第404話 美しいもの【ティル視点】②

「えっ!?あんたも、元は帝国人だったのか!?」


「おうよ!それに俺だけじゃねぇぞ?ほれ、こいつも、あっちの奴らも、みんな元帝国人よ!」


修行の合い間の休憩時間(あるのか!)に、先輩達が俺と同じ帝国人である事が判明した。

聞けば彼らの多くが、イーサン様によって、バッシュ侯爵領に連れて来られたんだそうだ。


イーサン様はこの領地を統べる、バッシュ侯爵家に仕える筆頭家門、ホール伯爵家の嫡男で、他の家門全てを裏で統べる総帥でもあるのだそうだ。


そして何より、世界的にも希少とされる『闇』属性を持っている……と、先輩達から教わった。


「『闇』属性ってのは、精神を操ったり、覗き見る事が出来るらしいぞ」


ああ……。だから俺達は『帝国人』なのに、こうしてバッシュ侯爵領に来る事が出来たんだな。


俺は帝国の事を故郷だなんて思っていないし、ブッ潰れちまえ!と、心の底から思っている。ここにいる連中も、多分俺と似たり寄ったりなのだろう。


そして、更に教えて貰った話によれば、このぱっと見長閑なバッシュ侯爵領は、実は帝国を含めた他国の間者が最も干渉してくる場所で、それらを撃退する為にも、他国の優秀な人材を発掘し、積極的に取り込んでいるのだそうだ。


成程。当主代行とも言える家令の身で、何故帝国に潜入していたのかの理由が分かった。火の粉が飛んで来る前に、自ら消そうとしたんだろうな。


「……いや。イーサン様はなぁ……。ちょっと過去に、性格破綻を起こす程の悲しい出来事があってだな……」


あの男が性格破綻を起こす程の出来事とは一体……!?というか、最初から破綻していたんじゃないのか!?


「そうそう。それでやさグレ……いや、悲しみを紛らわす為、自ら進んで帝国に潜入し、やんちゃを……いや、間者として情報を集めたり、敵対勢力をぶっ潰したりしてたんだそうだ。お陰で今じゃ、帝国の最重要危険人物リストに入っているんだとよ」


いや、悲しみを紛らわす為だけに、敵対国でブラックリスト入りするほど暴れるか、普通!?


「優秀な人材をスカウトする為に帝国に潜入した……というよりは、ありゃあ憂さ晴らしのついでってやつだよな」


「俺達を拾った理由ってのもアレでな……。『埋もれた逸材をこちらで有効活用すれば、あの国にとって二重の痛手でしょうからね』だってよ。いわば、憂さ晴らしのついでに、帝国に対する嫌がらせをしようって訳だ!黒いよなー!」


「違いねぇ!まあでも、ゴミだと捨てられた俺達が、よりによって、帝国の最大の敵国アルバ王国でお役に立ってんだ!痛快なんてもんじゃねぇよな!ははっ、ざまぁみろっての!」


ネタばらしをしながら、楽しそうに笑う先輩達の姿に……いや、その言葉の内容に、俺は愕然とした。


「……そうか……。俺がここで力を得れば、あいつら帝国への復讐になるのか……」


『魔眼』を持っていないというだけで、奴隷のような扱いをし、挙句追い出した、血が繋がっているだけのあの男も、腹を痛めて産んだ子供を、そんな男に媚びを売るだけで、助けようともしてくれなかったあの女にも。


『魔眼』至上主義という、歪な価値観に凝り固まった、腐り切ったあの国に対しても……。


「……だったら、やってやるしかねぇだろう……!」


それを聞いてから、俺は以前よりも訓練に力を入れた。

たまに訪れる、最古参の『影』が行う、地獄のような訓練にも、必死に食らいついていった。


その甲斐あって、俺は武術、体術全ての能力が仲間内でもずば抜けて突出していった。


しかもそれだけではなく、魔力鑑定を行った結果、俺は希少属性である『雷』の魔力を持っている事が判明し、イーサン様の指導の元、それを伸ばしてメキメキと力を付けていったのだった。


――だが。


訓練の成果を見る為、イーサン様直々に俺達と手合わせを行う日が月に数回あるのだが……。十分力をつけたと思った俺の慢心はその度、ズタボロと言っていい程、完膚なきまでに叩き潰されるのである。


「……中々使えるようにはなりましたが、まだまだですね」


ボロ雑巾のようになった俺を、眉一つ動かす事なく一瞥し、必ず言われるこの台詞。


……畜生、今に見てろ!!今に必ず、その済ましたツラに一発入れて、そのトレードマークの眼鏡叩き壊して高笑いしてくれるわ!!


