第405話 美しいもの【ティル視点】③
「……お嬢様が学院に通われるそうです」
「そうですか」
「どうやら王家にしてやられたようですね。……元凶のリアム殿下の記憶を滅しましょう」
「やめて下さい」
「それにしても、流石はエレノアお嬢様です。不細工仕様であっても、内面から溢れ出す尊き美しさを押さえきる事が出来なかったとは……!!……まあ、仕方がありません。エレノアお嬢様は真実、女神様の化身なのです。その輝きを、矮小なる我々人類が、覆い隠せそうなどと、まさに神に対する冒涜!……そうは思いませんか!?」
「ハイ、ソウデスネー」
「にしても、早速羽虫がまとわりつきましたか……。この第一騎士団団長の息子とやら、お嬢様に対してなんたる無礼!サクッと始末してしまいましょう」
「絶対、止めて下さい」
「ああ……っ!出来る事なら私自らお嬢様のお傍に侍り、あらゆる害虫からお嬢様の御身を守って差し上げたいのに……っ!!かくなるうえは、伯父上に筋力が減退する薬入りの葡萄酒を定期的に差し入れ、弱ってきたところで、穏便に王都邸家令の座を明け渡して頂くことに……」
「本当に、止めて下さい。バレたら息の根止められますよ?」
――……俺がこのバッシュ公爵領に連れて来られて、八年近くが経過した。(その間に、侯爵家が公爵家になった)
今現在。俺はこの、どうしょうもないお嬢様馬鹿……いや、家令のイーサン様付きの『影』としてお仕えしている。
最初に辞令を言い渡された時は「何で俺が!?」と思ったものだが……。やってみて納得した。
イーサン様付きの『影』に求められるもの。それは、実力はさることながら、日々垂れ流されるお嬢様賛美トークを、右から左に受け流せるスルースキル。そして、妄言に屈しない強靭な精神力だ。
あ、あとはイーサン様の圧に屈せず、しっかり言い返す事の出来る度胸もだな。うん。
そこら辺は俺、最初から遠慮なしに好き放題ぶちまけていたし、多分だがそこを前任者に買われたのだろう。(ちなみに前任者はというと、「心の疲れ」を理由に退職し、農民になった)
「ところでどうです?貴方の『潜伏先』は気に入ったようですね。配属係の者に、任務延長を申し出たと聞きましたよ?」
「あー……そうっすね。今んとこ、楽しく働かせて頂いてますよ」
ひとしきり荒ぶった事で満足したのか、いつもの冷徹仕様となった
今現在、俺はこのバッシュ公爵家騎士団の騎士として働いている。
所属は最近副団長となった、クリストファー・ヒルの部隊だ。
バッシュ公爵領の『影』達は通常業務と並行しながら、あらゆる機関に持ち回りで潜入し、不穏分子の発見、捕縛、そして背後に組織がいた場合、泳がせて内情を探り、バッシュ公爵家に報告したりしているのだ。
「最初は『めんどくさい』だの『なんであんな優男の下で働かなきゃならねぇんだ!』とかブツブツ文句を言っていましたが、楽しく働けているようで何よりです」
そう言いながら、眼鏡のフレームを指クイしたイーサン様の口端が、ほんの少しだけ上がった。……畜生、読まれている。
「……あんたまさか、俺の性癖読んだうえで、あいつの下に付けたんじゃねぇだろうな?」
「当たり前でしょう。何を今更そんな事言っているんですか?」
「信じられねぇ!肯定しやがったよこいつ!!うっわ……!マジでムカつくー!!」
「上司を『こいつ』呼ばわりですか……。いいでしょう。減俸です」
「この鬼!!悪魔!!」
この後、すったもんだの末、エレノアお嬢様の愛のメモリーを小一時間黙って聞く事で、減俸は免れた。……が、俺のメンタルは地獄の底までだだ下がった。
「……クリストファー・ヒル……か」
確かに俺は、この国で言う所の
だから、あのクリスって奴も最初は興味が無かったし、潜入任務も一年程度と決まっていたから、適当に仕事してさっさと抜ける予定だった。
……なのに、何なんだよあいつ。
魔獣倒す時のあの容赦のなさ!鮮血に塗れながら、壮絶な笑みを浮かべるあの姿!!
