第425話 新学期はまだ初日です
「……長い一日だったな……」
「ええ……。本当ですね……」
バッシュ公爵家の馬車に揺られながら、私の対面に座ったクライヴ兄様とセドリックが、なんかちょっと遠い目をしながら呟く。
そんな彼らの言葉に対し、私は御者さんが用意してくれていたおやつのアップルパイを食べながら、同意とばかりに頷いた。
確かに。
ヴァンドーム公爵親子とウェリントン侯爵親子との対面。王立学院初のクラス替え。同性の友達候補達の出現……と、新学期一日目は、色々な意味で非常に濃い一日となった。
『そういえば……』
「いいか、エレノア!たとえ雌鶏の友人とやらが出来たとしても、お前の親友は私だけなんだからな!!お前が盛りに盛っていた時、唯一友人してやった私の事を、忘れるんじゃないぞ!!」
……なんて、馬車に乗り込む前にマテオが喚いていたっけな。
なんか、あまりにも鬼気迫る必死さだったから、「勿論!マテオはずっと、私の一番の親友だよ!」と、安心させるように笑顔で言ったら、真っ赤になってコクコク頷いていた。
ついでに、「あっ、当たり前だろう!?頭も行動も振り切れているお前の親友なんて、私以外に務まる訳がないからなっ!」なんて、ツンとそっぽを向きながら言い放っていたっけ。……うん。やっぱりマテオのツンデレは一味違う。
あ、そうそう!ツンデレと言えば、シャーロット様、エラ様、クロエ様。
やっぱりというか当然というか、念入りに行った準備体操で力尽き、観客席より少し離れた所にある救護スペースに運ばれてしまいました。
その時、クライヴ兄様が颯爽と近付き、「宜しかったら……」と、フレッシュフルーツを盛った、目に映えるアイスティーを差し入れたんだけど、その結果。息も絶え絶えだった彼女達に最後の止めを刺してしまい、失神してしまったのだ。
そんな彼女達を、その場にいた婚約者達が大騒ぎしながら保健室に担ぎ込む騒ぎとなってしまい、元凶の一端となったクライヴ兄様は、その場にいた沢山の同期生達から「あ~あ……」と、非常に生温かい眼差しを向けられる羽目になったのだった。
「クライヴ兄上……。エレノアの友達になるかもしれないご令嬢方に対し、あまりに惨い仕打ちですね」
「ああ……。まさかお前がそこまでやるとは……」
「ちょっと待て!なんだ、その仕打ちってのは!?俺は善意で茶を振舞っただけだぞ!?理不尽だろうが!!」
……なんて、運ばれていく彼女達を見送りながら、セドリックとリアムがタッグを組んで、クライヴ兄様を弄っていたっけ。
でもクライヴ兄様。それって言われて当然だと思いますよ?
だって、王立学院の在校生だった時代から、一貫してご令嬢方に塩対応だった氷の貴公子が、よりによってビシッとキメた執事服で「こちらをどうぞ」なんて、美味しそうなフルーツアイスティーを差し出してくるんだよ!?そりゃあ、心臓止まりますよ。観客席からの悲鳴のような金切り声も凄かったし。
……シャーロット様方、色々な意味で大丈夫かな……?
「……おい、エレノア。何だ、そのジト目は!?」
あれこれ思い出していた思考を一旦停止させると、目の前でクライヴ兄様が、不機嫌そうに私を睨み付けていた。
おや?そんな目になってしまってましたか。
でもこれはクライヴ兄様が悪いと思います。自分自身をちゃんと分かっていないから、不必要に周囲が混乱して大惨事になってしまうのです。
兄様には是非とも、自分の魅力を再認識し、節度ある行動をして頂きたいと願います。
「やかましい!お前にだけは言われたくないわ!!」
「あっ!クライヴ兄様、またしても私の心を読みましたね!?」
というか、なんでこう、どの人も私の心を読んでしまうんだろう?前まではオリヴァー兄様だけだったのに、年を追うごとに増えていくのはなんとも解せない!
「うるさい!お前はいちいち分かり易すぎんだよ!」
うう……またしても!
というか、それを敢えて口にしないのが、優しさというものではないでしょうか!?
