第427話 報告と説明

『帝国の情報……!』


私は改めて気を引き締める。そして、はたっと気が付いた。


今現在の最大の宿敵の話を、当事者である私が、婚約者の膝の上で甘味をモグモグしながらなどという怠惰な状態で聞いて良いものか?


――……否!!断じてそれは許されない!


「え?エレノア?」


私はセドリックの膝の上から下りると、彼の隣にちょこんと座り直す。そんな行動に動揺するセドリックに対し、私はキリッと表情を引き締めた。


「この国にとって……ううん、私自身にとっても大事な話だから、ちゃんとした姿勢で聞きたいの!」


私の決意表明に、セドリックは戸惑ったままだ。やっぱり唐突だったかな?一応フォローを入れておこう。


「あ、勿論、セドリックの膝の上が嫌だって訳じゃないよ?ただ、皆の膝抱っこって、人をダメにするクッションみたいで、どこまでも怠惰になっていきそうで……」


そう。思えばアルバ男って、あのクッションみたいだって、最近思うのだ。


どこがって、痒い所に手が届き、絶妙なタイミングでデロデロに甘やかしてくるところですよ!前世で言うところの、ダメンズ製造機……いや、この場合逆だから、ダウーマン製造機とでも言おうか。まさに人を……いや、女をダメにする何かだ!


「人を駄目にするクッション……?」


そんな私をセドリックだけでなく、兄様方やアシュル様、リアムが目を丸くしながら見つめる。


『なんだそれ?』という疑問に応え、私は前世において、別名『人をダメにするクッション』と言われていた『ビーズクッション』について説明をした。


ただ、そもそもビーズ素材自体がないこの世界で、身体を絶妙な柔らかさと沈み具合で受け止め、起き上がる気力を根こそぎ奪う、悪魔のようなあのクッションの事を上手く伝えられなかったのだが、流石は至高のDNAを持つアルバ男達。なんとなーくだろうけど、私の拙い説明を理解してくれた。


「つまり、君にとって僕達の抱擁や膝抱っこは、あまりの心地よさに堕落してしまいそうな程、魅力的だって事なんだね?」


くっ!オ、オリヴァー兄様!プライス一億円の笑顔が眩し過ぎる!!


「嬉しいぞエレノア!まさかお前が俺達の事を、そこまで……!」


ク、クライヴ兄様……!貴方の笑顔も、糖度計が振り切れそうな程の甘さです!!


「……エレノアの元いた世界では、そんな恐ろしいクッションが普通に存在していたんだね……!ひょっとして、魔道具かなにか!?」


「う、ううん。そもそも魔力云々、一切ない世界だったから」


「何だそれ!凄いな!!魔力がないのに、人をそこまで堕落させるような物を作り出せるのか!流石は、エレノアや母上を生みだした世界だ!!」


セドリックとリアムが別の意味で感動している。……うん、和むなアオハルコンビ。

ってか何気にその言い方、『私とアリアさんを生み出した世界だから凄い』みたいになっているんだけど、私達ごくごく一般的な普通の人間でしたがな。


「エレノア。僕達が君の癒しになっているというのなら、腕でも膝でも胸でもいくらだって貸すし、なんならどこまでも堕落していっていいんだからね?」


「ア、アシュル様!堕落はいかんと思います!というか、論点ズレてますから!!」


「ふふっ。冗談だよ♡」


いや、それ絶対本心ですよね!?そして、甘々スマイルとエロエロボイスのフルコンボは卑怯だと思いますっ!!腰砕けますから!!


ともかく全員、自分達が堕落するクッションに例えられたというのに、何故か物凄く喜んでいる。流石はアルバ男。


その後、必死に「ともかく、私の言いたい事はですね!」と、話をビーズクッションから軌道修正する。


「分かったよ。御免ねエレノア。ついつい君を甘やかしたくて仕方がなくなってしまうのは、僕達の悪い癖だね。うん、これからはこういう場では、ちゃんと君の意志を尊重するよ」


「オリヴァー兄様……!はい、有難う御座います!!」


私の満面の笑みに、オリヴァー兄様や他の皆も、揃って「ごめんね」と苦笑してくれる。


いいんですよ。私も皆に甘やかされるの、決して嫌いではないし、むしろ嬉しいですし……って、あ!これは口にするのは止めとこう。折角鎮火してくれたっていうのに、また溺愛が爆発してしまう!


……ん?えっ?あれっ!?ウィル、何故にケーキスタンドを撤去してるのかな?それはそのままでいいと思うんだよね!

え?「お話が終わったら、新しいものをお持ちします」?いやいや、むしろ難しい話には、脳の栄養である糖分が必要不可欠だと……。


いえ、何でもありません。済みませんでした。だからクライヴ兄様、手をワキワキするのは止めて下さい!





◇◇◇◇





「さて、それでは改めて。まずは帝国関連についての話だが……」


そうしてアシュル様の口から語られたのは、帝国の第四皇子シリルが企てた計画の一部始終だった。


彼を始めとして、皇帝の息子達は競い合うように世界中で暗躍し、魔力の高そうな女性や、勝手に『零れ種』と呼んでいる、転移者や転生者達を狩っていたのだそうだ。


その中でもシリル皇子は、血統の高さや『魔眼』の力の強さもさることながら、幼い頃から相当の切れ者だったらしく、その手腕は皇族の中でもダントツだったそうだ。

そしてなんと、『魔獣使いビーストマスター』達を使い、リンチャウ国の奴隷商らを隠れ蓑に暗躍し、各国の魔力持ちの女性達の人身売買を行っていたのだという。


捕らえられた『魔獣使いビーストマスター』を、イーサンが徹底的な尋問……もとい拷問を行った時点では、人身売買組織の黒幕の存在は『高貴な身分の誰か』しか掴めていなかったらしい。


