第429話 栞にでもしますか
――え!?ヴァンドーム公爵令息が、私の咲かせたぺんぺん草を!?
するとそのタイミングでサロンの扉がノックされ、すかさずウィルが対応する。
「オリヴァー様。デイビット様です」
「……そうか。通してくれ」
デイビットはジョゼフの右腕で、家令の仕事で
たまにジョゼフが本邸に出張した時などは、ジョゼフの代理として家令の仕事を務めていたりもしているのだ。
寡黙で無口な人だけど、出張のお土産にって、私に渡してくれたブーケの中に、こっそりチョコや飴で出来た花を紛れ込ませるような、お茶目でダンディなおじ様である。
デイビットは入室すると、王族であるアシュル様とリアム。次いで兄様方やセドリックに恭しく一礼した後、私にニッコリと微笑みかけた。勿論私も微笑み返す。そうしてデイビットは素早くオリヴァー兄様に近寄った。
何やら小声で耳打ちされたオリヴァー兄様は、僅かに眉を寄せ、最後に目を見開いた。
「ご苦労だった、デイビット」
デイビットに労いの言葉をかけた後、オリヴァー兄様はアシュル様へと再び視線を戻した。
「殿下、『影』から新たな報告があります。花瓶から抜き取られたのは、間違いなくナズナだったようです」
「「「「「!!」」」」」
オリヴァー兄様の言葉に、私を含めた全員に緊張が走った。
「……オリヴァー。それはもしや、彼の令息が
その場の全員が緊迫した表情を浮かべる中、アシュル様が重々しく口を開き、確認をするようにオリヴァー兄様に問い掛ける。けれど兄様は、静かに首を横に振った。
「そこまでは分かりません。ですが、わざわざカスミソウに擬態したナズナを、何の迷いもなく手に取った時点で、少なくともそれが普通の『花』ではない事は察していると思われます」
まさかヴァンドーム公爵令息……ううん、もうベネディクト君でいこう。彼は、私がうっかりぺんぺん草を咲かせてしまったのを見ていたのかな?だから、それを持ち去ったのだろうか?
「ベネディクト・ヴァンドーム……。一体彼は、何を考えているのか……」
確かに、父親であるヴァンドーム公爵様は、分かり易いぐらいに陽気で鷹揚な雰囲気を纏う方だったけど、彼……ベネディクト君はと言えば、感情を露わにしたのは、キーラ様に対して怒鳴りつけたあの一瞬だけ。他は一切の感情の揺らぎが見られず、全てにおいて淡々としていた。
あれは彼本来の気質によるものなのか、それとも何かを含んだ上での態度なのか。判断がつかない。
「彼はエレノアの咲かせたナズナを持ち去って、どうするつもりなのか……」
「ああ、アシュル殿下。そのナズナですが、報告には続きがあります」
「え?続き?」
「はい。令息はナズナを制服の胸ポケットに入れていたのですが、彼が帰宅する際、馬車へと乗る寸前に、一羽の白鳥に襲い掛かられ、ナズナを奪われたそうです」
オリヴァー兄様の報告を聞き、思わずその場の全員が目を丸くし絶句する。
って、なんで白鳥がぺんぺん草を強奪してんの!?
オリヴァー兄様いわく、「飛び去って行く白鳥の後姿と、それを呆然としながら見つめる令息の姿が印象的だった……とは、『影』の言葉です」との事だったが、確かに何もしていないのに、いきなり白鳥に襲い掛かられちゃったら、そりゃあ呆然としちゃうよね。
「……そういえば庭師長のベンが、敷地内の湖に、どこから来たのか白鳥が一羽住み着いたって言っていたな……」
なんと!白鳥がうちに住み着いたとな!?
「クライヴ兄上。庭師のリドリーも、庭師長の飼い猫のジュリが、白鳥と喧嘩している姿を見たとか言っていましたよ?」
し、しかもジュリと喧嘩って……。えっと……。まさかと思うけどその白鳥、馬のうーちゃん、鹿のしーちゃんと一緒に、私とジョギングしていた、白鳥のはーちゃん……なんて言わないよね?
あ、クライヴ兄様が「……バッシュ公爵領から追い掛けて来たか」って言いながら半目になっている。って事はやっぱり、はーちゃんって事なのかな?
というかはーちゃん、まさかとは思うけど、学院で私を出待ちしていたとか言わないよね!?
「……なんと言うか……。まあその白鳥、結果的にいい仕事をしたよね。にしても
アシュル様、私をチラ見しないで下さい!美味しいかどうかは知りませんが、少なくとも動物たちはもれなくがっついています。
「あ、でもアレ、今度雑炊に入れようと思ってるんです。興味があるなら食べてみますか?」
そう言ったら、無言でニッコリ微笑んでくれたものの、頷いてはくれなかった。他の面々を見ても、笑顔でスルーするか、目を逸らされてしまう。……何故!?
「まあ、話を元に戻そう」
どうやら、ぺんぺん雑炊はスルーする事にしたらしい。くっそう!そこまで嫌ですか。
「今回分かったのは、ウェリントン侯爵令嬢が、何らかの『力』を持っている可能性があるという事。平行して、ヴァンドーム公爵家も、何やらキナ臭いという事。そして、エレノアの咲かせた雑そ……いや、ナズナに、『解呪』の力があるかもしれないという事だね」
――なんと!私の咲かせたぺんぺん草に、『解呪』の力が!?
