第428話 男性血統至上主義の真実
「ああ、エレノア。そんなに不安そうな顔をしないで。『男性血統至上主義』とは言っても、君の元祖父のような思考の者ばかりではないから」
アシュル様が苦笑しながらそう仰ってくれる。それに兄様方も頷いているのを見て、知らず詰めていた息を吐いた。
グロリス伯爵家の元当主だった祖父は、それこそ前世の世界における古き悪しき習慣である『男尊女卑』そのものな考え方をしている人だったのだ。
しかし、そんな人の娘があのマリア母様だったというのは、皮肉というかなんというか……。
「それにヴァンドーム公爵家も、派閥を取り仕切っている総元締めとはいえ、穏健派の筆頭でもあるしね。特に現当主のアルロ・ヴァンドームは、歴代の中で一番の穏健派としても知られているんだよ」
そもそも、『男性血統至上主義』とは言っても、その考え方もピンキリらしく、「能力の高い男性が、唯々諾々と女性の我儘に付き合うべきではない」という点だけが共通認識らしい。
「成る程……」
私は、入学式で出会ったヴァンドーム公爵様の事を思い出す。
三大公爵家の一柱であり、王家筋だというのが納得出来る、まさに『ザ・大貴族』と呼ぶに相応しい、畏怖堂々とした方だった。
なのに、その態度も表情も、うっかりメル父様を思い出してしまった程に気さくでお茶目で……。こんな小娘である私に対しても、ウェリントン侯爵親子の代わりに真摯に頭を下げてくれた。
勿論、それが本心なのかどうかは分からないけど。
「なんというか、その……。ヴァンドーム公爵様のイメージが、『男性血統至上主義』と一致しないというか……」
「うん。そもそもヴァンドーム公爵家は、どちらかと言えば、王家の代わりにそういった思想の家々を監視し、過激思想の者や不穏分子の暴走を抑えているという一面が強いんだ」
「え!?そ、そうなんですか?」
「うん。そもそも『男性血統至上主義』って、「女性の我儘ばかりを素直に聞いていたら国が亡ぶ」と危惧した、我々王家直系の祖先が興した思想なんだよ」
アシュル様が話し始めた驚くべき内容に、オリヴァー兄様、クライヴ兄様、そしてセドリックも私同様、驚いたような表情を浮かべた。
アシュル様によれば、数を激減させた女性達を守り、愛し尊ぶ事を長年国是とした結果、当然と言うか、女性の我儘や傍若無人を叶え続けた弊害が現れだしたのだそうだ。
更には、その我儘や欲望の犠牲となった者達の恨みや不満、鬱憤も爆発寸前まで高まり、国が一時荒れてしまった。
その反省を踏まえ、王家は表では国是を守りつつ、裏では看過できない問題を起こした女性やその周囲に罰を与えていくようにし、意識改革を少しずつ進めていったとの事。
重罪を犯した女性達を収監する『バトゥーラ修道院』のような場所も、その過程で造られていったらしい。
そして更に、王家の分家筋であるヴァンドーム公爵家が、『男性血統至上主義』を謳い、現状に不満を持つ貴族達や有力者達をまとめあげ、ガス抜きを行っていったのだそうだ。
そのうえで、過激思想が目に余る貴族家や、国政や貴族間のパワーバランスを乱しかねない貴族令嬢達を密かに監視し、分かり易く自滅させたりしている……との事だった。
という事は、ヴァンドーム公爵家嫡男の婚約者だった真珠……いや、海の白レディーも、自滅させられたうちの一人だったのかな……?
――……あれ?じゃあなんで、私の祖父の事は放置していたのだろうか?
「それはねエレノア。グロリス伯爵家の事は、君の父上である公爵様が、しっかり裏で手綱を握っていたからだよ。パトリック兄う……姉上も、密かに協力してくれていたしね」
私の疑問に、オリヴァー兄様が笑顔で答えてくれた。相変わらず、私に対する読心術は他の追従を許しませんね!
「そうそう、バッシュ公爵は非常に優秀な人だからね。ヴァンドーム公爵も、敢えて自分が動く必要がないと思っていたんだろう」
父様への賛辞に頬を緩ませている私を、微笑ましそうに見つめていたアシュル様の顔が少しだけ曇る。
「……けれど、まさかそこに、ボスワース辺境伯が絡んでくるとは思わなかったが……。しかもあの騒動が起こった結果、四大公爵家の一柱も失う事となってしまった。……まあ、レイラ嬢については父親であるリオ・ノウマンが、ヴァンドーム公爵から苦言を呈されていたようだから、それは完全に彼の自業自得なんだけれどもね」
な、成程……。ヴァンドーム公爵家が『男性血統至上主義』の総元締めと聞いた時は驚いたけど、つまり公爵様自体にそういう思想が実は無くて、だからこそのあのアンバランスさだったのかな?