だけど、デヴィンを捕らえて口を……というより、徹底的に精神感応で情報を吸い出した事により、彼が黒幕であるシリル皇子の命を受け、『魔獣使いビーストマスター』らを表向きの組織の『顔』として暗躍させていた事実が判明したのだそうだ。


「ひょっとして……。リンチャウ国に攫われたこの国の女性達が、殆ど戻って来なかったのって……!」


私の言葉に、アシュル様が重々しく頷いた。


「ああ。魔力がどの国の女性よりも高い我が国の女性は、奴らにとって、まさに金の卵を産む極上の贄だ。魔力の高い貴族の娘などは、真っ先に帝国に送られてしまっていたらしい。勿論、平民であっても、魔力の高い者は同様にね」


「そんな……!」


それじゃあ彼女達は今、どうなってしまっているのだろうか。


アルバ王国とは価値観も考え方も真逆な帝国に連れ去られ、自分達の種を繋ぐ為の道具のように扱われているのか……?


『許せない……!!』


私は改めてシリル皇子に……いや、帝国に対し、強い怒りを覚えた。


「どうやら彼は、挙げた数々の功績・・から帝位継承一位と目され、相当な権限を皇帝から与えられていたようだ。だが、先のリンチャウ国の粛清と人身売買のルートを全て我々に潰され、その立場が揺らぐ事となってしまった」


「……成程。だからこそ起死回生の一手として、我が国に奇襲をかけ、奴らが言うところの『こぼれ種』であるエレノアを奪おうとしたのか……」


「ああ、その通りだよクライヴ」


「アシュル殿下。確かにエレノアは規格外の子ですし、魔力も高いから目を付けられるのは分かります。でも彼らが……その、エレノアを『こぼれ種』かもしれないと思ったのは何故でしょうか?」


「当然の疑問だね、セドリック。……帝国が『異世界人召喚』を、自ら行っていたのは知っているだろう?」


「はい」


「その結果、他の国と比較できない程多くの転移者の特徴や考え方を知るに至った。だからこそエレノアが転移者、もしくは転生者かもしれないと疑い、手の者を使って調べさせていたんだろう。その結果、確信を得るに至った……」


その『手の者』とは、『アリステア』として潜伏していたデヴィンの事だろう。

一体いつ頃から、彼は『アリステア』に成りすましていたのか。また、本物のアリステアはどうなったのだろうか……。


「そして特筆すべきは、その奇襲に第三皇子が協力していた……という点だ」


「第三皇子?」


「ほら、あの時。第四皇子を連れて逃げた、あの男だよ。名は『セオドア』というらしい」


「ああ……あの」


オリヴァー兄様が、思い出したように頷く。


第四皇子を連れて逃げたって……。確か以前聞いた話によれば、シリル皇子を捕らえる直前にいきなり現れ、目の前からシリル元凶を易々と奪って行ったって……。


そんな男がまさか、帝国の皇子の一人だったなんて……。


「フィンがデヴィンらから吸い上げた情報によれば、彼は『魔眼』は持っていても大した力はなく、皇位継承権も最後から数えた方が早い程だそうだ。……が、デヴィンは第四皇子側の側近だ。第三皇子の能力については詳しく知っていない。なんせ兄弟といえど、その殆どが腹違いだそうで、互いが蹴落とすべき宿敵ライバルだから、足の引っ張り合いは日常茶飯事だったらしいからね」


「……察するに、彼の『魔眼』の能力は、フィンレー殿下と同じ『転移』……なのでしょうね」


「ああ、オリヴァー。そう捉えるべきだろうね。なにせ復活した君の結界を易々とくぐり抜け、自分以外の人間を複数、連れ去る事が出来たのだから。……尤も、『魔眼』の厄介なところは、隠し玉が複数ある場合が多いという点だ。例えば僕が『光』の魔力を隠し玉にしているように……ね」


「ええ。その通りですね」


「バトゥーラ修道院を襲撃したのも、その第三皇子だ。ただ流石に、結界を突破したのはいいものの、精鋭である護衛騎士達に加え、オルセン将軍がその地区担当だったのが致命的となり、襲撃は受けたものの、女性は誰一人奪われなかったのが、不幸中の幸いだった」


オリヴァー兄様が、苦虫を噛み潰したような顔をしている。


フィン様をもってして「えげつない」と称される、オリヴァー兄様渾身の防御結界をくぐり抜けてきたのだから、その力は『たいした事がない』どころか、とんでもない能力だ。

そのうえ、アシュル様の言うような『隠し玉』を第三皇子が持っていたとしたら、かなりの脅威となるに違いない。


「さて、そして今回のもう一つの報告についてだけど、まずはヴァンドーム公爵家の事について説明をしておこうか」


ヴァンドーム公爵家……。あの粋なウィンクを、不意打ちとばかりにぶちかましてきた、あの方のお家ですか。


「ヴァンドーム公爵家は、何代も前の王族が興した公爵家で、王家の傍系扱いになっている。……そしてここが重要なんだけど、彼の公爵家はね、『男性血統至上主義』を掲げる派閥の総元締めでもあるんだ」


――男性血統至上主義……って!それって、私のお爺様だった、前グロリス伯爵と同じ……!?


私の動揺を察したように、セドリックが私の手をギュッと握った。



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アルバの男=ビーズクッション(別名、人をダメにするクッション)。

ある意味アルバの男にとっては、最高の誉め言葉なのかもしれませんね。

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