「エレノア、それだけ皆が君を理解しようとしているって事だよ。……というか、僕もクライヴ兄上の言葉に全面的に賛同するから。君が以前言っていた、『人の振り見て我が振り直せ』だったっけ?あれ、まんま君に当て嵌まるよね。と言う訳で、エレノアも頑張ってね」
くっ!セドリック……!!最近、オリヴァー兄様に似てきたって言われませんか!?
貴方も、私に対するツッコミが年々容赦なくなってきている気がするんですが!?
……え?優しくするだけが愛じゃない?いやいや、そこは優しくしましょう!それこそが愛ってもんで……あっ!ク、クライヴ兄様!?頭鷲掴むのやめてー!!痛いですー!!
◇◇◇◇
そうして数十分後、馬車がバッシュ公爵家の正門へと到着する。
「お帰り、エレノア!」
……はい。当然と言うか、ウィルやミアさんら、使用人達が後方でズラリと整列している中、満面の笑みのオリヴァー兄様が私達……というよりも私をお出迎えしてくれました。
「オリヴァー兄様!ただいま戻りました!」
クライヴ兄様に手を引かれ、馬車から下り立った私は、両手を広げて待ち構えているオリヴァー兄様の腕の中にポフンと収まった。
「ああ……僕のエレノア!君の帰りを待つ時間はまさに、一日千秋の思いだったよ。早く君の全てを、こうして全身で堪能したくて、気が狂いそうだった……!」
そう言いながら、有言実行とばかりに私をぎゅむぎゅむ抱き締め、顔中にキスの嵐を落とすオリヴァー兄様。
そんな溺愛の嵐に翻弄され、真っ赤になっている私の唇に、止めとばかりに熱い口付けを落とす。
「……たった一日、離れていただけでこれか……」
「毎日毎日、そんな気持ちになっていたら、一年でどれだけ年を食うんでしょうね?」
等と、そんなオリヴァー兄様を呆れ顔で見つめながら、クライヴ兄様とセドリックがヒソヒソしている。……というより聞こえていますよー?あっ!オリヴァー兄様のこめかみに青筋が立った!
「これからも、一日中エレノアと一緒にいられる君達には、僕の気持ちは分からないんだよ!」
「いや、そこは卒業ご愁傷さまと言うしか……」
「ですよね」
にべもなく言い放たれ、オリヴァー兄様の青筋が増える。……というか、クライヴ兄様もセドリックも、何気にオリヴァー兄様に容赦しなくなってきたな。
でもそれは多分だけど、安心と信頼の現れなのかもしれない。特に最近まで、オリヴァー兄様の情緒が不安定で、二人とも凄く心配していたから。
今は帝国の事や私との絆の再確認で、気持ちが立て替えられたから……。私の目にも、オリヴァー兄様の態度は、凄く自然体になったように見える。
というか、クライヴ兄様曰く「子供っぽい独占欲を隠さなくなってきた」だそうです。でも不思議とそれも、オリヴァー兄様を魅力的に見せているというか……。なんか物凄く距離が縮まったような気がします。
……なんて事をポロっと口にしたら、リアムに「いや、お前。それって洗脳……」とドン引き顔で言われたけど……え?私、洗脳……されているのかな……?
「はぁ……。もういい!……エレノア、クライヴとセドリックなんて放置してお茶にしよう!君の好きなお菓子を沢山用意しておいたからね」
そう言って、オリヴァー兄様は私をひょいッと抱き上げ、歩き出す。
って、オリヴァー兄様!?私、歩けます!というか兄様、細身に見えて、凄く力持ちですよね!
「やれやれ」と苦笑しながら、私達の少し後を追い掛けるクライヴ兄様とセドリックと共に邸内へと入ると、そのままサロンへと向かう。
「やあ、エレノア、クライヴ、セドリック。お帰り」
「よう、エレノア、セドリック!さっきぶりだな!」
そんな私達を出迎えてくれたのは、ソファーに座り、お茶を片手に優雅に寛いでいるアシュル様と、先程学院で別れたリアムであった。
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「人の振り見て我が振り直せ」
出来るようで中々難しいですよね(ΦωΦ)
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