第432話 何もかもが…!【キーラ視点】
「一体全体、どうなっているのよ!?」
王立学院から、ウェリントン侯爵家のタウンハウスへ戻った私は、自室に入るなりそう叫んだ。
そして感情の赴くままに、机に飾られていた花瓶を床へと叩きつける。
「お嬢様!?」
「いかがなされましたか!?」
ガラスが砕け散る派手な音を聞き付け、私付きの従僕が慌てて部屋へと入って来た。
そんな彼らに対し、私は収まりきらない苛立ちをぶつける。
「誰が部屋に入っていいって言ったの!?勝手な事しないでちょうだい!!」
「――ッ!」
「も、申し訳ありません!」
途端、青褪めながら非礼を詫びる侍従達に対し、私は冷ややかな視線を向けた。
「次は無いわよ!?……ああもう!さっさとソレ、片付けなさいよ!!まったく気が利かないわね!!」
私の恫喝に、謝罪の為に深々とお辞儀をしていた従僕達は、弾かれたように顔を上げる。
そして、駆け付けた他の従僕に掃除用具を持って来させると、急いで床に散乱した花瓶の破片や花等を掃き清め、瞬く間に床を綺麗に磨き上げた。
「……ふん。掃除の腕だけは良いじゃない?でもね、今度私の機嫌を損ねたら、お前達全員、掃除夫に降格してあげるわ。あら、なあにその顔。適材適所でいいでしょう?」
私の言葉を聞き、更に顔色を青くした彼等の顔を見て、先程の苛立ちが少しだけ収まる。
だが、従僕達が部屋を出ていき、一人になった途端、新たな苛立ちが次々と湧き上がってきて、思わず自分の指の爪を噛んでしまう。
「入学式当日は上手くいったのに……!!なんでそれ以降は駄目なのよ!?」
あのどうしようもなく目障りなエレノア・バッシュ公爵令嬢を『姫騎士』などと呼んで崇拝している上級生達を、私の信奉者に変える事が出来たというのに……。いつの間にかその全員が、元通りあの女の信奉者へと戻ってしまっていたのだ。
しかも、入学式で私の信奉者にした少年少女達も、ウェリントン侯爵家の家門に連なる下位貴族家や、ヴァンドーム公爵家の派閥の貴族家の者達は別として、次々と私から離れていってしまっているのだ。
「どういう事なの!?まさかあの女……エレノア・バッシュが何かしたっていうの!?それともまさか、あの女の婚約者達が……!?で、でも……それだったら王家が動いている筈だし、私の『力』は感知出来るようなものではないもの!」
――私の『力』。それは、相手の私に対する思いを『反転』させる事だ。
精神操作系の魔力保持者は、このアルバ王国も含めた各国では、殆どと言っていい程生まれないとされている。
それは、女神が『人の心は自由であれ』と定めたからと言われているのだが、対して女神を唯一信仰していない『帝国』では、アルバ王国とは真逆に、精神操作を主とする『魔眼』を持つ者が多く生まれているのだ。
私の生まれたウェリントン侯爵家は、秘密裏にこのアルバ王国に根付いた帝国人を祖とするらしく、その血筋ゆえに何代にも渡り、『男性血統至上主義』を謳う派閥の強硬派に属している。
ウェリントン侯爵家や、他の帝国人を祖に持つ家門や帝国と繋がっている貴族家は、帝国が『男性上位主義』である事から、女児よりも男児の誕生を喜ぶ習性がある。
私の父も例に漏れず、強固な『男性血統至上主義』だ。それゆえ、私が生まれた時は「男子ではない」事で、とても落胆されたのだそうだ。
『男性血統至上主義』であっても、生粋のアルバ王国の貴族家であれば、希少な女性の誕生を喜ぶ家が殆どだ。
私の実母も、折角希少な女児を産んだのに、あからさまに落胆された事に腹をたて、父に離縁を叩きつけ出ていってしまったのだそうだ。
父は『男性血統至上主義』だけではなく選民意識が強い為、女性のえり好みも激しい。その為、徹底して爵位が自分よりも下の貴族家の血が入る事を忌避している。
けれども、ただでさえ女性の数が少ないのに、同じ派閥内でも爵位が同等か上の貴族家に絞ってしまえば、釣り合う女性など僅かしかいない。
更にその身分ゆえに、気位の高い彼女らは、そもそも『男性血統至上主義』の男性を好んで相手にしない。
それゆえ父は、私以外の子供……切望する男児を設けられないという悪循環に陥ってしまっているのだ。
私は父を落胆させた女児である事から、父が主に暮らす王都に呼ばれる事もなく、その殆どを領地で過ごした。
勿論、女児であっても実子である私は、疎まれたり虐待されたりとかは一切なかったし、家臣達は主家の姫として傅い、真綿に包むように大切にしてくれた。欲しいものも、強請ればなんでも与えられた。
――でも、まるで女王様のようにもてはやされている他の貴族令嬢達を見てみれば、父達の私への扱いとの差は一目瞭然で……。
ウェリントン侯爵家は強硬派の筆頭だから、派閥の貴族達の殆どは男の子達の方を大切にするし、派閥の男子達も、必要以上に私に
アルバ王国において、女の子は愛し尊ぶ『国の至宝』として、蝶よ花よと大切にされる。なのに、それに引き換え私は……と、常に不満と鬱憤が溜まる毎日だった。
だがある時を境に、私の状況は一変した。
気が付いたのは、私が十歳になるかならないかの頃。
私の周囲にいる、私と仲の悪かった従弟達や『男性血統至上主義』の家門の男子達が次々と、私に傅き熱い恋情のこもった瞳で愛を囁くようになっていったのだ。
そしてそれは男子に限らず、家門の令嬢達も同様に、私を熱烈に信奉するようになっていったのだ。
その事を家令から知らされた父は、とある鑑定能力を有するとされる少年と共に、領地へと戻って来た。
