第426話 まずはご挨拶から
「ア、アシュル様!?それにリアム!!」
ど、どうしてここに、二人がいるんだろうか!?
アシュル様は、私を腕抱っこしているオリヴァー兄様へ、一瞬生温かい表情を向けた後、ニッコリといつものキラキラ王太子スマイルを浮かべた。
「それは勿論、僕達の愛しい婚約者に会う為……と、言いきれたらいいんだけどね。本題は例の帝国人達の聴取が終わった事への報告だよ。……それとまあ、色々と説明が必要だと思ったからかな。なんせ君達、今日は
『帝国人達の聴取』と聞き、クライヴ兄様とセドリックの表情が引き締まる。
オリヴァー兄様の表情や態度は変わらないから、きっと私達が帰って来る前に、来訪の目的を聞いていたんだろう。
にしてもやはりというか、王家もオリヴァー兄様も『影』によって、今日あった色々な出来事……特に、キーラ様やウェリントン侯爵、そしてヴァンドーム公爵親子とのやり取りを把握しているっぽい。
「……成程な。なら、お前がわざわざやって来たのも納得だ。ってか、お前とリアム殿下が来たって事は、『例のあの人』が送って来たって事だよな?……で、あの人どこに行ったんだ?」
クライヴ兄様の言っている『例のあの人』って、フィン様の事だよね?
別にぼかさなくてもいいと思うんだけど、やっぱりオリヴァー兄様に気を使っているんだろうな。
それにしても……。
まあ、それはこの際置いておいて。クライヴ兄様も不思議がっているけど、なんでフィン様ここにいないのかな?
「ああ、フィンなら僕達を送らせた後に帰したよ。仕事は腐る程あるし、僕があらゆる事象に忙殺されている間、ディラン共々、呑気にこちらに押しかけては遊んでいたんだから、馬車代わりに使ったって文句言えないよね?」
「ええ。それはもう、当然の措置ですね。あの方は少々、王族としての自覚が足りませんし、それぐらいはまったくもって許容範囲内でしょう」
極上とも言える王族スマイルを浮かべたアシュル様と、これまた清々しい晴れやかな笑顔を浮かべるオリヴァー兄様が、互いに頷き合う。
……なんだろう。一見すると、超絶美形同士の穏やかな語らいなのに、二人の背後から立ち昇る暗黒オーラが、「越後屋。お主も悪よのう」「いえいえ、お代官様には敵いません」的な、時代劇のワンシーンに見えてしまう。……私も少々、疲れているのだろうか。
「アシュルってああ見えて、長男気質の苦労性だからなぁ」
「ええ。実は何気に鬱憤溜めていらしたんですね」
クライヴ兄様とセドリックの会話に汗を流す。成程。奔放な弟への嫌がらせ兼お仕置きってやつですか。
「フィン兄上。当然残る気満々だったから、むちゃくちゃごねていたんだけどさぁ……。久々にアシュル兄上の本気の恫喝受けて、涙目で帰っていったよ」
とは、後にリアムが語ってくれた台詞です。……ああ。そりゃあオリヴァー兄様も大喜びだったろう。フィン様、どんまい!
「――でだ。報告会をする前に、愛しい婚約者に挨拶させておくれ」
そう言って、更に輝きを増した笑顔を浮かべながら、アシュル様が私に向かって両手を広げる。……つ、つまり、胸に飛び込んで来いと仰りたいのですね!?いきなりハードルたかっ!
オリヴァー兄様も、アシュル様のこの行動は想定内だったようで、ごねる事無く腕に抱いていた私を床へと下ろした。ただし、能面のような無表情を浮かべながら。
オリヴァー兄様、全くもってブレませんね。
私は顔を赤くさせながら、遠慮がちにアシュル様に近付くと、そのままポフンと抱き着く。すると広げていた腕が、私を優しく包み込むように抱き締めた。
「ああ……癒される。こうして人目を忍んで、コソコソ君と会う生活から一分一秒でも早く脱却する為に、帝国を完膚なきまでにぶっ潰せるよう、これからも全力で頑張るからね!」
オリヴァー兄様ばりに、感極まったようにぎゅむぎゅむと抱き締めてくるアシュル様は、私の頭頂部に何度も優しくキスをする。
「ひぃえぇぇ~!!」と、心の中で絶叫しつつも頑張って耐える。というかアシュル様、不穏な本音が全力で駄々洩れていますね!
