第436話 ヴァンドーム公爵の思惑と奪われた八番

「おい、オリヴァー!当然、使者に断りを入れたんだよな!?」


「ああ、クライヴ。それは勿論、読んだ瞬間速攻でお断りしたよ。……だが、相手がまあ食えない御仁でね。こちらが本気では無かったとはいえ、僕の威圧を受けても平然としていた。多分だが彼は、ヴァンドーム公爵の懐刀の一人なんだろう」


えええっ!?オ、オリヴァー兄様の威圧を受けて平然としていたとな!?

というかオリヴァー兄様、「本気じゃなかった」って言っていたけど、実は本気出していたとか……あ、ウィルとジョゼフがそっと視線を逸らした!やっぱり本気出していたんだー!!


で、その使者の方の特徴を聞いたんだけど、体格的には割と小柄で、柔和な顔立ちの初老の方だったそうだ。


彼の身なりや立ち居振る舞いから、執事長か家令のどちらかだと思われるとの事。成程、三大公爵家の家令なら、オリヴァー兄様の本気の威圧に耐えられたのも頷ける。


「そのうえ、彼はこう言い放ったんだ……『我が主は代理人・・・を求めてはおりません。共同事業を興すからには、発案者自らがきちんと説明をすべき……と仰せです』ってね」


それを聞いた瞬間、クライヴ兄様とセドリックの顔色が変わった。


『代理人は求めない』……つまり、ヴァンドーム公爵はオリヴァー兄様が養殖事業の発案者ではない。そう言いたかったのだろうか?

そして『発案者が説明しろ』って……じゃあ今回、私を連れて来いって親書に書いて寄越したのは、私が海の白の養殖を思い付いた張本人だって分かっているって事……?


「……ヴァンドーム公爵は、エレノアが『転生者』であるという事を知っているのか?」


内心の動揺を押し隠すように、クライヴ兄様が淡々と言葉を紡ぐ。だがオリヴァー兄様はクライヴ兄様の言葉に対し、かぶりを振った。


「それは分からない。……が、その可能性は高い……と、僕自身は思っている」


「でも、エレノアが『転生者』である事は、我々や王家の方々、『誓約』を受けた者達、そして決して裏切る事が無いと、我々が信を置いている者達しか知らない筈です!……もしそれ以外で知っている者がいるとしたら……それは……」


セドリックが言い淀む。……そう、もしヴァンドーム公爵が私の事を『転生者』だと確信していたとすれば、それは私達の周囲に裏切り者がいたか、それとも……ヴァンドーム公爵自身が裏切り者か、そのどちらかだ。


だって、私が『転生者』だと知っているのは、私の周囲の人達の他には『帝国』の連中しか……。


「まあ、まだヴァンドーム公爵が『そう』であったとは言い切れない。そもそも、彼がエレノアを『転生者』だと疑ったのは、バッシュ公爵領でのエレノアの言動を知ったからかもしれないしね」


ああ。そういえば視察の時に、場外市場構想やフリーズドライとか、色々とやらかしちゃったからな……。


「……それに、今下手に動けば王家が出てくる。それを知っていて、わざわざ疑いの目を己に向ける程、愚かな方とも思えない」


オリヴァー兄様の言葉を受け、私は実際にお会いしたヴァンドーム公爵様を思い出した。


……うん。何度も思うんだけど、あの鷹揚で陽気な方と、陰湿な『帝国』が繋がっているとはどう考えても想像がつかない。それともそう見えるように演技しているのだろうか?だとしたら天性の詐欺師としか言えないし、とんでもなく恐ろしい方だと思う。


「この件は、国王陛下や公爵様に報告済だから、きっと今頃大騒ぎしているんじゃないかな?……主に公爵様が」


ああ、確かに。ひょっとして今頃、ヴァンドーム公爵様に直談判しようとして、ワイアット宰相様に床に沈められているのではないだろうか。


「……まあ、後で諸々の話し合いをする為、登城する事になるかもだけど。でも僕は、招きに応じるべきだと思う」


「オリヴァー!?」


「オリヴァー兄上!それは、エレノアをヴァンドーム公爵領に連れて行くという事ですか!?僕は絶対に反対です!!」


「セドリックの言う通りだ!こんな情勢が不安定な時に、得体のしれない奴が支配する領地に行くなんて、自殺行為だろうが!!」


オリヴァー兄様は、激高するクライヴ兄様とセドリックを片手を上げて制する。黒曜石のようなその瞳には、ある種の決意が浮かんでいた。


「その通りだ二人とも。もしヴァンドーム公爵家が敵側だったとしたら、エレノアを連れて行く事は、まさに自殺行為に他ならないだろう。……だが現時点では、『敵』か『味方』かハッキリと分からない状況だ。ならば今回の誘いに敢えて乗るのも一つの手だと僕は思う」


鬼の形相をしたクライヴ兄様と、決意を秘めたオリヴァー兄様の視線が交差する。


「それにあちらとて、僕らが動く事によるデメリットは充分理解している。きっと最悪な方向には動かない筈だ。……尤もそれは、僕の希望的観測でしかないんだけどね」


暫くして、クライヴ兄様が深々と溜息をついた。


「……お前、本気なんだな?」


「僕がエレノアの事で本気で無かった事なんて、一度たりともないよ」


「それは知っている。だからこそ、今回のお前の行動が理解出来なかったんだ。前までのお前だったら、たとえ国王陛下が命じようがエレノア本人が行くと言おうが、絶対にヴァンドーム公爵領に行かせようとはしなかっただろうからな」


