第416話 あの……喋らせてください

周囲の空気が一瞬で凍りついた。当然と言うか、私も一瞬何を言われたのか理解出来なかった。


一拍置いて、クライヴ兄様とセドリックの背後から、オリヴァー兄様ばりの暗黒オーラが噴き上がった。ついでにリアムとマテオの背後からも……って、ダメー!!貴方達まで暗黒オーラ噴き上げてどうするんですか!!


そんな中、キーラ様だけが、ニコニコと邪気の無さそうな笑顔を浮かべている。……いや、口の端が僅かに吊り上がっているから、邪気はしっかりあるのだろう。


これは……あれだな。アルバ女子のマウント取りだ。つまり私は今、彼女から挑戦状を叩きつけられたのだろう。

しかし、初っ端から容姿を貶してくるとは……。多分まだ12歳位なのに、なんという底意地の悪さ!まさに悪い意味で将来有望なアルバ女子である。


『う~ん……。でも平凡って言われただけだし、ここは一つ、大人の対応を取った方がいいのかな?なんといっても、私はこの子よりもお姉さんなんだしね!』


しかも私の精神年齢は、実年齢+19歳だしね。子供の幼稚な挑発に、一々乗る訳には……。


「……キーラ……!」


ベネディクト君が僅かに眉を顰め、咎めるようにキーラ様の名を呼ぶと、キーラ様は不服そうに頬っぺたを膨らませる。


「だってぇ、ベティ!この人、髪の毛の色も瞳の色も地味だし、噂と違って全然美人じゃないじゃなーい?どう見たって、キーラの方が、可愛さでは上だもん!」


戦いのゴングがカーンと鳴った。(気がした)


――いいだろう。その挑戦、受けて立とうではないか!!


ここまで言われて引き下がるのは女の沽券にかかわるし、なにより私の愛する婚約者達の為にも、ここはきっちり彼女に釘を刺しておかなくてはなるまい。


アルバ男子の頂点を極めた(?)DNAを持つ男性達の婚約者であるこの私が、『地味・平凡・可愛くない』のレッテルを貼られたままなど、あってはならない。彼らに比べれば月とスッポンであったとしても、スッポンにはスッポンなりのプライドというものがあるのだ!


っていうか私、そこまで平凡ではない……と思うし、母様と同じ色の髪も父様と同じ色の瞳もとても好きだ。それに、この子とどっこいぐらいには、可愛い……と思う。うん!


『えっと、まずは目上の身分の相手に対し、礼儀知らずな言葉を吐いた所から攻めていこう』


「あの……」


「ウェリントン侯爵令嬢。随分と礼儀知らずな仰りようですね。仮にも伝統ある王立学院に通われるのであれば、まずはご自身よりも上の身分を持つ方に対し、敬意を持って接するという事ぐらいは学んでいらっしゃった方がよろしいのでは?」


すかさずセドリックが、私の言いたかった事を先に口にしてしまい、私は開けた口を閉じた。


「え~?確かにバッシュ家は公爵家だけどぉ、なり立てで歴史が全然ないじゃなぁい?その点、キーラの家は侯爵家だけど、バッシュ公爵家よりも歴史が長いからぁ、格式はうちの方が上だもん!それを言うんだったらぁ、貴方の家は伯爵家で、キーラの家より格下じゃなぁい?」


……非常に無茶ぶりな発言だけど、貴族の細かな勢力関係を把握したうえで話しているとすれば、暴論……とも言い切れない。しかもこの子、セドリックの家がクロス伯爵家だって知っていたし。


『この子って、ゆるふわそうに見えて、かなりしたたかな子かもしれない……』


「……そうですね。確かに我がクロス家は伯爵です。ですが婚約者を守る為でしたら、僕は例えそれが何者であっても、怯む事はしません」


「えぇ~!なにそれ、カッコいいー!貴方だったら、キーラの婚約者に加えてあげてもいいかなぁ♡ねぇベティ、良いでしょぉ?」


「……相手が良いと言えば、好きにすればいい」


おおぉい!!ベネディクト君!そこは筆頭婚約者(だよね?)として、「他人の婚約者に粉かけるな」って諫めるトコだろ!?


