第415話 ベネディクト・ヴァンドーム


そんな事をつらつらと考えていたら、いつの間にか在院生達や、今年入学する生徒達が増えてきていた。


そして皆、こちらにチラチラと視線を送ってくる。


まあ、そうだよね。ここには王族であるリアムがいるし、超絶ハイパーカッコいいクライヴ兄様も、それに準ずる美形のセドリックやマテオもいるし。

あ、そういえばマテオってば、三大公爵家の筆頭である、ワイアット公爵家の長男だったっけ。実は超セレブの御曹司なんだよね。


「いや、どちらかというとこの視線はお前を見る為のものだ」


「はい?私……!?」


呆れたようなクライヴ兄様のお言葉に追従するように、セドリックもリアムもマテオも、呆れたような眼差しを私へと向ける。


「いくら身分が高かろうが顔が良かろうが、野郎が野郎見て何が楽しいんだよ?」


……リアム。貴方、王族なんだからさ、もっとこう……オブラートに包んだ方が良いと思うよ?それに第三勢力だったら、男の人見ていた方が嬉しいだろうし。


「エレノア。含みのある顔してこっち見んな!」


くっ!マテオまでもが、最近私の心を読んでいる気がする。


「そうそう。卒業式と違って、おひねりマダムもおひねり令嬢も殆どいないしね。彼らの多くは、かの有名な『姫騎士』を見たくて、こっちを見ているんだよ」


セドリックの言った『おひねりマダム』の言葉に、リアムとマテオが「ブフッ!」と笑いを噛み殺している。

というかセドリック!わざわざその言葉、ここで言わなくてもよくない!?


うう……。私の黒歴史が広まっていってる気がする……。自業自得だけど、凄く嫌だ……!皆早く忘れて欲しい。


「無理だろ。母上や父上達も爆笑する程気に入ってて、事あるごとに口にしているから」


……マジか!?


しかし、『姫騎士』かぁ……。


狙って戦った訳ではないし、目立ちたくないから、出来れば注目なんてしないで、そっとしておいて欲しい。

私は大切な人達が私を見て、愛してくれているだけで、十分過ぎるぐらいに幸せなんだから。


その時だった。大聖堂の入り口付近がザワザワと騒がしくなり、皆で一斉にそちらの方へと顔を向ける。


「ん?あれって、アルロ・ヴァンドーム公爵じゃないか」


「ヴァンドーム公爵?」


リアムの言葉に、私は侍従と一人の少年を引き連れ、大聖堂に入って来た大柄で長身な男性をまじまじと見つめた。


ヴァンドーム公爵家って確か……三大公爵家の次席公爵家で、南海地域一帯を領地に持っている家だよね?

更に言えば、アルバ王国における海産物の販売や、貿易を一手に担う実力者。

しかも、その祖はなんと王族で、非公式に王家の分家扱いとなっている、由緒正しき家系……だった筈。


オリヴァー兄様の情報によれば、ヴァンドーム家は一貫して、水系の魔力保持者が排出される一族なんだそうだ。

現当主であるアルロ様の子供は男の子ばかりが五人。皆同じ、明るめの濃紺の髪と瞳を持っているとも言ってた。


更に驚くべき事に、先日オリヴァー兄様に突撃したおひねり令嬢、フルビア・ハエッタ侯爵令嬢は、ヴァンドーム公爵家の長男の婚約者だったのだそうだ。


そう。つまりは、あの伝説となった、海の白ドレスのご令嬢である。


勿論、そのドレスで恥をかいたと自ら長男との婚約を破棄したので、今現在はフリーなんだそうだけど、その後は碌な縁に巡り合っていないんだそうだ。


だからこそ、オリヴァー兄様に目を付けたのだろう……とはオリヴァー兄様のみならず、クライヴ兄様やセドリック、更にはアイザック父様の見解である。


「まあ、自分の仕出かした事によって、まともな縁が遠のいたのかもしれないが、ヴァンドーム家が裏で動いているのかもしれないね」


なんてオリヴァー兄様が仰っていたけど、実際、昨日の卒業式が終わってすぐ、なんとヴァンドーム公爵家から、『大変に面白い余興を有難う』という手紙と共に、オリヴァー兄様宛に、海の白ならぬ海の黒……ようは黒真珠ですが、それを使った豪華なクラバット止めを贈ってきたのだ。だから、その想像は概ね間違っていないのだろう。


う~ん……。それにしても、あのご令嬢は、おひねり令嬢ならぬ、海の白令嬢だった訳か。


どうりで、昨日のドレスのアクセントに、海の白がふんだんに使われていた訳だ。きっとあれ、手切れ金としてぶんどった、あの海の白ドレスの真珠……いや、海の白を再利用したんだろうな。


ヴァンドーム公爵様は、非常に体格がよろしく、おおらかそうで男性的魅力に溢れた美丈夫だった。


タイプで言えば……。思い出すのは未だにちょっと胸が痛いけど、色合い的にも、元ボスワース辺境伯に近い感じだ。


とすると公爵様の横にいる、こちらも割と体格が良く、見た目も色合いもそっくりな少年は、彼の息子だろう。制服を着ているから、新入生でもあるんだろうな。


「エレノア、彼はヴァンドーム公爵家の五男、ベネディクト・ヴァンドームだ」


クライヴ兄様が、小声で私に教えてくれる。ああ、やっぱり息子さんでしたか!


