第433話 その後の栞

新学期が始まって早一ヵ月が経過した。


二年生になると授業内容も濃密になる上、課題もモリモリ出まくる。なので、それらを必死にこなしていたら、あっという間に月日が経過していたって訳です。……流石は選ばれしDNA養成学院。一年生の時はなんとかなったけど、今はついていくのが精一杯である。


ちなみにだが、私が補習スレスレのレベルでヒイコラしているのに対し、一緒に授業を受けているセドリックとリアムはというと……。「ああ、そういや一ヵ月経ったね」みたいな反応。

理不尽と言われようが、地味に腹立つ。これがDNAの頂点に座す者達の輝きというものなのか。


あ、そうそう!私の同級生のシャーロット様、エラ様、クロエ様なんだけど、当然というか、あまりの授業内容の難易度に知恵熱を出し、ぶっ倒れる事がしばしばあった。さもありなん。


……が!驚くべき事に、最近では頑張って最後まで授業を受けられる日が増えてきたのだ!


実習も、準備運動だけなら筋肉痛で倒れる事もなくなったし、今では軽く素振りが出来るまでになった。

未だにツンデレ仕様の彼女らに聞いたところによれば、同じクラスの婚約者達や、他の婚約者達にお願いして、基礎体力作りを頑張っているんだそうだ。


「凄い!頑張られているのですね!!」って感心していたら、「「「しっ、淑女の嗜みですわっ!!」」」と返ってきた。……淑女の嗜み、あらぬ方向に爆走している気がしないでもない。


まあ、それはともかく。


今現在、補習スレスレでヤバイ状況なのではあるが、私には心強い最終秘密兵器がいらっしゃるのである。……ふふ……。


「オリヴァーにいさまぁ~!!課題手伝ってくださいぃぃ~!!」


「ああ、勿論だよ!さあ、僕のエレノア!テキストを見せてごらん?」


今日も今日とて、モリモリに出された課題を両手で抱えながら、私は最終秘密兵器オリヴァー兄様の執務室へと駆け込んだ。

それを待っていたかのように、光り輝く笑顔で両手を広げながら私を迎え入れるオリヴァー兄様の視覚の暴力が目に痛い……。


ついでに言えば兄様、「まあ、その前に……」と、熱烈な「お帰り」の挨拶をするのを忘れないので、課題までいきつくのに、軽く三十分程はかかってしまうのだ。


え?お前ら、そんなに長い間イチャコラしているのかって?


いやいやそうじゃなくて、そのご挨拶キスによって軟体動物スライムと化した私が人類に戻るまで、それぐらいの時間がかかってしまうだけなんですよ。


オリヴァー兄様、私が学院に行っている間、私に会えない鬱憤を全力で晴らすかのような濃厚なスキンシップ、いい加減止めて欲しい。


でもそんな事を言えば、「ごめんね、エレノア……」と、兄様がしょぼくれてしまうのが目に見えている。……というより、実際口にしたらそうなった。

なので、ついつい絆されてしまうんだよね。クライヴ兄様には「このチョロ娘が!」って怒られるんだけど。


「オリヴァー!今日、エレノアはいつもよりも課題が多いんだから、それぐらいにしておけ!」


そう言って、オリヴァー兄様から私をベリッと引き剥がしたのは、未だ執事服のままのクライヴ兄様。

あ、有難う御座いますクライヴ兄様!ちょっと腰砕け気味ですが、お陰様で軟体動物にはならずに済みそうです!


オリヴァー兄様は、ちょっぴり不満そうな表情を浮かべながら、小首を傾げた。


「課題がいつもより多いって、どうしてなのかな?確かまだ、テスト期間は先だよね?……ひょっとして、ベイシア・マロウがわざとエレノアだけに課題を盛って、補習授業を行おうと目論んでいるんじゃないよね……?」


後半部分、段々とドスの利いた口調になってくるオリヴァー兄様に対し、クライヴ兄様は首を横に振った。


「いや、そんなんじゃねぇって!それに奴はエレノアが直々に作った、本物の・・・雑草の栞を貰ったってんで、今現在幸せ絶頂だ。だから、そういった姑息な手段はとらねぇと思うぞ?……今んトコは」


「……そう。今のところは……ね」


「ああ。引き続き監視は必要だが、奴も今回みたく、使いようによっては非常に有益だから、程々に甘い餌をやらねぇとな」


――な……なんか、兄様方の表情が黒い……!!


ちなみにだが、マロウ先生は『姫騎士同好会』なるものを設立するくらい、どういう訳か私を『姫騎士』として陰で崇めているそうなのである。

そして、その同好会の会員数なんだけど、なんと驚くべき事に、王立学院生の半分近く(下手すればそれ以上?)いるらしい。


しかも信じられない事に、卒業生やその親世代にも会員はいるらしく、今現在もその数は増え続けているのだとか……。(やめてー!!)


