第430話 企みと思惑

王都のほぼ中心部に在る、ヴァンドーム公爵家のタウンハウス。


『裏王家』とも言われる、王家分家筋の中では最も強い勢力を誇るヴァンドーム家にしては、その屋敷は若干こじんまりとしている。


だが、建物の造りや意匠は非常に独特で、真っ白い魔鉱石と、ヴァンドーム公爵家の『色』である青い魔鉱石をふんだんに使い、他の貴族の邸宅とは一線を画した、非常に異国情緒溢れる造りとなっていた。


しかも、そのタウンハウスを訪れた者達が度肝を抜かれるのは、ぐるりと丸く造られた、吹き抜けのエントランスであろう。


そこには、まるで南国の海をそのまま持って来たかのような、深く青く、どこまでも透き通った美しい水が湛えられ、魔道具を使い、各階から小さな滝が降り注いでいるのだ。


その、どごまでも開放的で幻想的な美しい景観は、まるで一つの絵画のようであった。


ヴァンドーム公爵領は、南海地全域に及んでいる。


南海地域は一年中温暖で、煌めく海は青とエメラルドグリーンの絶妙な色合いで、どこまでも透明。その美しさはアルバ王国屈指と称えられている。


また、アルバ王国一の漁獲量を誇る豊かな漁場と、このタウンハウスのような白亜の街並みが立ち並ぶ風光明媚な港町は、貴族や裕福な商人等が、こぞって観光に訪れている。


そんな豊かで美しい領土を代々統括しているのが、ヴァンドーム公爵家である。


また、現当主のアルロ・ヴァンドームは、既得権益を維持しつつ、他国との交易を更に活発化させ、莫大な利益と雇用を生み出す名君としても知られていた。


そして、今迄不可能とされていた『海の白』の養殖にも着手する……との噂までもが、まことしやかに囁かれているのだ。


もしそれに成功すれば、そこから得られるであろう利益は計り知れない。


それゆえ、三大公爵家筆頭であるワイアット公爵家を抑え、ヴァンドーム公爵家が筆頭になるのでは……とも言われているのだ。


だが彼は一時期、派閥の家門から、その立場に対して懸念を抱かれていた事があった。

その原因こそ、彼が未だに溺愛しているとされている細君の存在だった。


『男性血統至上主義』の家門を取りまとめる総元締めであるヴァンドーム家の跡取りである彼が、よりによって『平民』の娘を妻にと望んだのだ。当然というか、家門全体が荒れた。


だがアルロはそれらを、己の才気と実力で黙らせ、同じく難色を示していたヴァンドーム前公爵をも認めさせたのだった。


愛する妻との間に五人もの子を成し、その子供達もそれぞれが優秀な後継者として、アルロ・ヴァンドームと公爵家を支えている。まさに、三大公爵家の名に恥じぬ隆盛を極めているのである。


ただし、今現在唯一の懸念材料として、長男を初めとし、どの子供達にも婚約者がいない事が挙げられている。


国内外、同派閥無派閥関係なしに、山のような縁談が舞い込んで来ても、アルロは「私自身が妻と恋愛結婚だったからねぇ。子供達に強要は出来ないよ」と、子供達の自由意思に任せると、婚約の打診や要請に対し、のらりくらりとかわしているのである。


尤も長男には以前、同派閥であり、同じ穏健派であるハイエッタ侯爵の息女、フルビア・ハイエッタ侯爵令嬢という婚約者がいた。


だが彼女がデビュタントを迎えた時、「誰よりも目立つ為」にと、これでもかとばかりに海の白を使用したドレスを婚約者である長男に強請ったあたりから、不穏な空気が漂い出した。


フルビアは『男性血統至上主義』の家門の娘でありながら、ハイエッタ侯爵家が穏健派の重鎮であった為か、他の普通の貴族家同様甘やかされて育てられていた。


その彼女はこともあろうに、デビュタントに出席する王家直系へのアピール狙いで、海の白のドレスを婚約者に所望したのだった。


その思惑を知りつつも、当の長男は婚約者の要求に快く・・応じた。


その結果、有り得ない程の海の白で飾られたドレスが出来上がったのである。


海の白で覆い尽くされたそのドレスは、ドレスと言うより鎧のごとき重さで、当日初めてそれを身に付けたハイエッタ侯爵令嬢は、まともに歩く事もダンスをする事も出来ず、皮肉にもその事で誰よりも目立つ結果となり、大恥をかいてしまったのである。


それに激怒し、父親が止めるのも聞かず、彼女は一方的に婚約破棄をヴァンドーム公爵令息に叩きつけた。

その結果、今現在においても、まともな婚約者一人出来ない状況に陥ってしまったのは有名な話だ。


彼女に婚約者が出来ないのは、恥知らずにも王家に媚びを売る為に婚約者である息子に集った挙句、一方的に三下り半を突き付けたハイエッタ侯爵令嬢に対する、ヴァンドーム公爵家の報復……と言われている。


