第417話 平凡上等!
「おやおや、キーラ。駄目じゃないか。このような場所でそのような失礼な事を言ったりしては駄目だよ?」
「お父様!」
そんな私達の元に、これまたニコニコと笑顔を浮かべながら、一人の男性が近付いて来た。
「これは、リアム殿下。このような場でご尊顔を拝せるとは、光栄の極み」
「……ウェリントン侯爵……」
リアムに対し、慇懃な態度で貴族の礼を取ったこの男性は、どうやらキーラ様のお父様である、ウェリントン侯爵様のようだ。
「おお、これはこれは……。かの有名な『姫騎士』であられる、バッシュ公爵令嬢ですな?初めまして。リック・ウェリントンです。どうぞお見知りおきを」
そう言って、私に対して貴族の礼を取ったウェリントン侯爵様だが、その態度はリアム殿下の時とは違い、やや慇懃無礼で軽いものだった。
「初めまして、ウェリントン侯爵様。エレノア・バッシュで御座います」
そう言って、軽くカーテシーをした後、不躾ではない程度に、ウェリントン侯爵を観察する。
ヴァンドーム公爵様と違い、スラリと痩身な体躯と優雅な物腰は、流石は上位貴族といった風体で、髪の色はキーラ様と同じオレンジブロンドだ。
顔立ちもどことなく似通っていて、目じりに特徴的な泣きホクロがある所もそっくり!まさに、遺伝子が織りなす神秘といった所だろう。
「……ウェリントン侯爵。早速だが、其方の娘、少々考えと口が浅いようだな。先日の卒業式での一件もある。自分よりも上の立場の者に対する接し方を学ばせた方がいいのではないか?それと、挨拶よりも先に、バッシュ公爵令嬢に詫びを入れるべきだろう」
すかさず、リアムがやんわりと……でもないけど、先程のキーラ様の発言を暗に匂わせ、ウェリントン侯爵に苦言を呈する。
アルバの男として、女性に直接苦言を呈するのではなく、父親に忠告するあたりが、流石のレディーファースター精神……と一見思うけど、当の本人がいる前で言っているあたり、やはりリアムも彼女の言動に対し、相当腹を立てていたようだ。
「それは申し訳ありません、リアム殿下。娘はとても天真爛漫なうえ、素直な子に成長しておりまして……。その所為か、悪気なく本音が出てしまう事があるのです。……それにしてもリアム殿下。王族である貴方様が、いくら
「……なんだと?」
あっ!リアムの表情が鋭いものに変わった!美人が怒ると迫力が凄い。
それにしても……。これって暗に、父親であるウェリントン侯爵が、キーラ様の私への侮辱発言を肯定しているって事だよね。なんというか……。娘が娘なら、親も親だ。
さっき、キーラ様が「ウェリントン侯爵家の歴史はバッシュ公爵家よりも長い」みたいな事を言っていたから、自分の家を差し置いて、バッシュ家が公爵になったのが気に入らなかったのかもしれないな。
「バッシュ公爵令嬢は、いくら『姫騎士』としてもてはやされておられても、所詮は公爵令嬢。ましてや貴方様のご婚約者様ではないのですから、不用意な憶測を持たれる事は避けねばならないのでは?」
「……貴公……」
「……ああ、差し出がましい事を……!お許しください。少々老婆心が出てしまいましたが、これも王家への忠誠心あればこそ。どうかご容赦を」
またしても、大仰にリアムに貴族の礼を取るウェリントン侯爵。というか、今度はリアムに対しての言動も慇懃無礼になっている。
リアムもマテオも、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべているが、ウェリントン侯爵の挑発的な言葉に反論する事はなかった。
『う~ん……。態度や言い方はアレだけど、言ってる事は確かに間違っていないしな……』
確かに、いくら親しいとはいえ、王族が一人の女性をあからさまに贔屓するのは良くない。
しかもリアムやアシュル様達、王家直系が私に
ちなみにだが、私の後方からは、物凄くひんやりとした魔力が漂ってきております。間違いなくクライヴ兄様が激おこなんでしょうね。
でも立場的な問題から、ちゃんと魔力は押さえているようで、ダイヤモンドダストはチラついていない。
もしここにオリヴァー兄様がいれば、多分大聖堂はサウナ状態になってしまっていたに違いない。
「バッシュ公爵令嬢、ここは私に免じ、娘の素直過ぎる言動をお許し願えませんでしょうか?」
ウェリントン侯爵が、笑顔のままそう言ってくる。
そして許してくれと言っているけど、ちゃんと謝罪する気はないようだ。……あっ!後方の冷気が強くなった。ダイヤモンドダストまで、カウントダウン間近か!?