思わず、まじまじとヴァンドーム親子を見つめていると、通りすがりに当の公爵様が立ち止まり、私達の……というより、私の方を流し見て、ウィンクを一発ぶちかました。


「――ッ!!」


思わずボンッと真っ赤になって、慌ててペコリとお辞儀をする。……ハッ!違う!こういう場合はカーテシーだろ、私の馬鹿!


真っ赤な顔をおずおずと上げると、公爵様は笑うのを必死に耐えるように、口元に手を充て、ちょっと肩を震わせていた。うう……。恥ずかしい!


にしても、ヴァンドーム公爵様って、かなりお茶目な性格の人なのかな?


そういえば私宛に、息子達全員の釣書を送り付けてきたの、この人だったっけ(オリヴァー兄様が燃やしちゃって見てないけど)。


ひょっとしなくても、メル父様みたいな享楽主義者なのかもしれない。


だが、そこは流石に三大公爵家当主。すかさず居住まいを正すと、リアムに向き直り、完璧な貴族の礼をとった。隣の少年もそれにならい、深々と首を垂れる。


「リアム殿下におかれましては、ご健勝のご様子。心からのお喜びを申し上げます」


「うん。ヴァンドーム公爵も、息災な様子。なによりだ」


「御意。殿下、この者は私の五人目の息子のベネディクトに御座います。今年、王立学院に入学する事と相成りました。どうぞお心にお留め置き下さいませ」


「初めまして、リアム殿下。アルロ・ヴァンドームが五男、ベネディクト・ヴァンドームに御座います。以後お見知りおきを」


「ああ、宜しく頼む。それと、これからは共に学ぶ学生同士。王宮では無いのだから、そのように畏まらず、普通の先輩、後輩として接してくれれば嬉しい」


「有難き幸せに御座います」


おおっ!流石は三大公爵家の息子!まだ年若いのに、この落ち着きよう……流石だ。


するとすかさず、「お前も公爵令嬢なんだから、ちょっとは見習え」って、クライヴ兄様が小声でボソリと呟いた声が耳に届いた。


失敬だな兄様!それと、オリヴァー兄様ばりに私の心を読むの、やめて下さい!


ふと、ベネディクト君が私の方を見たので、私も「宜しくね!」の意味を込め、にっこりと微笑む。すると彼は無表情のまま、プイッと顔を逸らした。あれ?


「わぁ!凄ぉい!王子様だー!!ねぇねぇ、ベティ!私にも紹介してぇ!」


不意に、甘ったるい舌足らずな声が響き渡り、ベネディクト君の腕に、小柄な少女が抱き着いてきた。


「……キーラ……」


ベネディクト君が、少女のであろう名を口にする。


フワフワとした、オレンジブロンドの巻き毛。ペリドットグリーンの大きな瞳はやや垂れ気味。唇も小さくぷっくりとしていて、全体的に幼さの残る容姿ながら、妙にコケティッシュ感のある美少女である。


「キーラ。普段ならば良いが、殿下の御前だ。しっかりとご挨拶しなさい」


「……はぁい」


「ああ、失礼しました殿下。こちらはウェリントン侯爵家のご息女で、キーラ・ウェリントン。ベネディクトの婚約者です」


やや強めな口調で諭すヴァンドーム公爵様に対し、ちょっと不満そうに頬を膨らませながら、美少女がベネディクト君から離れ、リアムに対し、こてんと小首を傾げ、甘やかな笑顔を浮かべながらカーテシーを行った。


「キーラ・ウェリントンです。リアム殿下、宜しくお願い致しまぁす♡」


「ああ」


それに対し、ぶっきらぼうとも言えるそっけない態度で頷くリアムに対し、キーラ様はムッとした表情を浮かべる。


だがすぐにコロッと表情を変えると、後方に立っていた私やセドリック、そしてクライヴ兄様をジロジロと無遠慮に見つめた。……そして。


「うん、男の人達はすごーく素敵ぃ!合格!でも、貴女は全然釣り合ってな~い!すっごく平凡~!!」


そう言い放つと、邪気の無さそうな顔でニッコリと笑った。



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卒業式の最後方にいた少年は、ヴァンドーム家の五男でした。

愛称呼びと違い、普通に男の子っぽい名前でしたね。しかもおひねり令嬢の一人が、例の婚約破棄令嬢だったというオチでした!

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