第413話 注がれる視線

「……オリヴァーの奴も、デーヴィス王弟殿下も、やり方えげつねぇな」


クライヴが、ボソリと呟いた。


名だたる貴族家家門が、こんな国中の貴族が一堂に会する中、公開処刑よろしく頭を下げさせられたのだ。高位貴族にとって、これ以上は無い程の屈辱だろう。


しかも、娘の迂闊な発言に対し、会場中から向けられる軽蔑・非難・憤りの感情がこもった視線の数々。これから彼らは、社交界で肩身の狭い思いをするに違いない。


本来であれば、『愛し尊ぶべき女性』が何をしても、余程の事が無い限り、咎めたてられる事はない。


だが今現在、彼女らに向けられているのは、無言であるものの、あらゆる感情が入り混じった非難の眼差し。


しかも彼女達の婚約者や恋人達までもが、彼女達を一切庇おうともしない。その事を後で彼女達に確実に責められ、婚約破棄をされるであろうにもかかわらず……である。


つまり彼女達は実質、彼等に……いや、この場にいる全ての貴族の男性達に見限られたに等しい。


彼女らが口にしてしまった言葉は、この場にいる多くの者達にとって、それ程までに罪深いものだったのだ。




◇◇◇◇





なにやら目の前で、怒涛の展開になっている……。


その原因を作ったご令嬢方を見ながら、私の横に立ち、同じ光景を見ているクライヴ兄様に、私はこっそりと小声で尋ねた。


「クライヴ兄様……。あのご令嬢方って、もしや例の……」


「ああ。例の馬鹿達の中の、更なる大馬鹿達だ」


「あ、やっぱりそうなんですか……」


実は今、オリヴァー兄様から名を呼ばれたご令嬢方は、私達が王都に帰って来た日にオリヴァー兄様が言っていた、『不快な手紙』を送りつけてきた方々だったのだ。


彼女らは、あろう事かバッシュ公爵家に対してではなく、オリヴァー兄様に宛てて、聖女様襲撃事件に対し、暗にバッシュ公爵家の責任に触れた手紙を送りつけたのだった。


しかも更には、『家名に傷を負ったバッシュ公爵家と縁を結んでいても先は無い。貴方がたの社交界における地位を守る為にも、エレノア嬢との縁を、一旦白紙に戻すべきではないでしょうか?』という文章までもが綴られていたのだそうだ。


挙句、それらの内容に加え、さり気なく自分との縁組を望むような事まで書かれていたのだという。


「彼女らは、所謂王立学院に通った事が無い、世間知らずのご令嬢方だからね。王家がバッシュ公爵家に謝罪をした意味も理解せず、単純にエレノアの弱点が出来たと思い込んで、嬉々としてこういう手紙を送りつけて来たんだろう」


……なんて、オリヴァー兄様が仰っていたんだけど……。うん、確かに。


もし王立学院に通っている御令嬢方だったら、『万年番狂い』の異名を持つオリヴァー兄様の私に対する猛愛も、私をドブス化してまで囲い込んでいたその執着心も知っているだろうから、そんな恐れ知らずな事、恐ろしくてやるにやれないだろう。


オリヴァー兄様、にこやかに青筋立てながら、彼女らの父親宛てに抗議文を送っていて、その後殆どの家から、丁寧なお詫び状が届いたんだそうだ。


なのに、何故彼女達はこんな愚行を……?


「父親から抗議文が来たのを聞かされていなかったのか、それとも聞いていても、オリヴァーが本心から怒っているとは思っていなかったのか……」


「多分、後者でしょうね。……本当、馬鹿なんですかね?」


「ああ。馬鹿なんだろうな」


クライヴ兄様とセドリックの口撃こうげきが容赦ないです。


……でも多分それだけじゃなくて、あの四人のご令嬢方は、自分の美貌に絶対の自信を持っていたんだろう。

そして、学院の外から、自分達にとって都合の良い私の悪評だけを信じ、今回の行動に及んでしまったのかもしれない。


一部の保護者の方々や、一部始終を見ていた、会場中の貴婦人方やご令嬢方は、オリヴァー兄様が彼女らの花束を消し炭にしてしまったのを見て、『愛し尊ぶべき宝』である女性達に対する、オリヴァー兄様のあまりにも情け容赦ない仕打ちにドン引いていた。