「ただ……。あのウェリントン侯爵家のキーラ嬢……。いくら派閥の重鎮の娘とはいえ、なぜヴァンドーム公爵が彼女を、自分の末子の婚約者に添えたのかが理解できない」
「ああ、エレノアに一方的に戯言を言い放ったという、愚かで浅慮で頭が軽いと報告があった、あの娘ですか?」
「その通りだオリヴァー。にしてもあの女、馬鹿そうなガキに見えて、案外したたかだったよな」
「クライヴ兄上もそう思われましたか。ですが、親子揃って王家直系であるリアムに対し、あの言動はちょっとあり得ないと思います!」
「……いや。俺の事は別にいいんだが、何を考えているのかが未だ読めない分、普通の姦しいだけの令嬢よりも厄介そうだよな」
兄様方やセドリック、そしてリアムが、揃いも揃って辛辣なキーラ様評を口にする中、アシュル様もそれに同意するように頷いた。
「ウェリントン侯爵家は、『男性血統至上主義』の派閥の中でも、ヴァンドーム公爵家の威光を盾に、王家に対して不遜な態度を取る程、最も強い過激思想を持っている派閥の長だ。しかも、娘自身も『アレ』だしね。大切な末子の縁続きにしたいかと言えば……それはないだろう。当の末子が惚れているというのならば分かるが、報告を聞く限り、そうでもなさそうだしね。それとも自滅を狙っているのか……」
自分の考えをまとめるように話すアシュル様を見ながら、私は当のヴァンドーム公爵令息であるベネディクト君の様子を思い返していた。
確かに、キーラ様の事を好きで筆頭婚約者になった……とは思えなかった。
何より、どんな思惑があっても、取り敢えず女性をたてるアルバ男にしては、あの態度はあまりにも淡白なうえにやる気が無さ過ぎだったから。
「アシュル、国王陛下方はなんて言っているんだ?」
クライヴ兄様の問いかけに、アシュル様は複雑そうな表情を浮かべた。
「何も」
「は?おい、何もって……」
「『あいつの事だから、何か考えがあるのかもしれんな』とは言っていたけど、それ以外は何も仰って下さらなかったな。元々、かの家とは役割柄、互いに深く干渉しないしさせないという、暗黙の決まりがあるんだ。……まあ、父上達やワイアットが動かないという事は、まだ
そこでアシュル様は私に真剣な眼差しを向けた。
「エレノア。何故君は食堂で、『アレ』を咲かせたんだ?」
「え?アレ……ですか?」
「うん、ナズナだよ」
「ナズナ……って……。あっ!」
――ぺんぺん草の事かー!!
『ぺんぺん草』の方が、前世から馴染んだ呼び名だったから、一瞬分からなかった。
そういえばヤツは、食用可能な春の七草の一つだったっけ。……うん。今度雑穀雑炊に入れてみよう。
「えぇっと、何故咲かせたのかというと……。なんかあの時、急にモヤッとした嫌な気分になって、思わず身体に力を入れたら、何故か出現したというか……」
しかも、しっかりカスミソウに擬態するように紛れて咲いていた。あやつ……何気に空気を読むようになったな。
「……そうか。ちなみにだがリアム。お前はその時、何かを感じたか?」
「いえ、兄上。何も」
「セドリックとクライヴは?」
「いいえ。僕も特に不快な気分にはなりませんでした」
「右に同じく。……だが、あのオレンジ頭の取り巻きになっていた上級生の連中だが、エレノアが雑草咲かせた後、
クライヴ兄様……。雑草じゃなくて、せめてぺんぺん草って言って下さいよ。
いやでも、ツッコむのはそこではないな。
「あの、クライヴ兄様。まともにって何ですか?」
「……あいつらの殆どが、いまだにバッシュ公爵家に釣書を送り付けてきている連中なんだよ。ったく、しつこいったらねぇぜ!」
そう言いながら、クライヴ兄様が忌々し気に顔を顰める。ってか、釣書……ですか。
「それなのに、何故か揃いも揃ってあの女の取り巻きに加わっていやがったから、変だと思ったんだよ。それが雑草が咲いた途端、いつも通りになりやがった。……アシュル。まさかとは思うが……」
「いや、『魅了』の類ではないだろう。それならばリアムはもとより、君達や『影』のいずれかが必ず気が付く筈だからね」
「……確かにな」
はて?何故にリアムや兄様達が必ず『魅了』に気が付けるのだろうか?
そう思った私に、アシュル様が説明してくれる。
それによると、アルバ王国の人間……特に王族や高位貴族は、あらゆるスペックがとにかく高いので、
そんな彼らを落とそうと、まず真っ先に使用されるのが『媚薬』。そして『魅了魔法』なんだって。
余談だが、外交担当のフェリクス王弟殿下なんて、行く先々で必ずそういう輩に遭遇するという事で、今では回数を賭けの対象にされてしまっているのだそうだ。
なので、アルバ王国の貴族達は、幼少期から薬物への耐性をつけ、更に『魅了』対策では、『魅了避け』の魔道具を必ず身に着けているのだそうだ。
勿論、アシュル様やリアム、兄様方やセドリックも、ちゃんとそれらを身に着けていて、それぞれ私に「これだよ」と見せてくれた。
ちなみにだけど、クライヴ兄様は執事服の時だけブレスレットで、他は全員クラバット留めだった。
しかも、王家直系や高位貴族の使用する物は宮廷魔導師が手掛けていて、兄様方やセドリックのものに至っては、幼少期の頃からメル父様自らが、防御魔法の付与を行っているんだそうだ。
尤も訓練をしていれば、相手が『魅了』を使ったかどうかはすぐ分かるし、魔力が高い者はすぐに解除する事が出来る、
だから王家直系や高位貴族なんかは、あくまでも『いざという時のお守り代わり』に身に着けているんだって。
「……ひょっとして、ウェリントン侯爵令嬢が持つ未知の能力で、ヴァンドーム公爵が……?いや、まさかと思うが……」
「……宜しいでしょうか?アシュル殿下」
「なんだい?オリヴァー」
「我がバッシュ公爵家の『影』からの報告で気になる事が。……ヴァンドーム公爵令息が、エレノア達が座っていたテーブルの花瓶から一本の花を抜き取り、持ち去ったらしいのです。それがどの花かは確認出来なかったらしいのですが、ひょっとしてその花、エレノアが咲かせたナズナなのではないかと……」
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女性をダメにするビーズクッションレベルでも、意識改革頑張って、マシになっていたという……。
ちなみにですが、ディーさんの魅了避けは、戦闘の邪魔にならないアンクレットで、フィン様は眼鏡ですw
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