第412話 罪深き者達

「きゃあっ!!」


「いやあっ!!な、何ッ!!?」


「えっ!?なっ!は、花束が……!!?」


「そ、そんな……どうして!?」


自分達の花束が、一瞬で灰になった事に動揺しているご令嬢達に、オリヴァー兄様の静かな声がかけられる。


「……シャルル・ブライス侯爵令嬢。ヴィクトリア・ブルーム伯爵令嬢。デラニー・ダントス侯爵令嬢。フルビア・ハイエッタ侯爵令嬢」


淡々と名を呼ばれた彼女らは、今自分の身に起こった出来事に理解が及ばずとも、オリヴァー兄様に名を知っていてもらった事実が嬉しかったのか、顔を輝かせた……が、オリヴァー兄様が自分達に向ける、冷ややかな眼差しを見るなり、その笑顔が引き攣った。


「私が送った抗議文は、ご実家に届いていらっしゃらなかったのでしょうか?それともまさか、それを見たにもかかわらず、私の最愛の婚約者をよりによって、私の目の前で突き飛ばすなどという愚行を犯した……などと仰いませんよね?」


「え……あ、で、でも……。オリヴァー様は、バッシュ公爵令嬢の筆頭婚約者を下りる筈では……?」


紫色のストレートヘアを、黒水晶(!?)で作られた髪飾りで纏め、これまた黒と紫をふんだんに使用した(……)豪奢なドレスを纏った、吊り目がちの勝気そうな美女……確かシャルル侯爵令嬢と名を呼ばれていた方がそう口にした途端、ピクリ……と、オリヴァー兄様の肩が、微かに跳ねたのが分かった。


それに伴い、卒業する先輩方や在院生達が、にわかに騒めき出す。


オリヴァー兄様に気を取られている御令嬢方は気が付いていないが、壇上にいる学院長様や、デーヴィス王弟殿下を含めたご来賓の方々も、明らかに不快そうな表情を浮かべている。


そんな中、他のご令嬢方も、口々に声を上げだした。


「き、聞けばバッシュ公爵令嬢は、騎士の真似事をして女獣人達と決闘など、茶番じみた愚行の挙句に、怪我をして殿方のお手を煩わせたというではないですか!!そもそも女が剣など……淑女の風上にも置けませんわ!」


こちらは、ヴィクトリアと名を呼ばれた伯爵令嬢。垂れ目がちの大きな青い瞳を持つ、物凄く愛らしいご容姿の方だ。

見事な金色の巻き毛を大きな黒いリボン(……)でサイドに美しく結い上げ、これまたゴスロリチックな黒いプリンセスラインでドレスアップしている。


『……にしても、愚行かぁ……』


あの時の自分の行動を、全ての人が理解してくれるとは思わない。実際私の我儘で、周囲の人達をとても悲しませてしまったし。


けれど、私なりに精一杯戦った事を、茶番って言われるのは、やっぱり堪えるな……。


「そ、そうですわ!ましてやバッシュ公爵令嬢は、ご自身が当主代行をしていた時に、聖女様を危険に晒してしまわれたのでしょう?いくら公爵令嬢であったとしても、そのようなご令嬢がオリヴァー様を筆頭婚約者になど……分不相応というもの!」


他のご令嬢達の言葉に勢いづいたのか、デラニーと呼ばれた侯爵令嬢が、勢い込んで喚きたてる。


こちらは、薄茶色の髪と、大きな琥珀色の瞳を持った、ヴィクトリア様と張る程愛らしい容姿のご令嬢で、やはりヴィクトリア様のような豪奢な黒いゴスロリ風ドレスをお召しになっている。

……しかも、物凄く豊満な胸元を、これでもかと強調している。ハッキリ言って、これは私に対する挑戦であり、視覚の暴力と言えよう。


「ねえ?聖女様を襲うような者を出した家のご息女なんて、王家が許しても世間一般的には重罪人ですわよねぇ?」


最後のフルビアと名を呼ばれた侯爵令嬢。


こちらは青みがかった銀髪を、海の白を彩りとしてふんだんに用いた黒いリボンで複雑に結い上げ、ボンキュッボンのナイスなバディを、殊更に強調する、黒いマーメイドラインのドレスでバッチリとキメている。

しかも、裾広がりのドレスには、やはり惜しげもなく海の白がふんだんにあしらわれていて、スッとした美しい目鼻立ちにとても良く似合っていた。


揃いも揃って、あからさまにオリヴァー兄様の『色』をこれでもかと使用した装いは、確実にオリヴァー兄様に対するアピール狙いと、私に対する牽制だろう。


「……成程……。貴女がたの主張はよく分かりました」


オリヴァー兄様のお言葉に、我が意を得たりと喜色満面になったご令嬢方だったが次の瞬間、誰かの口から「ヒッ!」と声にならない悲鳴が上がった。


冷笑の浮かんだオリヴァー兄様の顔。そして黒曜石のような瞳が徐々に深紅に染まっていく。


更にそれと同調するように、背後から陽炎のような魔力がゆらりと立ち昇り、ご令嬢方の身体がガタガタと激しく震えだす。にもかかわらず、オリヴァー兄様は容赦する事無く、鋭い威圧を彼女達に向け放ち続ける。


