですしぃ、宜しくお願いしますねぇ♡」
キーラ様、ニコニコしながら私の元へとやって来ると、なんと私の手を取った。え?え?いつもとキャラ違う……?
「……本当、いつも思うけど、地味よねぇ~貴女って!そんななのに、なんでみんなに大切にされているのかしら?よっぽど男に媚びを売るのが上手なのねぇ~」」
コソリと、私に聞こえるぐらいの小声で毒を吐くキーラ様。うん、いつも通りだった!ってか、媚びの売り方なんか知らんわ!
「……あのぉ~。そちらの方はひょっとしてぇ~……」
『んん?』
パッと私から離れ、キーラ様が珍しく自然な感じで頬を染め、熱い眼差しを向けている先には、未だにアルカイックスマイルを浮かべたオリヴァー兄様の姿が……!
さ、流石はオリヴァー兄様。キーラ様の目をも釘付けにしましたか。
「初めまして、ウェリントン侯爵令嬢。クロス伯爵家が長子、オリヴァー・クロスで御座います」
優雅な所作で貴族の礼を取るオリヴァー兄様の姿に、キーラ様の目が更にトロリとした熱のこもったものへと変わる。……流石はアルバ女。その年で既に『女』なんですね。
対するオリヴァー兄様は、そんな彼女に更に極上のアルカイックスマイルを向けた。
「キーラ嬢は、想像通りのお方ですね。フワフワしていて、まるで花のようなご令嬢だ」
「ま、まあっ!花のようだなんて、そんなぁ~♡」
「ふふ……本当に。まるで綿毛になったタンポポのようだ」
「え……なっ!?タ、タンポポ!?」
オリヴァー兄様!いきなりタンポポ発言ですか!?
「ええ。フワフワと傍若無人に飛び回り、無遠慮にどこにでも根を生やすところがとても似ておられる。そうそう、か弱そうに見えて、あっという間に根を張り、周囲を侵食していく所もそっくりだと思いますよ?」
「――ッ!!」
麗しい美貌を綻ばせながら、立て板に水とばかりに次々と繰り出される毒舌に、キーラ様の顏が怒りで真っ赤になっている。
キーラ様の背後に控えている取り巻きの男性達も、一斉に気色ばんでいるけど、オリヴァー兄様は全く気にする様子もなく、実に生き生きとして楽しそうだ。
兄様……。よっぽどキーラ様に鬱憤溜まっていたんだな。直接対峙したこの機会を有効利用していますね。
「な、なんて無礼な方なの!?こんな性格の悪い男が『貴族の中の貴族』と言われているなんて、有り得ないわ!!クロス伯爵家の程度が知れるわね!!」
まさか、
対するオリヴァー兄様だけど、余裕な態度は全く崩れていない。寧ろなんか嬉しそうだ。例えて言うなれば、生きの良い獲物に喜ぶ肉食獣のような……。兄様、Sの血が目覚めましたか!?
「生憎と、全ての男が『どんな』女性でも愛し、尊ぶ訳ではないのですよ。私は無礼な方には、女性であろうともそれなりの態度を取らせて頂きます。それをゆめゆめお忘れなきように」
最後に、今迄の笑顔を引っ込め、ゾッとする程冷ややかな眼差しを向けられたキーラ様の取り巻き達は、一瞬で青褪め後ずさる。
……が、キーラ様だけは、そんなオリヴァー兄様を憎々し気に睨み付けている。こちらの胆力も真面目に凄いな。
それを見ていた周囲の雰囲気はというと、明らかに穏やかなものへと変わっている。誰もが兄様のドS発言を喜んでいるっぽい。酷い。……いやまあ、私もちょっとスッキリしちゃいましたけどね。
でもまあタンポポって、園芸する人にとっては悪魔だけど、実は食べられるしコーヒーにもなるしで、有益な奴なんですよ。そして頭もいい。
今現在、私が生み出したバッシュ公爵家のタンポポですが、花エレノアの髪飾りに擬態し駆逐されるのを防いでいるそうです。ベンさんとタンポポとの攻防は果てなく続く。あ、どうでもいいか、そんな豆情報。
「ヴァンドーム公爵令息。そういう事ですので、貴方の最愛の婚約者であっても、私は態度を変えません。そこの所をどうかご了承下さい」
「いや、良い機会です。クロス伯爵令息、キーラは少々貴族令嬢のマナーが拙い所があります。なので今後とも、ご指導の程どうぞ宜しくお願い致します」
おおっ!流石はオリヴァー兄様。しっかり不敬発言に対する免罪符をもぎ取った!しかもベネディクト君の顏、『無』から普通の表情に戻っている。
「ち、ちょっと!ベティ!?」
途端、慌てたような顔になったキーラ様に、ベネディクト君が冷ややかな視線を向けた。
「今言った通りだキーラ。俺の父上も兄上も甘い方々ではない。屋敷に滞在したいのなら、少しでも自分のマナーを反省し、真摯にクロス伯爵令息の注意を聞くんだな」
ベネディクト君……。前からそうじゃないかなーと思っていたんだけど、実はキーラ様の事、あまり好きじゃないよね?
怒りに顔を真っ赤にして、ワナワナ震えているキーラ様と、その周囲でオロオロした様子の取り巻き達をガン無視しながら、ベネディクト君が私達に向き直る。
だがベネディクト君がキーラ様から目を離した時、キーラ様が一瞬だけ浮かべた表情。蔑みと嫌悪に満ちた歪な笑顔を見た気がして、私の背に冷たいものが走った。
『き、気のせい……だよね?』
「ところで皆様方。ここは我がヴァンドーム公爵領が誇る一番の港町。屋敷に向かう前に、少し観光をされてみてはいかがでしょうか?」
「えっ!?」
『観光』の言葉に、思わず食いついてしまう。
そんな私を見たベネディクト君の口角が、ほんの少しだけ上がった……ような気がした。
「勿論、不測の事態が起きぬよう、私を含めヴァンドームの精鋭達が貴方がたの御身をお守り致します。ここにいらっしゃる方々は、普段内陸にいらっしゃる事が多い筈。ですからこの機会に、是非海洋領地の素晴らしい所を感じて頂ければと思っているのです」
「……そうですね。これからの事もあります。円滑に物事を進める為にも、その土地の色々なものを見て、肌で感じる事は大切かと。リアム殿下、宜しいでしょうか?」
「ああ。俺も大いに興味がある。ヴァンドーム公爵令息、是非案内役を頼みたい」
「御意。お任せ下さいませ」
という訳で、思いがけず観光をする事になりました。やったね!
私達はヴァンドーム公爵家が用意した馬車に乗り、護衛騎士達は魔道通信を使い、馬達を王宮から届けてもらう事となった。
そうして私達は一路、この領地で一番と言われている港町へと向かったのだが、私にとってそれは観光という名の試練となってしまう事を、浮かれていた私はまったく気が付く事が無かったのだった。
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オリヴァー兄様の黒さが止まらない!
そしてオレンジさん、なんかどっかの拉致られ令嬢思い出すのは気のせいでしょうか?
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