「アシュル兄上!それ以上やると、エレノアが目を回すか鼻血噴くから、そろそろ替わってよ!」
実際、目を回す寸前な私の耳に、不機嫌そうに焦れたリアムの声と、アシュル様の小さな苦笑が聞こえてくる。というかリアム!言い方!!
最後に唇に口付けを落とされ、ボボボッと顔から火が噴いた後、バトンタッチとばかりに、リアムが私の身体をギュウウウー……と、全力で抱き締めた(勿論、圧死しない程度に加減しているけど)
「エレノア……。ちゃんとお前の事を庇ってやれなくて、ごめん」
そう口にしながら、やっぱりぎゅむぎゅむと私を堪能するように抱き締めてくるリアム。そのしょぼくれたような声音と態度に、思わず眉根が下がった。
私と婚約した事実を世間に公表していないリアム達は、兄様方やセドリックと違って、婚約者として私とこうして触れ合う事が出来ない。
一度、長期連休明けに抱き締められた事があったけど、あの時はまだドブス化眼鏡していたし、私と王家直系達との関係が表立っていない時だったから、友人同士の挨拶という事に出来た。
まあそれはともかく、そういう事もストレスだろうに、世間一般的に私と彼等の立ち位置は、『お気に入りのご令嬢』と、『王族に気に入られている貴族令嬢』という立場でしかない。
だから、今日みたいにキーラ様にああいう事を言われても、公正さを旨とする王族の立場としては、いくら『お気に入り』だとしても……いや、だからこそ、深入りして一方的に庇いだてる事が出来ないのだ。
私は抱き締めている……というより、抱き着いているようにも見える大型ワンコのようなリアムの背中を、慰めるように、トントンと掌で叩いた。
「大丈夫だよリアム!貴方の気持ちは充分わかっているから!大好きなリアムの立場が悪くなるのは嫌だから、私、自分で頑張るよ!」
「エレノア……!!」
しょげて垂れていた、ワンコの耳が途端、ピンと立った……ような幻覚が見えた。
そして感極まったリアムに押し倒される勢いで口付けられ、一瞬思考が真っ白くフェードアウトしたところで、怒ったセドリックがリアムから私を引き離した……らしい。
「らしい」と言うのは、意識がハッキリした時、私を含めて全員がソファーに着席していたからだ。
しかも、私が座っていたのはセドリックの膝の上で、ついでにお菓子まで食べさせられていたのである。
……うん、深くは考えないでおこう。新作のシフォンケーキ、うまし!
「セドリック、十五分後には交代だからな!」
「ちょっとリアム!まだ十分しか経っていないんだけど!?」
「ほらほら、喧嘩は止めなさい。……それにしても意外だね。オリヴァーだったら、最初から最後までエレノアを独占しようとすると思っていたんだけど?」
独占って……ああ、このお膝抱っこの事ですか。
「アシュル殿下、僕もそこまで狭量ではありません。それに、婚約者同士の円滑な関係性を保つのも、筆頭婚約者の責務ですからね」
「良い事言っているようで、一人三十分。ぐるりと回ったら、最後にお前がずーっと独占するつもりなんだよな?」
「……クライヴ。邪推は良くないと思うよ?……でもまあ、筆頭婚約者の特権としてはアリだよね」
「なんでもかんでも特権で逃げんな!!」
ワアワアと、楽しそう(?)に盛り上がっている最中、アシュル様が本題を口にした。
「さて。それではこちらに捕らえている帝国の者達から、フィンや『影』達が搾り取った情報を、君達に伝えるとしようか」
途端、その場にピリリとした緊張感が走り、その場の全員の表情が引き締まった。私も口腔内のフィナンシェを、急いで咀嚼し飲み込んだ。
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何気に色々と溜まっているっぽいアシュル様。そして思いがけず、天敵が一泡吹かせられ、ご機嫌のオリヴァー兄様でした。
次回は報告会です!
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