「ウェリントン侯爵様。許すも許さないもありません。私は別に気にしておりませんので、そちらもお気になさらずに……」
私は『公爵令嬢らしく』、笑顔を浮かべながら、努めて穏やかに返事をする。
「――……おお!バッシュ公爵令嬢は寛容なお方なのですね。それとも、ご自身をよく分かっておられるから……でしょうか?」
激高するでもなく、淡々とした私の返答に虚を突かれたのか、ウェリントン侯爵が一瞬眉を顰めた。
だがその後すぐに笑顔を浮かべ、なおもクライヴ兄様やセドリックの逆鱗に触れそうな物言いをするウェリントン侯爵。
そんな彼に対し、私は素直に頷いた。
「ええ、そうありたいと常々思っております」
だってねぇ……。私は兄様方やセドリックや、殿下方に比べたら、間違いなく平凡だろうしね。うん、自分自身をしっかり知る事は大事です。
でもそんな事を言おうもんなら、ジョナネェやメイデン母様達には「あんたは全然、自分の事を分かってない!!」って怒られてしまうだろう。
そんでもって、「こ、これでも少しは自分に自信が持てるようになったんだよ!?」と反論したら最後、「少しじゃ駄目なのよー!!」「そうよ!胸張りながら、『私が世界で一番!』って、高笑いぐらいしなさいよー!!」って言い返されちゃうんだよね(実際言われた事がある)。
ってか、んな事出来るわけないでしょう!?もう!
「えぇ~?それってぇ、自分が平凡だって、認めるってことぉ?」
再び甘ったるい舌足らずな声が割り込んで来たが、思考の海に浸っていた私は、何も考える事無く口を開いた。
「平凡……。平凡かぁ……いいですよね、平凡……」
しみじみとそう口し、ふとキーラ様の顔に目をやると、何故か物凄く目を見開きながら、こちらを凝視している。
「な、何よその言い方!私を馬鹿にしてるのぉ!?」
「え?あ、いや別に」
しまった!思わず素で応対してしまった!
……でも何で、私の平凡万歳な返事が、彼女を馬鹿にした事になるのだろうか。
「地味な平凡女の癖に!何で悔しがらないのよ!?」
「いやいや、平凡を馬鹿にしてはいけませんよ?平凡な人生って、時に目立って注目される人生よりも得難かったりするんですから」
そう、これは私の大いなる本音だ。
彼氏いない歴数十年の喪女から転生し、こんなどこもかしこもキラキラしい世界にポンと生まれ変わり、何をどう間違えたか、『姫騎士』だの『大地の聖女』だなんて御大層なワードが飛び交う中、常に誰かしらに注目され、いらん勢力に狙われる身になってみなさい。貴女にだって、『平凡』な日常がどれ程有難いか分かるから。
そんな事を考えながら、うんうん頷いていると、私の周囲から「ブフッ!」だの「ブハッ!」だのと言った声が漏れ聞こえてくる。
見れば、リアムやセドリック、そしてクライヴ兄様が俯いて肩を震わせていた。
しかもその中には、マテオも参加していたりする。そして何故か、先程まで緊迫していた大聖堂の雰囲気も和らいでいた。
そんな私達を見ながら、何故かキーラ様は顔を紅潮させ、大きな瞳を憎々し気に歪ませながら、更に興奮した様子で声をあげる。
「何よ!そうやって、わざと馬鹿みたいな態度をとって、男の人達に媚びているんでしょぉ!?何が『姫騎士』よぉ!本当、こんなのがなんであの……」
「……そこまでだ。キーラ、そしてウェリントン侯爵。そろそろ式が始まるぞ」
静かな口調で割って入ったのは、ヴァンドーム公爵様だった。
……でも公爵様。私は知っていますよ?貴方もさっきまで、口に手を充てながら、笑うの堪えてましたよね?ってか、切り替え早いな!流石は三大公爵家。
そこで初めて、ウェリントン侯爵様が焦ったような表情となり、キーラ様は悔しそうに唇を閉じる。
「リアム殿下、そしてバッシュ公爵令嬢。私の友人とそのご息女が、貴方がたに不快な思いをさせてしまい、まことに申し訳ありませんでした。彼らに代わり、心より謝罪致します」
そう言って、貴族の礼を取るヴァンドーム公爵様だったが、その濃紺の瞳が私を見つめた時、僅かに浮かんだ不可思議な感情の色に、思わず胸がドキリとしてしまった。
そして、ヴァンドーム公爵様が謝罪した事で、ウェリントン侯爵の顔色が明らかに悪くなった。
あれ?先程リアムに対して、あんなに居丈高だったのに……?
「それでは、失礼致します。ああ、バッシュ公爵令嬢。貴女とはいずれまた……」
男らしく精悍な容貌に、再び人好きするような笑顔を浮かべながらそう告げた後、ヴァンドーム公爵様は、息子とウェリントン親子を連れ、その場から離れて行った。
その際、ヴァンドーム公爵令息が一瞬だけ、私の方を振り返ったのだが、先程まで無関心だった筈のその瞳に、ちゃんと私の姿が映っていた……と感じた。
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怒っているのにボケている……。
第一ラウンドは、エレノアの勝ち(?)でしたねv
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