思わずゾクゾクしちまって、うっかり押し倒したら、手加減無しでぶっ飛ばされた。
流石に副団長やってるだけあって、魔力強いんだよな。俺、身体強化得意で助かったぜ。
とにかく、あいつは俺と同じ第三勢力なのに、妙にストイックで不器用な奴だった。そんでもって、かなり一途なんだよな。そんな所もたまんねぇ!
いつか、あのお奇麗な顔歪ませて屈服させてやる!
そんな訳で、それまでは当分、騎士として働こうと思っている。
『騎士団継続ですが、動機はともかく、やる気があるなら大いに結構です。……それに、気になる者もいますから、注意して見ていて下さい』
「あくまで、
あの女、俺からしたらあからさま過ぎるんだが、女に免疫のない連中……特に騎士団長のジャノウ・クラークが、最近ヤバいんだよなぁ……。まああの女、見てくれだけは男ウケしそうだしな。
そんで、女に腑抜けたツラした騎士団長事を見ているクリス副団長の、切なそうな表情がまた股間にクる……いやいや、流石にちょっと自粛しないと。うっかり地がでてしまって、怪しまれたくねぇしな。
「おう!久し振りだな!」
「お前もな!すっかり農夫が板についてんじゃねぇか!」
「はははっ!いや~、毎日大変よ!特に麦刈りが腰にきてよー!」
「ティル、お前も騎士様が板に……ついてねぇよな。いつも上司の綺麗な兄ちゃんにぶっ飛ばされてるもんなー!」
「うっせー!ありゃあ、わざとやられてんだよ!」
月に一度、ワイワイと気の合った仲間内で集まって飲むのは、もう恒例行事だ。
今日は元『影』の先輩が開いた定食屋の『個室』に集まって飲んでいる。採れたて新鮮な野菜や肉を使った料理は、公爵邸で出される食事と遜色ない程に美味い。
「で?ぶっちゃけ、騎士の仕事はどうだ?」
骨付きラム肉に齧り付きながら、小麦農家になった仲間の一人に尋ねられる。
「あー、まあ、可もなく不可もなく……ってやつ?やる事、『影』の仕事とあんま変わらねぇし」
バッシュ公爵家騎士団の主な仕事は、隣のクロス子爵領から流れてくる魔獣退治と、領内の巡回警備だ。
長閑そうに見えるこのバッシュ公爵領だが、意外と魔獣は出没するし、他国からの間者の潜入も言うに及ばず。
騎士達はそれらを素早く排除し、そこから取りこぼした連中を、俺達『影』が捕縛ないし始末するのだ。
「そーか!まあこっちも、いまんところ平和だよ」
「前は収穫の繁忙期に、何ヵ国もの間者が来ちまって、真面目に過労死するかと思ったがな!」
そして、俺らの仕事の一端を担っているのが、この『影』にならず、農民となった連中だ。
彼等は農民としてバッシュ公爵領全土に散り、不穏分子を見抜き、それをイーサン様に連絡している。
時にはもめ事が起こる前に、昔取った杵柄とばかりに、密かに裏で始末をつけたりもするのだ。
「ようは、農民になろうがなんだろうが、俺達は実質『影』の一員って事なんだよなぁ」
「農民になったら、楽できると思っていたのによぉ!まーったく人使い荒いよなぁー!流石はイーサン様だ!」
「違いねぇ!」
そう言いながらも、彼等の顏は一様に明るく楽しそうだ。
口に出しては言わないが、皆『居場所』と『役割』を与えてくれたイーサン様と、この領地にとても感謝しているのだ。……勿論、俺もその一人だ。
その大切な『居場所』を守る為なら、俺達は何だってやるだろう。それこそ『影』として、手を汚す事だって厭わない。
それから暫く経って。
件のエレノアお嬢様がバッシュ公爵領にやって来るとの情報が、イーサン様によってもたらされたのだった。
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ティルの最大の力……それは、『スルースキル』でしたww
次回はいよいよ、噂のお嬢様襲来です!
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