第421話 仲良く出来たら嬉しい

新学期初日のランチタイム。


午前中の授業を終えた私達は、いつものカフェの、もはや定位置と化しているスペースに着席し、それぞれの好きなランチセットを選んでいた。


メンバーはと言うと、私、セドリック、リアム、マテオが席に座り、クライヴ兄様は立って給仕係をしている。まことに申し訳ない。


「そうですね……。それでは午後の休憩時間に、お嬢様にお菓子を食べさせてさし上げる権利を頂ければと……」


済まなそうな顔をしている私の心を読んだのか、ニヤリと口角を上げながらそう言い放ったクライヴ兄様。


えっと……。それってつまり、クライヴ兄様にお膝抱っこされて、お菓子をお口にあーんさせろと……?


途端、ボフンと真っ赤になった私を楽しそうに見つめるクライヴ兄様。そしてそれをジト目で見つめるセドリックとリアムとマテオ……ん?セドリックとリアムは分かるけど、何故にマテオがジト目になるのか?


そんな事を思いながら、私は手にしたメニュー表で熱くなった顔を冷ますべく、扇のようにパタパタさせた。

その結果、クライヴ兄様に「淑女がメニュー表で煽ぐな!!」と叱られてしまいました。


しかもとどめに、「いーからメニュー、とっとと選べ!」と、ピシャリと言われて終了。

ううう……。自分で恥ずかしい事言って翻弄したくせにー!なんたる理不尽!


くそぅ、兄様覚えてろ!絶対にお口あーんなんてさせないんだからね!美味しそうなお菓子と極上スマイルで釣ったって、屈しないんだからね!……うん、絶対に!!






「うわぁ~!!美味しそう!!」


そうして、私達のテーブルに運ばれてきた料理の数々に、私は目をキラキラさせる。


本日、私が選んだランチはブラウンシチューのセット。


ブラウンシチューって、いわゆるビーフシチューの事で、それにサラダと小ぶりなブリオッシュ2個が付いているのである。

ちなみにこのブリオッシュですが、望めばマッシュポテトかチップスと替える事も可能なんだとか。


基本、王立学院に通っているのは八割以上が男子生徒なので、ランチセットなどの食事系のメニューは、ガッツリで量のあるものが多いのが有難い。


「そうやって有難がるのはお前だけだな」とは、クライヴ兄様のお言葉です。ほっといて下さい!


「んん~!美味しい!!」


シチューの中に入っているゴロゴロ入った野菜も、トロトロになるまで煮込んだ牛肉も大変に美味である。

そして、牛肉と玉ねぎ以外の、ブロッコリーや人参はちゃんと食感が残っているあたり、ちゃんと別々に調理して、提供する時に合わせていると見た!流石は貴族子弟の通う学院の食堂。芸が細かいよね。


添えられているフワフワしたブリオッシュも、真ん中で割って、断面にバターとイチゴのジャムを付けて食べると、まるでデザートを食べているみたいで本当に美味しい。あ、勿論デザートも食べますけどね。

ちなみに今日のデザートは、バニラアイスに白桃のコンポートを添えたものだそうだ。お代わり出来たらしたいところです。……え?言えばおかわり自由?やった!


それにしても……。メインのブラウンシチューとパンを交互に食べると、甘い、しょっぱいの無限ループでいつまでも食べられそうで困るなぁ。


「相変わらず美味そうに食うよな。ほら、俺のグラタンのエビも食うか?」


リ、リアム!それってメインでは!?嬉しいけどいいの!?


「エレノア、僕のチキンサンドも一つあげるよ」


ええっ!?セドリック!貴方、男の子なんだから、ちゃんと食べないと駄目だよ!……でも甘辛ソースが絶品って言っていたから、実は気になっていたんだよね……。


「私の野菜のキッシュも一欠けら恵んでやろう」


「わーい!有難う!」


こちらは欠片ということで、遠慮なく喜ばせて頂いた。……って、マテオ?サックリ切り分けたその分量、どう見ても欠片じゃなくて、三分の一ぐらいあるんですけど?


すると私の後方で控えていたクライヴ兄様が、微笑みを浮かべながら三人の貢ぎ物おすそ分けを皿にサーブしてくれた。そして一言。


「お嬢様。これだけ召し上がられるのですから、デザートのお代わりは禁止です」


「はーい」


その通りなので、素直に頷く。ここで「ご令嬢が食べ過ぎ!」と止めないところが、クライヴ兄様の素晴らしいところだ。


というより皆、私が美味しそうに食べる姿を見るのが好きみたいで、バッシュ公爵家本邸でも、とにかく「あれも食え、これも食え」状態だったからなあ……(おかげ様でちょっと太りました)。


「……でもさ、なんか料理の味が更に良くなったよね?それに、メニューの品数も増えたような……」


もっきゅもっきゅと、自分のランチと一緒に貢物(お裾分け)を食べる合い間に、疑問を口にする。


だってランチセットのメニューも、長期連休前は確か三つだった筈なのに、四つになってるし、ランチタイム以外は、お茶やお菓子が中心だったメニューも、食事系がすごく充実している。


これはやっぱり、男子はお菓子よりもお腹にたまる食事系の方がいいからかな?