「そっ……」


「失礼ながら、他のご令嬢の婚約者に対し、あまりにも節操のないお振舞かと存じます。ヴァンドーム令息様。僭越ながらそこはまず筆頭婚約者として、お相手を諫められるべきかと……」


抗議を口にしようとしたら、今度はクライヴ兄様に先を越されてしまい、再び口を閉じる。……え~と……。


「もうっ!綺麗な執事のお兄さん、酷ぉい!でもお兄さんだって、自分の婚約者がこーんな見劣りするような人じゃあ不満でしょぉ?そうだ!お兄さんも、私の婚約者になっちゃおうよ!あ~……でも、身分的に、婚約者よりも恋人からかなぁ……?」


――なんだってー!?このエセゆるふわ娘!!セドリックに色目使っただけでなく、クライヴ兄様にまで!しかも何気にクライヴ兄様を貶めてるし!!


「ちょっ……」


「おい、ウェリントン。お前、何様だ?いくら女だからって、許容できる範囲を超えているだろう。……確かにこいつは、ぽやっとしたすっとぼけ野郎だが、私が親友と認めた程の女だ。年端もいかぬ内から色ボケした馬鹿ガキに貶められる謂れはない。それと、あんまり舐めた物言いは身の破滅を呼ぶぞ?」


激高し、怒鳴りつけようと口を開いたところに、すかさずマテオが援護射撃してくれた為、開いた口をパクパクした後、そっと閉じる。


……おかしい。喧嘩を買ったのは私なのに、いつの間にか代理戦争みたいになっているんですが?しかも私、さっきから「あの」だの「ちょっ」しか言えていないんですけど!?


そんな中で、ヴァンドーム公爵様は私達のやり取りに口出しするでもなく、腕を組みながら、興味津々といった様子でこちらを見ている。

そしてベネディクト君はというと……はい、無表情です。こちらのやり取り、全く興味なさそうです。一体何を考えているんでしょうかね、この親子様は!?


「ひっどぉ~い、ワイアット公爵令息ったらぉ!っていうかだいたい~、その人が何か言うならともかく、なんで他の人達がギャアギャア言ってくるのぉ?ズルくなぁい?」


キーラ様の言葉にふと気が付くと、いつの間にか会場中の視線が私達の方に向いているのに気が付いた。


しかも、最初は興味津々といった様子でこちらを見ていた人達の表情が、能面になっています。中にはアルカイックスマイルを浮かべながら、背後から剣呑なオーラを出している人もいるし……!


た、確かに。これじゃあ私の方が、侍らしている男達を使って、一人の少女を攻撃しているように見えてしまう。

でもなんか言おうとすると、頼みもしないのに誰かがすかさず代弁しちゃうんだよー!


「ねぇ、リアム殿下ぁ!酷いと思いませんかぁ?バッシュ公爵令嬢って、周りの男の人達を使って、寄ってたかって私を苛めるんですよぉ~?」


そう言いながら、キーラ様は大きな瞳を潤ませ、コテンと小首を傾げてリアムにアピールする。……ううむ……あざとい。そして、ムカつくけど可愛い。この子、自分がどうすれば可愛く見えるのか、ちゃんと分かっているよ。


「……はぁ~~っ……」


だがしかし、リアムの口から漏れたのは、深い深い溜息だった。しかもその表情は、心底うんざりしているっぽいしかめっ面だ。


それを見たキーラ様の表情に、一瞬黒いものが浮かんだ……気がした。



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リアムの溜息には、心の中の本当に色々なモノが込められております。

多分自分は何も言えないので、この場の誰よりもストレスMAXな筈。

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