第423話 やっと言えた!

『な……何故ここにヤツが……!?』


ひっそりと自己主張している、今となっては馴染みがあり過ぎるぺんぺん草をジッと見つめる。


まさかとは思うけど、モヤッとして力を入れた際、うっかり咲かせてしまったのだろうか?……って、咲かせちゃったんだろうな。うん。


だって、薔薇だのガーベラだのカスミソウだのといった、ゴージャスかつ可憐な色とりどりの花が飾られている中、誰がわざわざこやつぺんぺん草を紛れ込ませようと思うのだ。


――……でも、机からにょっきり生えなくて良かった。それだけは本当に良かった。


「……何を……したのよ!?」


先程までの、ゆるふわな雰囲気を引っ込めたキーラ様が、どことなく低めの声音で呟いた。


いや、何をしたと言われても、ぺんぺん草を生やしましたとしか……。


「キーラ・ウェリントン」


リアムの静かな声がかかり、その場の視線全てがリアムへと注がれる。


「これ以上、食事の邪魔をするのは遠慮してもらおうか。それと、君の聞き捨てならない発言については、王家から正式にウェリントン侯爵家に抗議させてもらう。……そして、婚約者の言動についての管理義務を怠ったとして、ヴァンドーム公爵家にも同様に抗議させてもらうぞ。ベネディクト・ヴァンドーム」


リアムの静かな怒りを含んだ表情と声。そして最後に口にした名前に、思わず視線の先へと目をやれば、いつの間に来たのか。ベネディクト・ヴァンドーム公爵令息が、テーブルから少し離れた位置に立っているのが見えた。


「……はい、リアム殿下。まことに申し訳ありませんでした」


そう謝罪の言葉を口にしながら、ヴァンドーム公爵令息は年に見合わぬ完璧な貴族の礼でもって、リアムに頭を垂れた。

そして、憮然とした表情を浮かべたキーラ様を、静かな表情で見やる。


「キーラ。今すぐ、リアム殿下とバッシュ公爵令嬢に対し、誠意ある謝罪を行うんだ」


「ベティ!?でも、わ……」


「……さっさとしろ!」


キーラ様が抗議の声を上げようとするのを遮るように、ヴァンドーム公爵令息が鋭く一喝する。


初めて見た時から、感情の起伏の乏しい子だと思っていた彼のまさかの叱責に、私同様、思わず怯んだキーラ様は、悔しそうに唇を噛み締めた。


「……リアム殿下。御不快な思いをさせてしまいました。心から謝罪致します」


最上位のカーテシーをしながら、キーラ様はリアムに謝罪する。……が、私に対しての謝罪は一向に口にしない。


「キーラ。バッシュ公爵令嬢にも謝罪しないか!」


ヴァンドーム公爵令息が声をかけるも、キーラ様はプイッと顔を背けてこちらを見ようともしない。どうやらてこでも私に対しては謝罪したくないらしい。


「キーラ!」


「いいんですよ、ヴァンドーム公爵令息」


再び声を荒げた彼に待ったをかける。


「心にもない謝罪をされても困るだけですから結構です。それよりも、ウェリントン侯爵令嬢は「喉が渇いた」と仰っておりましたし、早く空いている席に行かれた方が良いですよ?このままではお茶を飲む前に、休憩時間が無くなってしまいますから」


そう言ってニッコリと笑いかけると、途端キーラ様がサッと顔を紅潮させ、鋭い眼差しで私を睨み付ける。


年下に大人げないかもしれないが、大切な人を侮辱されたのだから、これぐらいの嫌味は言わせてもらってもいいと思う。というより、やっと自分の口で言いたい事を言えた!


達成感にジーンとしていると、ポンとクライヴ兄様の手が頭に乗り、そのまま優しく撫でてくる。

セドリックとリアムも、私に向け満面の微笑を向けながら頷き、マテオもグッと力一杯右手でサムズアップしている。……う、うん。みなさん、激励有難う御座います。


『んん?』


なんか視界の端で動きがあるなと思って目をやると、シャーロットさん、エラさん、クロエさんが、いつの間にか復活し、こちらを見ながら小さく拍手していた。……えっと……。あ、あの拍手……ひょっとして私への激励……?


戸惑いながらも、にっこり笑顔で小さく会釈をすると、彼女達は再び机に突っ伏し撃沈してしまった。ついでにその周囲にいた彼女らの婚約者や恋人達も、次々とその場に膝崩れしていく。何故に!?


「……失礼しますわ!」


そう吐き捨て、キーラ様はクルリと踵を返して歩き出す。そして彼女の取り巻きの少年少女達も、こちらを気にしながら、彼女を追い掛けるようにその場を後にしていく。


……が、驚いた事に、取り巻きのおよそ半分が彼女を追い掛けようとせず、その場に留まったのだ。


彼等は一様にとまどうように互いを見やっている。そんな彼らを見て「おや?」と思ったのは、その殆どが上級生達だという点だ。しかも、中には同期生の姿もチラホラ見受けられる。


「――ッ!!」


そんな彼らだったが、私が自分達を見ている事に気が付くと、全員がもれなく熱に浮かされるような恍惚とした表情を浮かべながら頬を染め、途端、クライヴ兄様が私の両脇に手を入れ、ヒョイッと椅子から持ち上げた。


「へ?」


「……エレノアお嬢様。午後から実習ですから、そろそろ行きますよ」


「えっ!?」


すると、セドリックとリアムが次々と席を立った。


「そうだね。エレノアは着替えるのに時間がかかるから」


「ああ、さっさと更衣室に移動した方がいい」


「え?えっ!?ちょっ、ま、まだ私デザートを食べてな……」


「肥えるから食わんでいい!」


最後に立ち上がったマテオの容赦のない一言を最後に、私はクライヴ兄様に荷物よろしく小脇に抱えられ、他の三人と共に最後のデザートを食べる間もなく、カフェから連行されてしまったのだった。


その時。クライヴ兄様とセドリック、そしてリアムとマテオが、私達の方を見つめながら、未だ戸惑いの表情を浮かべる彼らを一瞥し、互いに無言で何かを確認している事を、クライヴ兄様に小脇に抱えられていた私は気付く事はなかったのだった。





エレノア達が出て行った後。カフェにいた学生達がざわつく中、ベネディクトはエレノア達が座っていたテーブルに近付くと、中央に置かれた花瓶に生けられていた花々の中から一本の雑草……ぺんぺん草を引き抜く。


「……」


それを暫くの間見つめた後、自分の制服の胸ポケットへと差すと、ベネディクトは静かにカフェを後にした。



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入学式からこっち、心の声でした発言できていなかったエレノアが、ようやっと反撃できました( ;∀;)

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