「目標を持つのは良い事ですが、軽く百万年かかりそうですね」


だから!他人の頭ん中、覗いてんじゃねぇよ!!






最終試験として、バッシュ侯爵領に忍び込んでいる他国の間者を、指定された数だけ捕縛するという任務をこなした後、俺と仲間達は、イーサン様に再び二択を突き付けられたのだった。


「貴方達。このままバッシュ侯爵家で『影』になるか、それとも農民になるか……選びなさい」


――ちょっと待てー!!何だその二択の振り幅!?おかしいだろ!!?


イーサン様なりの冗談だと思ったが……違った。真面目に本気だった。


「バッシュ侯爵領は、アルバ王国屈指の一大穀物産地です。万年人手不足なので、どちらを選んでも大歓迎です」


……だそうだ。


だがしかし、『影』として育て上げた元帝国民に、農民を推奨するか、普通!?


……等と思いつつ、俺は『農民希望』とイーサン様に伝えた。何だかんだ言って、平穏な暮らしを得られるのであれば、その方が良いと思ったからだ。


だというのに、それはあえなく却下された。

何でだよ!?選択肢は俺達が持っているんじゃねぇのか!?


「貴方には才能があると言ったでしょう。それにティル。多分ですが貴方、長閑な生活を送れるタマではありません。最初は良くても、いずれ必ず破綻します」


やけにキッパリと言い切られたのがムカついたが、確かに考えてみれば、農具を振り下ろして畑を耕すより、剣で魔獣を倒す方が楽しいし、家畜を追い掛けるよりも、他国の間者を追い掛け回して捕まえる方が性に合っている。ついでに拷問も好きだ。


ちなみにティル……いや、ティルロードという名は、イーサン様が付けて下さった名だ。


他の連中も帝国から出奔する時、名を捨てていたり、名前そのものを親から与えられていない奴らばかりだったから、ほぼ全ての者達がイーサン様に名付けして貰っているのだ。


「アリア様がご懐妊なさった時、男性名の候補として挙がった名前です」って言っていたっけ。……というか名前の候補、二百以上あったらしい。どんだけだよ!ってか、何で家令が主人の子供の名前の候補決めてんの!?


ちなみに、お嬢様の「エレノア」というお名前、アイザック様がイーサン様と一昼夜口論した末、最終的にはマリア様の「私、こっちがいーわ♡」の一言で決まったんだそうだ。

ってか、名付けで主人に歯向かう家令って、真面目に在り得ねぇっての!この人のお嬢様への底抜けの執着、真面目に引くわー。


後に、イーサン様がやさぐれたのは、心の底から愛おしんでいたお嬢様(0歳)が、当主様と手と手を繋いで(?)王都に愛の逃避行をされた事が原因だったと判明した。


……うん、その気持ち……分かるな。


え?どっちのだって?そりゃ勿論、逃げたご当主様の方だよ。


ご当主様……追い詰められていたんだろうなぁ……。うん、心の底から同情するわ。


俺がバッシュ侯爵家の正式な『影』になる事が決まった時、初めてご当主様に目通りする事となったのだが、長閑なバッシュ侯爵領を象徴するかのような、穏やかで優しい方だった。


勿論、長閑ってだけじゃなく、一癖も二癖もあるこの領地と、病み……いや、『闇』属性の権化とも言える、あの家令を従える方なのだ。きっと穏やかなだけではないのだろうけど。



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ギャップ萌え(違う!)発動に、戸惑う元帝国人達……。

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