女性に恥をかかせる事を良しとしないアルバ王国では、表立ってその事を口にする者はいない。


だが、最も隆盛を誇る三大公爵家の一柱に睨まれた令嬢を娶ろうとする高位貴族など、どこにもいない。

だからこそ、『傷がついた』と一方的に思い込んでいたクロス伯爵家嫡男を狙い、更なる愚行を犯してしまったのである。


そんな中、今年王立学院に入学するヴァンドーム公爵家の五男、ベネディクト・ヴァンドームに、同派閥の中でも、強硬派の筆頭とされるウェリントン侯爵家の息女が婚約者となった事は、同派閥のみならず、他の貴族家も驚きを隠せなかった。


ヴァンドーム公爵家が『男性血統至上主義』の総元締めである事は、下位貴族以上の貴族家であれば、公然の秘密として知っている。


その中でも、歴代で一番の穏健派と言われてた現当主が、同派閥の強硬派筆頭である侯爵家の娘を、自分の息子の婚約者に添える。


それは周囲から「ひょっとして、ヴァンドーム家は強硬派の流れに乗ったのではないか」という憶測を生み出すに十分な出来事であったのだ。





「さて、リック。釈明を聞こうか?」


応接室のソファーに優雅に腰かけ、対座する相手をゆったりと見つめているのは、アルロ・ヴァンドームだ。


その明るく透き通った、まるで海のような濃紺の瞳に見据えられ、名を呼ばれたリック・ウェリントンは額に汗を浮かべ、その視線をまともに見る事も出来ずに顔を俯かせていた。


「私は確か君に、『今は様子見をするように』と言っておいた筈なんだけどねぇ?なのに、娘にその事を周知させなかったばかりか、君自身までもが、ああもあからさまな態度を取るなんて思わなかったよ。お陰で、あのオリヴァー・クロスのみならず、王家からもしっかり目を付けられる事となってしまった」


荒げた声ではない。むしろ穏やかですらある声音だが、その言葉一つ一つに威圧が加えられているように感じ、リックの頬を伝った汗がポトリと膝に落ち、服にシミを作る。


その委縮した姿からは、王家直系であるリアムに対して慇懃無礼に振舞っていた威勢は欠片も無かった。


「お、おそれながら……!私も、そして娘も、アルロ様のご意思に逆らうつもりはありませんでした。ですが、これ以上あの娘やバッシュ公爵家に大きい顔をされる訳にはと思い……!」


リックが「そして彼らを増長させる王家も……」の言葉を出す前に、それを遮るようにアルロが唇を開いた。


「その結果、勝手に釘を刺しに行った……と?やれやれ。私は君の事を少々過大評価していたようだ」


「そ、そんな……!!」


リックの顏が青褪め、顔を上げるものの、アルロの冷たい眼差しを受け、背筋に冷たいものが幾つも流れ落ちた。


「……まあ、いいだろう。君の娘の『実力』は、私の手の者から報告を受けている。あの『力』、君から聞いていた通りだったな」


途端、リック・ウェリントンの目に力が戻る、そしてここぞとばかりに勢い込んで唇を開いた。


「ええ、ええ!我が娘の実力は本物です!なにせ、我が祖先から脈々と受け継がれてきた『高貴な血』を最も色濃く受け継いだ、自慢の娘ですから!」


「うん。だからこそ、ベネディクトの婚約者に君の娘を添えたんだ。……リック。これ以上私を失望させる事のないように」


「は、はっ!!」


話は終わりとばかりに瞳を閉じたアルロに対し、リックは弾かれたようにソファーから立ち上がると、恭しく一礼し、退室した。


「……くそっ!アルバ王家の血を継ぐ系統ごとき・・・が偉そうに……!しかも、『高貴な血』が顕現した我が娘を、わざわざ下賤の血が混じった、『異質』な半端者の婚約者に添えてやったというのに……!」


廊下に出て一人になった途端、忌々し気に小さく吐き捨てるように呟いたリック・ウェリントンの口元が歪に歪む。


「まあいい。我が娘を王家筋に添える事には成功したのだ。後は周囲を固め、この国を本来あるべき姿に戻していかなくてはならぬ……。その為には、あの邪魔な王家に打撃を与え、彼の国への土産を用意しなくてはならない……」


人気のない廊下を、ウェリントン侯爵は瞳に仄暗い欲望の灯火を湛えながら歩いていく。

自身に防音結界を施していた為、不用意な発言を連発していた彼は、自分の後ろ姿を静かに見つめる少年の存在に気が付く事はなかった。



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様々な思惑を巻き起こしているアルロさんと、自意識過剰気味のウェリントン侯爵の回でした。

ちなみに、ヴァンドーム家のタウンハウスは、真っ白い大理石のギリシャ風建築に近い造りと想像して頂けたらと思います。

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