「……いや。だったら、もうとっくにメニュー改定されてる筈だろ。アシュル兄上が入学する前なんか、ランチメニュー一種類しかなくて、三種類まで増やさせたって言っていたし」


「へぇ~!アシュル殿下が!……あ、そういえば王家の方々って、美味しいもの食べるの好きだよね?」


「まーな。なんせ『食とはすなわち生きる喜び』って母う……いや。なんでもない」


そうか……。やっぱり元・日本人であるアリアさんの影響なんだね。


うん。日本人は、世界一の食いしん坊って言われているんですよ。それにやっぱり、食べるって三大欲求の一つだしね。


「成程……。まあしかし、こと食い意地に関しては、お嬢様の上をいく方はいらっしゃらないでしょうけど」


うっさいですよ、クライヴ兄様!


「そもそも、普段からここカフェを利用しているのは、ご令嬢達だしな」


「うん。ここは本来、彼女らのテリトリーだからね。ほぼ一日ここで過ごす人も多いし、自然とそういったメニュー中心になっちゃったんだろうね」


「どっかの、食い意地の張った女が無駄に美味そうにガツガツ食うから、シェフ達が調子に乗ったんでしょう。まあ、味が良くなるのは結構な事です」


「マテオ……。リアムとセドリックの会話に便乗して、私を貶めようとするの止めてくんない!?」


「真実だろうが。私の施しをガツガツ食べながら、何を今更」


「ぐぬぬ……!」


ふと、視界の先に同級生となった、シャーロット様、エラ様、クロエ様の姿が見えた。


三人とも、なんか真っ白に燃え尽きているうえ、頭から湯気が出ている……ように見える。大丈夫かな?


そんな彼女達を、婚約者のクラスメイト達や、男子上級生達(多分こちらも婚約者か恋人)が、せっせとお世話している。そんな彼らの顏は、全員とても嬉しそうなうえに幸せそうだ。


「まあ、彼女達は今迄授業に参加した事がなかったでしょうし、午前中の授業をしっかり最後まで受けていましたからね。そりゃあオーバーヒートにもなるでしょう」


そんな事を言いながら、私にお茶のお代わりを淹れてくれているクライヴ兄様。

でも、そんな兄様の彼女達を見る目は、とても穏やかだった。


――あ、あのクライヴ兄様が……。私以外に、あんな眼差しを女生に向ける日が来ようとは……!ううむ……。なんとも感慨深い。


見ればセドリックとリアムも、その言葉に同意するように、こちらも穏やかな表情で頷いている。


「私もまさか、男を漁るだけが取り柄の雌鶏達が、最後まで頑張って授業を受けていた事に驚きましたよ。絶対にけたたましく喚き出した挙句、根をあげると思っていましたからね」


辛辣ながらも、マテオまでもが感心した様子でそんな事を口にしている。


「ふふ……。彼女達、よっぽどエレノアと一緒に授業受けたかったんだね」


「え!?私?」


驚く私に、セドリックは穏やかな笑顔を浮かべたまま頷いた。


「実は『姫騎士』に憧れているのって、男性だけじゃなくてちゃんと女性もいるんだよ。ほら、マロウ先生が『同志』って言っていただろう?たぶん彼女達も、君に憧れて、君と同じ事をしたくて授業を受けているんだよ」


「私に……憧れて……?」


「良かったねぇ、エレノア。君がずっと欲しがっていた同性の友達が出来るかもしれないよ?今度お茶でも誘ってみると良いよ。きっと皆喜んで頷いてくれるだろうから。……まあ、彼女達も慣れない事をしているから、暫くは言動がぎこちないだろうけど」


――同性の……友達……?


私はとまどいながら、未だ燃え尽きている彼女達の方へと目を向ける。


本当かな……?彼女達、私と友達になりたいって、そう思ってくれているのかな……?


心の中に希望と嬉しさがじわじわと湧いてきて、口元が緩む。

そうだったらいいな。仲良く出来たら、凄く嬉しいな。


そんな私を、クライヴ兄様、セドリック、リアム、マテオが優しい眼差しで見つめていた。……が、不意にその表情が変わり、鋭い眼差しを別の方向へと向ける。


「え?」


どうしたのだろうかと、皆の視線の先を見てみると……。


大勢の男子生徒や女子生徒達を引き連れたキーラ・ウェリントン侯爵令嬢が、カフェに入って来るのが見えたのだった。




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ランチとなり、食いしん坊万歳が炸裂!

そんな中、期待と喜び、そして不穏入り混じる事態になってまいりました。

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