「取り敢えず、ウェリントン侯爵令嬢の『力』が何なのか、解明されていない以上、何らかの手を打つ必要がある。幸い、エレノアのナズナに効果があるらしい事が分かっているから、エレノアに大量にナズナを咲かせてもらって、栞にでもするとしようか」
「そうだな。それと念の為に、学院の連中にも配っておいた方がいいだろうな。……だが、雑草の栞をバラまいても、受け取る奴がいるかどうかが問題だが……」
「クライヴ兄様。貴方って人は本当、かたくなに雑草呼びですね!」
思わずそう言いながらジト目で睨んだ私を、クライヴ兄様は綺麗にスルーした。ぐぬぬ……!
今に見てろよ兄様。いつか絶対、ぺんぺん草以外の花を咲かせて、「参りました」って言わせてみせるんだからね!
「アシュル殿下。それじゃあいっそ、ベイシア・マロウを使うのはどうでしょうか?」
「え!?マロウ先生を!?」
何故そこで、マロウ先生!?
「うん。『エレノアの好きな野花を使った栞』だって言えば、きっと大喜びで食い付くだろうからね」
……そういえばマロウ先生、何度もヒューさん使って王家に〆られていても、雑草のごとくに復活しては、新たなる『姫騎士同好会』を立ち上げまくっているって言っていたな。
というか、私の事を『姫騎士』認定して、密かに崇めるのは止めて欲しいんだけど。
「そうだなぁ……。とどめに『エレノアのお手製』って言ってやればいい。きっと滂沱の涙を流しながら協力してくれる筈だ。ああ、大丈夫だよエレノア。本当に作れなんて言わないから」
そうは言ってもオリヴァー兄様。なんかその瞳が期待に満ち満ちているように見えるんですが、気のせいでしょうか?
「そうだね。きっと『姫騎士のシンボル』と言って、同好会の連中と一緒に、勝手に広めてくれるだろう。同好会の規模も増えそうで、そこは頭が痛いところだけどね。勿論、彼等に配る分は僕らのと違って、他の者が作った栞にするけど」
「は?え?」
「そうだな。本物のエレノアの手作りを、俺達以外が持つなんざ、言語道断だ!」
「あ、あの……ちょっと……?」
アシュル様、今『僕らと違って』って言いませんでしたか!?ってかクライヴ兄様、つまりは作れって言っているんですね!?
「当然、僕にも作ってくれるよね?エレノア」
「あ、それ良いな!エレノア、俺も持ち歩くから!出来ればディラン兄上とフィン兄上の分も頼む!」
笑いながら作ってコールをするセドリックに、すかさずリアムも乗っかる。
……分かりました。作りますよ。でも私、不器用だから期待しないで下さいよ!?
その後、全員で庭に移動した私達は、庭師達の渾身の作『花エレノア・改』(髪飾りがヒマワリから薔薇になった)や、私を模した(…)トピアリーをアシュル様に紹介した。
アシュル様は、それらにいたく感動してくれたんだけど、これ初めて見た時、リアムは爆笑していたんだよな……。ま、結局喜んでくれたんだけど、なんかバッシュ公爵家の庭園が、某テーマパークみたいになってきている気がする……。
「エレノアお嬢様!庭のあちらこちらに、『シークレットお嬢様』が配されておりますので、今度探してみてくださいね!」
なんて、庭の案内をしてくれているリドリーが誇らしげに語ってくれていたんだけど、シークレットな私ってなに!?一体みんな、何を目指しているの!?というかやっぱり、某テーマパークだ!!
そうして私達は、私が雑草……いや、花を咲かせる練習用にと、わざわざベンさんが整地してくれた一角へと向かう。
到着したのは、なにも植えられていない花壇だ。そこだけ結界に覆われていて、たとえ雑草が咲いたとしても、被害が他に広がらないように工夫されている(……)。
私は無駄だと思いつつも、薔薇だのカスミソウだのを思い浮かべながら、『満開になあれ!』と力を込めた。
……うん。安定のぺんぺん草が満開だね!
オリヴァー兄様が、黙しながら私の肩にポンと手を乗せる。兄様……。その慈愛に満ちた眼差し、目と胸に痛いです。そしてクライヴ兄様!笑わない!!
「エレノア、なんか白鳥が飛んできたよ?」
セドリックの言葉に空を見上げる。……うん、やっぱりはーちゃんだった!
余談だけど、その後ウィル達が頑張って作った栞は、元がぺんぺん草だと分からない程、可愛らしい仕上がりだった。
え?私が作った栞?……結果ではなく、努力した過程が大事なんだと思います。
とりあえず、精一杯頑張った事だけは強調しておこうと思う。うん。
あ、でも爆笑したリアムにはあげない!笑って謝られても、絶対許さないんだからね!!
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遂に動物のストーカーも登場したもよう。
ベティ君:「……解せぬ!」
ちなみに、エレノア印の栞を貰った時の感想。
デ:「いかにもな不格好さが、エルっぽくてたまらねぇ!」
フ:「ドライフラワーというより、なんかしなびている気が……」
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