た、確かに。きっと「エレノア!こうなったら僕と、地の果てまで逃げよう!」って駆け落ちしかねなかった筈だ。


「……エレノア。でももし、君が行きたくないと言えば、僕は何を置いても全力で君の望みを叶える。でも、行くと言うのなら、僕の全てでもって君を必ず守ってみせる!」


私はオリヴァー兄様と目を合わせた。……なんだろう。二択を迫っていながら、オリヴァー兄様の瞳には、「行きたくないと言っていいんだよ?」という気持ちが透けて見えてしまっていて、「ああ、やっぱりオリヴァー兄様だ」と、思わずクスリと笑いが漏れてしまった。


「オリヴァー兄様、私、一緒に行きます!オリヴァー兄様の事、心から信頼していますから!」


オリヴァー兄様が、ホッとしたような、それでいて残念そうな表情を浮かべたのに再度苦笑した私は、クライヴ兄様とセドリックの方へと顔を向ける。


「クライヴ兄様もセドリックも、絶対私を守ってくれるもんね?」


そう言うと、二人は目を見開いた後、極上の笑顔を浮かべた。くっ……眩しい!


「ああ。当たり前だろうが!それに、オリヴァーだけにいい恰好はさせられねぇぜ」


「勿論、僕もね。それに、エレノアの為に美味しい魚料理も作れるようになりたいしね!」


「うん!じゃあ私、海水浴旅行に行くような、大船に乗ったような気持ちでいるね!」


私は皆の気持ちに対し、努めて明るくそう言い放った。それなのに、「……いや、流石にそこまで気楽な気持ちで行くのはちょっと……」「お前、時と場合を考えろよ?」「美味しそうな海鮮で我を忘れそうで恐いな……」と言いながら、まるで残念な子を見るような眼差しで見つめられてしまった。なんでだー!?





「ああ、そうだ。もう一つ、非常に重要な報告があるんだ」


オリヴァー兄様の言葉に、再び私達の間に緊張が走る。


「庭師長のベンからの報告だ。『シークレットエレノア八番』が、何者かによって連れ去られたらしい」


「――ッ!?八番が!?」


「そ、そんな!一体どこの誰が!?」


「はい?」


途端、血相を変えるクライヴ兄様とセドリックに、私の頭にハテナマークが立った。……えっと、シークレットな私の八番って、一体何?


その後、詳しく話を聞いたところ、『シークレットエレノア』とは、庭師達が裏庭のあちらこちらにひっそりと配している、私を模したミニチュアトピアリーの事だそうだ。


そんでもって、庭師達それぞれが丹精込めて作り上げたそれらは、茂みの中だの木の上だの、裏庭の至る所に、まるで妖精のように隠れ置かれているとの事。……あんたら、仕事サボってなにそんなもん作って遊んでるんだ!


ちなみに盗まれたとされる八番だが、どうやらリドリーが作ったものらしい。


どういう作品かといえば、小さな色とりどりのケイトウが寄せ植えされた鉢植えの中に、苔玉で作ったエレノアトピアリー(……)が顔を出している……という、なんともファンシーなものだそうで、それが無くなっている事に気が付いたリドリーは、必死に……それこそ庭の隅々から池の中まで捜索し尽くした後、地面に突っ伏し泣き崩れたらしい。


「僕は今日ここに来た、あのヴァンドーム公爵家の使者が怪しいと思っている」


「「「ヴァンドーム公爵家が!?」」」


オリヴァー兄様によれば、使者の方は「どうも年を取ると……いけませんなぁ」と、トイレに行く為十分ほど席を外したとの事。


え?でもそうするとその使者さん、トイレの窓から抜け出して、八番を盗み出したってこと?いやいやそんな、三大公爵家の執事さんが、まさかそんなコソ泥みたいな事しないよね。




――結論から言うと、やっぱりその使者さんが八番を盗んでいたそうです。


何故それが判明したのかというと、その日の内にヴァンドーム公爵様から「お土産に頂いた、可愛い寄せ植え有難う。大切にします」と、わざわざお礼状が届いたからである。


これってあれかな?確実に私達を来させるための、人質ならぬ物質?


当然、バッシュ公爵家のほぼ全員が大激怒。


速攻、貴族言葉で「なにが土産だ!返せドロボー!」と綴った手紙を手に、ジョゼフがヴァンドーム公爵家のタウンハウスに突撃したのだが、時既に遅く。エレノア八番はヴァンドーム公爵様と共に、領地に向かって旅立ったとの事であった。


「若様方!どうか……どうか、エレノアお嬢様八番をお救い下さい!!」


「ああ!分かっている!必ず奪い返してくるよ!」


「あの野郎……よくも俺達の可愛い八番を!!」


「全くもって万死に値します!!心細さに震えているであろう八番を、早く救出してあげなくては!!」


「……あの~……」


どうやら八番、兄様方とセドリックの大のお気に入りだったようだ。熱量が半端ない。


しかし、なんというか……。ヴァンドーム公爵領に赴く趣旨が変わっているような気がするんだけど、私の気のせいかな?


ヴァンドーム公爵領には、真意を測る為に行くんですよね?寄せ植えを救出しに行く訳ではありませんよね?……なんかこう……不安だ。



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庭師達にとって、あまりに悲しい事件でした(笑)

というか、シークレットシリーズって何番まであるんでしょうね?


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