王家や兄様達はそれに目を付け、今現在絶賛警戒中のキーラ様対策として、マロウ先生にぺんぺん草の栞を大量に渡し、会員に対し「姫騎士の手作りだよ♡」として配りまくるようにと指示したのだそうだ。


……いいのかな?あれ、本当はウィルやシャノン達が作ったやつなんだけど……。


指示されたマロウ先生はというと、「実はここだけの話、こっちが本物の手作りでね。……身内にしか渡していない、超レアものだよ?」とアシュル様が、ドライフラワーと言うのもおこがましい、しなびた何かと化した私作の栞を渡したんだそうだ。

それに対し、マロウ先生は「こっ、これが姫騎士の手作り!尊い!!」と、賄賂を手に狂喜乱舞しながら、あっという間に会員全員に栞を配り終えてしまったんだって。


マロウ先生。あんなしなびた何かの為に……。本当にご苦労様です!


話によれば、その栞欲しさに同好会の会員数がまた増えたとか(……)。

お陰で今現在、ウィル達は内職よろしく、空いた時間にせっせと栞を作りまくっている。


会員の皆さんも、「姫騎士の手作りー!!」「キター!!」と、狂喜乱舞し、全員がもれなく肌身離さず持ち歩いているとの事。……うん。でもそれ、実は私の手作りではないんです。まあ、咲かせたのは紛れもなく私ですんで。そこの所は間違いないんで。外部発注物でも許してやって下さい。


というより、しなびた何かの栞じゃ、むしろ「……なあ、これ……」「偽物……?」となりかねない。そう考えると、ウィル達作の栞を配ったのは大正解だったと思う。私も勉強が忙しくて、栞作りなんてやっている暇ないしね!


そして気になる栞の効果なんだけど、クライヴ兄様やセドリックいわく、「あれ配って以降、変になる連中は出ていないようだ」だそうです。

ついでに言うと、私作の栞を持っているクライヴ兄様達も異常なし。萎れていても効果が同じって、自分で生やしておいてなんだけど、ぺんぺん優秀だなー!凄いなー!(棒)しかも食用にも出来るし!(ここ重要)


ちなみに私の栞作りなんだけど、未だにしなびた哀れな物体が出来上がるだけで、一向に上達していません。


でも、作る端から無くなっていくんだけど、一体誰が持っていくのか……。

あ、そういえば父様方や国王陛下方から、「ありがとー!大切にするね♡」と、連名で手紙が来ていたな……。まさかと思うけど、皆さん私の失敗作を持っているなんて言わないよね?違うよね!?


それにしても、なんで私はこんなにも萎びさせてしまうのだろうか?


ウィル達は、『火』と『風』の魔力を使ってドライフラワーにしている。そして私は、『土』の魔力しか持っていない。


けれども、『土』の魔力でも水分調整出来るらしく、「これも修行」と、自力でやらされている訳なのだ。

でも私は、魔力コントロールが未だに苦手なので、ドライフラワーならぬ萎れた何かになると……。うん、泣いていいですか?


そんな中、私はふと思い立った。「ひょっとして、タンポポだったら上手くいくかもしれない!ぺんぺんよりも大きいし!」……と。


ヤツらは八対二の割合で、ぺんぺん草の中にひっそり咲いている。私は早速ヤツらを収穫し、ドライフラワーにしようとした。


だがヤツらは、己の身の危険を察したのか、ドライフラワーにしようとした直前、一瞬で綿毛となった。そしてあれよという間に風に乗り、窓の外へと飛んで行ってしまったのである。


「お嬢様ー!!貴女という方はっ!!」って、後でベンさんに物凄く叱られたんだけど、聞けばタンポポは、花を手折って放置すると、数時間で綿毛となってしまう恐ろしい植物なのだそうだ。

流石は黄色い悪魔と呼ばれる園芸泣かせの植物!……でも私のタンポポ、数時間どころか一瞬で綿毛になったんだけど、一体どういう事なんだろうか?


そう考えると、逃げもせずに黙って萎れてくれるぺんぺん草は立派だと思う。流石は日本人に例えられる雑草。潔い。しかも食べられるし。……って、あれ?確かタンポポも食べられたんじゃなかったかな?


そんな事を考えていたら、結界内に咲いたタンポポが一斉に綿毛になったと、セドリックが教えてくれた。どうやら身の危険を感じたらしい。


でも結界に阻まれて、逃げ……いや、種を飛ばす事は出来なかったようだな。……フッ、無駄な抵抗、ご愁傷さまでした。


なんて思っていたら、ヤツらは根を地中深くに伸ばし、結界を越境して分岐して咲いていたらしい。

幸い、脱走したスレちゃんニルちゃんが美味しそうに食べ尽くしたみたいだけど、本当に油断も隙もあったもんじゃない!


え?「お前の分身みたいなもんだからな」って、それってどういう意味ですか、クライヴ兄様!?



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エレノア印のタンポポが、将来生物兵器に認定される日も近い(かもしれない)


そしてエレノアにとって、「食べられる」という点がなによりのポイントになっているようですv

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