そして気が付けば、オリヴァー兄様の怒りに触発されたかのように、会場全体の空気が殺気立っていったのだった。






「……あの馬鹿令嬢ども。完全にオリヴァーの……いや、俺達の逆鱗に触れやがったな」


クライヴのアイスブルーの瞳が、怒りの為か凍えるような鋭い光を宿す。


「ええ……。あの時の……獣人と戦った時のエレノアを見た者達であれば、彼女らの発言は、とても許せるものではないでしょう」


そして、いつもは柔らかく、温かい光を湛えたセドリックの琥珀色の瞳も、まるで黄金を溶かし込んだかのように、鋭く煌めいていた。


この王立学院に通う殆どの学生達は、エレノアを『姫騎士』と呼んではばからない。


それは、彼女の愛らしさを称える為でも、女だてらに刀を振るう、騎士のような姿に感銘を受けているからでもない。


彼等は、本来であれば切り捨てられる筈だった、か弱き者達を守る為、己の命をかけ戦った、その気高き心と勇気、そして優しさに感銘を受けたのだ。


命の危険を顧みず、ボロボロにされても、守るべき者達の為に戦い続けたあの姿は、まさに彼等が思い描く『姫騎士』の姿そのもの。

なのにあの令嬢達は、エレノアのその行動を、『騎士の真似事をした、茶番まがいな愚行』と罵ったのだ。


その言葉に対し、一瞬だけ見せたエレノアの悲しそうな表情。


その瞬間、この場にいる殆どの男子生徒達は、揃って憎しみにも似た感情を、令嬢達へと向けたのである。


オリヴァーの殺気のこもった威圧に震えていた彼女達だったが、ようやく周囲の自分達に向けられる、刺すような敵意のこもった眼差しに気が付き、二重に怯えだす。


「エレノア・バッシュ公爵令嬢の筆頭婚約者を、私が下りる……?よくもまあ、そのような有り得ない妄想を……馬鹿馬鹿しい。頭は大丈夫なのですか?しかも、バッシュ公爵家を重罪人呼ばわりとは……。貴女がたはバッシュ公爵家を侮辱するだけではなく、王家の顔にも泥を塗るおつもりのようだ」


「え……!?」


「そ、そんな……!!」


「お、王家に……!?何故わたくし達がそのような事を!!」


青褪め、震えながらも、理解していない様子の彼女達に対し、オリヴァーは話にならぬとばかりに、わざとらしく溜息を一つ落とした。


「まあ、良いでしょう。此度の一件、貴女がたの生家には、バッシュ公爵家のみならず、我がクロス伯爵家、並びにオルセン子爵家からも厳重に抗議をさせて頂きます。……ああ、そうだ。その抗議を貴方がたの足りない理解力で曲解されないよう、王家にも此度の件は報告させて頂きます。幸いにもここには、デーヴィス王弟殿下がいらっしゃってますし……」


オリヴァーが、チラリと壇上のデーヴィスに視線を送ると、心得たとばかりに、デーヴィスが立ち上がった。


「うむ。帝国の襲撃の件に対し、我ら王家の意図を汲む事もせぬうえ、他のご令嬢の筆頭婚約者に対する節操なきその態度。栄誉あるアルバ王国の貴族として、あまりにも愚か。しかもそなたらの家は、我が王家の決定にも不満を持っているようだな。……いいだろう。この件に対する抗議、私が直々に見届け人となってやろう」


「有難き幸せに御座います」


令嬢達の顔は、もう血の気が引いて真っ白になっている。身体も震えまくって、今にも倒れそうだ。

そんな彼女らの元に、男性達が次々と、顔面蒼白な状態で駆け寄ってくる。


「シ、シャルル!!」


「お、お父様……!」


「テラニー!!」


「お、お兄様……!!いやっ!なんで……なんでこんな……!?」


「フルビア!!お、お前は……なんという事を!!あれ程強く、言い聞かせたというのに……!!」


「お、お父様!?だ、だって……!!」


「ヴィクトリア!!……ッ!お前、何故そのような格好でここに……!?屋敷にいた筈ではなかったのか!?」


「あ……!で、でも……お父様だって、あんな子よりもわたくしの方がオリヴァー様に相応しいって……」


「だまれ!!……バッシュ公爵令嬢!!クロス伯爵令息!!この度は、まことに申し訳ない!!」


ヴィクトリアを怒鳴りつけ、黙らせた後、ブルーム伯爵が深々と頭を下げ、謝意を述べると、他の当主達や当主代行も次々と頭を下げ出した。


そんな彼らを見ながら、オリヴァーは冷笑を浮かべる。


「……成程。私の最愛の婚約者が命を懸け、戦った行為を愚かしい茶番と仰るか。ブルーム伯爵。ご息女の言葉は、そのままブルーム伯爵家の総意と、そういう事ですね?」


「ち、ちが……っ!そのような事は決して!!」


蒼白になって顔を上げたブルーム伯爵は、自分を眼光鋭く睨み付ける王弟、デーヴィスの姿を目にし、慌てて再び頭を下げた。


「我が家門の名において、心からの謝罪を!!」


「本当に……なんとお詫びをしてよいか……!!」


「貴公らだけではなく、王弟殿下の御前にて、かように醜悪な立ち回りを……!!」


「皆の者、面を上げよ」


デーヴィスの声に、当主達は蒼白になった顔を次々と上げた。


「オリヴァー・クロス伯爵令息。こうして当主達が直々に謝意を示してきたのだ。わざわざ抗議文を送る手間が省けたな。それに本日は、未来ある青年達の晴れの門出だ。それに免じ、広い心を持って彼らを許してやるとよい」


「御意。王弟殿下の御心のままに」


そう言うと、オリヴァーはデーヴィスに対し、深々と頭を下げた。



===================



オリヴァー兄様のご令嬢達に対する断罪劇は、会場中の人達を巻き込み行われたもよう。

今迄は、『女性』のやらかしに対してはアンタッチャブルな扱いだったので、まさか自分達が断罪されるとは、露ほども思っていなかったご令嬢方です。

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