でも、卒業する先輩方や在院生達の多くは「あー……やっちゃった」「クロス会長に対し、なんて恐れ知らずな……」「万年番狂いの恐ろしさを知らんのか?」なんて、あちこちでヒソヒソ言っていた。


でも、婚約者である私がいるにもかかわらず、堂々とオリヴァー兄様の『色』を纏い、私を侮辱する言葉を喚き散らしていた彼女らに対し、今やこの大聖堂にいる殆どの人達が、彼女達に対して怒りの感情を向けていた。


それはそうだろう。彼女達は私を貶めようとするあまり、はからずも王家の決定に異を唱えたようなものなのだから。


この国の国民達や貴族達の、王家への忠誠心は篤い。


だからこそ、たとえ『愛し尊ぶべき女性』である彼女らであっても、王家の決定を無視するような言動をとった事により、このような厳しい目を向けられる羽目になってしまったのだ。


「……うん。まあ、その考えは半分正解だな。ところでエレノア?」


私の意見を聞いた後、クライヴ兄様が、さり気なく指で前方を指し示した。


「え?」


指差された方向を見てみると、そこには私の方を見ながら、困ったような笑顔を向けているオリヴァー兄様の姿があった。


先程までの、震え上がる程の冷酷無比な態度や表情は嘘のように鳴りを潜め、いつものように温かい眼差しで、私を見つめている。


私は慌てて小走りでオリヴァー兄様の元へと駆け寄ると、抱えていた花束を渡した。


「オリヴァー兄様。……あの……ご卒業、おめでとう御座います!」


「ああ、僕の愛するエレノア……!有難う。他の誰でもなく、君に祝われる事が、僕にとって何にも勝る喜びだよ!」


オリヴァー兄様は言葉の通り、心の底から嬉しそうに花束を受け取ると、先程のご令嬢方や、その親族達に見せ付けるように、「これぞ至高!」と誰もが絶賛するであろう美貌を鮮やかに綻ばせた。


「うぐっ!」


そうして、顔面目潰し攻撃を食らい、真っ赤になってあうあうしている私を、ことさら嬉しく見つめた後、唇に口付けたのだった。






「……なんというか、凄ぉ~い、あの人ぉ!」


そんなオリヴァー達の姿を、大聖堂の最後方で見つめていた、鮮やかなオレンジブロンドの巻き毛を持つ少女は小さくそう呟くと、感嘆の溜息をついた。


「あんなに綺麗で恐い人、今迄見た事なぁい!あ~……もうっ!!あの執着心を『反転』したら、物凄く面白いことになりそうなのにぃ~!卒業しちゃうなんて、残念~!!ねぇ?ベティもそう思わなぁい?」


「……ああ、そうだな」


少女に『ベティ』と呼ばれた、光沢のある深い群青色の髪の少年は、そっけない口調で返事を返す。それに対し、少女は花が綻ぶような笑顔を浮かべ、クスクスと笑う。


「なぁに?ベティ。つまんなそうな顔しちゃってぇ!ひょっとして、嫉妬しているのぉ?大丈夫よぉ!私、これでも貴方の事、気に入ってるんだからぁ!そうじゃなかったらぁ、いくら身分が高くたって、この私の筆頭婚約者に選んでなんてあげなかったわよ。だから安心してぇ♡」


そう言うと、少女は甘えるように少年の腕にスルリと絡み付くように抱き着いた。


少年の眉がピクリと僅かに上がるが、その行動を止めるでもなく、少女の好きなようにさせている。……だがその瞳は真っすぐ、オリヴァーの腕の中で幸せそうに微笑む少女へと向けられていた。


「ふふ。まあ、でもいいわ。あの人と入れ違いになっちゃったのは残念だったけど、他にも極上の駒は揃っているし。……入学式が楽しみね」


そう小さく呟いた少女のペリドットグリーンの瞳。その瞳が一瞬だけ、ギラリと不気味な光を帯びる。だが、それを見咎める者は誰もいなかった。



===================




ある意味、大聖堂中の男性陣に断罪されたような形となったご令嬢方です。

そして、一波乱起こりそうな予感が……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る