「へぇ……。これは珍しい」
私を見るなり、そう呟いた少年は、私を詳しく『鑑定』した。
その結果、私には『魔眼』の力が備わっている事。しかも瞳に力が宿っているのではなく、魔力そのものに精神感応の力を有しているという事が分かったのだった。
しかもその能力は、相手の思考を『反転』させる事。
「ああ、だからか……」と、私は納得した。だって、私に元から好意を寄せる男の子達は以前と変わっていないのに、私に負の感情を持っていた子達が、以前と正反対の態度を取るようになったのだから。
「これは使えるね。何よりも『瞳』に魔眼の力が出なかったから、この国の王家ですら探知に苦労するに違いない。何よりこの『力』は『魅了』とは違うから、魅了対策を徹底している高位貴族であろうとも、防ぎ切るのは難しいだろう」
その少年の言葉を受け、私の父は狂喜乱舞した。
たとえ帝国の血を引いていたとしても、アルバ王国では『魔眼』が顕現しにくい。
度々帝国の血を密かに取り込み、『高貴な血』を薄めなかったウェリントン侯爵家であっても、その力が出た者は数える程しかいなかったのである。
なのに、『女』である私がその力を顕現させたのだ。それ以降、父の私に対する態度は百八十度変わった。
「キーラ、あのお方は特別で尊い方なんだよ。お前は他の貴族令嬢よりもうんと可愛らしいし、なによりも『高貴な血』と『力』を持っている。上手くすれば、あのお方の正妻にと望まれるに違いない!」
父は、私の能力を鑑定してくれた少年について、そう語ってくれた。
彼は帝国の……普通だったら口を利く事も許されない程に高貴な身分の方だったのだ。
「キーラ。君の素晴らしい能力は、僕の為に使っておくれ」
館を去る前、うっとりとする程の美貌を甘く笑ませ、優しく囁いてくれた『あのお方』に心奪われた私は、『あのお方』のお役に立ち、将来お傍近くに侍る為ならどんな事でもすると心に決めた。
だからこそ、この国の『男性血統至上主義』の総元締めである、ヴァンドーム公爵家総出で溺愛しているとされる、ベネディクトの婚約者にと望まれた時、難色を示す事無くそれを快諾したのだった。
父が陰で「半端者」と蔑むベネディクトには、人には言えない秘密があり、私は
正直気持ちが悪いし、平民の血を持つ男の婚約者になどなりたくはなかったけど、それがひいては『あのお方』の為になると思えば我慢も出来た。
だから、私は彼の愛称である『ベティ』と呼び、親しく接してあげているのだ。
それに、最終的にはこの国の根底をひっくり返し、『あのお方』がこのアルバ王国を統治する予定なのだ。そうなった暁には、ベネディクトは用済み。私は晴れて、『あのお方』のお傍近くに侍る事が出来る。
そうして父の……いや、『あのお方』からの指示に従い、私はベネディクトと共に王立学院に入学した。
その目的とは、王立学院の名だたる上位貴族達の子息や王家直系を私に夢中にさせる事。
それと、父が目障りだと嫌悪するバッシュ公爵の愛娘……。馬鹿みたいに男共に傅かれているエレノア・バッシュ。彼女の周囲の男達を全て私に惚れさせ、彼女を孤立させる事だった。
勿論、私自身の魅力で男を虜にさせる事は容易い。
なにせ、アルバ王国の男達は皆、馬鹿みたいに女に甘いのだから。
可愛らしく微笑んで甘えた仕草をするだけで、蕩けるような表情を浮かべながら私を熱い眼差しで見つめてくる。本当に笑ってしまうぐらい女に甘くて、馬鹿みたいに単純な連中だわ。
でもやはり、わざと奔放な態度を取り、あの女を愛する男達の不興を買った後で、その心を『反転』させるのが、一番手っ取り早い。
そう思って、わざと嫌われるように行動し、『反転』を使った。
「そうよ!最初のうちは成功していたのに……!」
今では何人かは篭絡出来ても、殆どの男達の気持ちは『反転』しなくなってしまった。
ベネディクトは相変わらずつれないし、父からは王家から厳重注意と共に、探りを入れられたと聞いた。エレノア・バッシュを慕っている令嬢達からは敵意を向けられるし……。本当に、何もかもが上手くいかない。
「どうしよう……!このままでは『あのお方』に幻滅されてしまう……!」
思えば入学式の日、食堂であの女に絡んで以降だ。私の計画が早々に狂いだしたのは。
「やっぱり、エレノア・バッシュが何かしたの……?そういえば、あの女の筆頭婚約者……。オリヴァー・クロスの父親は、宮廷魔導師団長だったわ。ひょっとして、あの女が義理の父に強請って、私の『力』を妨害させている……?」
私に比べ、遥かに見劣りする容姿の癖に、運の良さと血筋から、数多の男を侍らしている女なのだから、充分にあり得る。なんて忌々しい……!
「それに父に聞いた話によれば……」
更に許せない事に、『あのお方』はあの女にとても興味を持っておられるのだそうだ。
冗談ではない。あんな女が私の大切な方に気にかけられているなんて!!
「……エレノア・バッシュ。仮にもし、貴女が私の邪魔をしているのなら、私も容赦しないから……!」
――やはりあの女には早々に退場してもらわなくては……。
私はそう、心の中で呟いた。
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まさか、ぺんぺん草に阻まれているとは夢にも思っていないキーラ嬢でした。
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